第三十四章 別離
「私は……ここで別れましょう。先に傷の手当てをしたいの」ラロリアに、これ以上先へ進むつもりはなかった。目が泳いでいて、何か別に片付けたいことがあるのは明らかだった。
「縁があればまた会おう」「電報局の奪回のために尽くしてくださったこと、本当に感謝しています」
ウェルズとグロスの二人が彼女に別れを告げた。
ラロリアと別れたあと、ウェルズはグロスにこう切り出した。
「戦局について、一つ考えがある」
「遠慮なくお聞かせください」
「第三軍団の二名のクーデター指揮官も、同じく三階だ。条件さえ互角なら、奴らに勝つ自信は十分にある。問題は、その互角の条件をどう作り出すかだ。あなたが俺たちを援護して敵陣へ直接斬り込ませてくれるなら、万軍の中から敵将の首級を挙げる勝算はある」
ウェルズの提案を聞いて、グロスはしばし胸中で策を巡らせた。やがて不意に両手で拳を抱き、厳粛に言った。「よろしい!やってみる価値はあります」
「第三軍団は上下両城区の戦線を同時に維持せねばならず、縦深はどうしても薄くなります。しかも中城区は交差点が多いので、兵力はさらに分散する。機を捉えて手薄な箇所から攻め入れば、敵の本陣へ一気に斬り込める見込みはあります」
「ただ、確実とは言えません。予備隊に塞がれるかもしれませんし、突破が間に合わずに包囲網に陥るかもしれない。それでもよろしいのですか?」
「俺は賭ける。あなたは?」ウェルズはかすかに笑った。クーデターを阻止するためなら、命を捨てる覚悟はできていた。
「命を懸けて、お供しましょう」グロスは当然とばかりに、厳かに応じた。
電報の流通が回復したことで、新たに動員された城防軍はようやく戦場へ向かい、ライカベサに侵入した第三軍団を迎え撃つ態勢に入った。主要な街路には幾重もの縦深防衛線を布き、それ以外の場所ではバリケードを築いて敵の進軍を遅らせた。
「絶対に上城区へ近づけるな……!」「ライカベサを守れ……!」
幹線道路での戦闘の形は再び変わった。双方の各編隊は一列十三人、計二列の歩兵となり、列の間には砲撃や魔法で一度に殲滅されぬよう、十分な距離が保たれていた。
歩兵の隊列同士が撃ち合い、運の悪い少数の者が弾丸に命を奪われて街頭に倒れ伏す。攻撃側は歩きながら弾を込め直して距離を詰め、突撃距離に達するや突撃し、銃剣による血なまぐさい白兵戦が始まる。一戦交えたあとに残るのはせいぜい五、六名で、彼らは友軍の背後へ退いて隊を整え、再編成を待つ。その間にも、新たな編隊が前進して敵とぶつかっていくのだ。
命は薪のように、戦争という名の炉に投げ込まれて激しく燃えていた。数十年の歳月が、ただ一瞬の輝きを生むためだけに。
一方、枝分かれした小道の、新たに築かれたバリケードでは、数において著しく劣る防御側が防御設備を頼りに、近づこうとする敵へ発砲する。食い止められなくなれば白兵戦を避けて慌ただしくさらに後方へ退き、敵の士気と兵力を引き延ばし、消耗させていく。
人間とはかくも安価なものだ。一発四分の一銅券の弾丸と、一挺三銀券の小銃があれば、たやすく命を奪える。
「撃て……!」「前進を続けろ!」「重砲を集めて攻撃しろ!」
第三軍団の兵力は尽きることを知らぬかのように、中城区に新たな戦場を切り開いていった。
戦争で苦しむのは軍人だけではない。狙いを外れた重砲や魔法は平民の財産を打ち砕き、その家を壊す。炎はただすべてを呑み込むだけで、それが誰のものかなど気にも留めない。
「助けて……!」「どうしよう……家が吹き飛ばされた!」「お母さん……!」
声を枯らして泣き叫ぶ声が、至る所から聞こえてきた。
ドミニクにとっても、この変事はあまりに突然だった。下城区の、ひどく荒れ果てた家屋。浮浪児たちの集会所になっているその場所で、フリーデからもらった食べ物をほかの子供たちに分け終えたばかりのところへ、すぐ近くで爆発音が轟いたのだ。
「どうしたの……!」
「みんな逃げろ、外で戦争だ」浮浪児の一人が廃墟に駆け込んできて、皆に叫んだ。
「そんな……」「早く逃げろ!」「怖いよ……!」食べ物をもらったばかりで、まだろくに口もつけないうちに、浮浪児たちは慌てふためいて逃げ出そうとした。
「みんな、気をつけて……!」ドミニクはみんなに呼びかけた。
だがその時、狙いを外れた重砲の一発が、不意に古びた家屋の屋根を直撃した。爆発とともに、巨大で重い破片が降ってくる。
「やっと……少しは、幸せになれたのに」
落ちてくる石塊を見つめる瞳に、さまざまな感情がよぎった。無念、悔しさ、解放、そして未練。
やがて重い落下音が響き、あとには何の音も残らなかった。
「第三軍団が首都を攻撃している……?」「どうしてそんなことを!」
クーデターの報せはたちまちライカベサ中に広まった。市民たちは驚愕し、同時に憎しみとやるせなさを覚えた。
「我々には何もできないのか!?」「苦労して築いた家が壊されようとしているのに、手をこまねいて見ているしかないのか?」途方に暮れた声が上がった。
「いや!今日死ぬことになっても、俺様の財産を壊そうって盗人どもは、俺様がぶっ殺してやる!」鍛冶屋は怒りに任せて叫ぶと、家へ駆け込み、自ら鍛えた銃を数挺抱えて出てきた。
「こいつを犬畜生どもに奪われるくらいなら、戦場へ持ち出して奴らの尻を思いきり蹴り上げてやろうじゃねえか!度胸のある奴はいねえか!?俺と一緒にクーデター野郎どもをぶちのめしに行くぞ!」
労働者らしい血気をみなぎらせ、鍛冶屋は隣人たちに怒鳴った。
「そ……そうだ!」「あいつらを倒せ!」「ドミトリーにはずっと前から腹が立ってたんだ!」
「なら俺と一緒に行くぞ、政府に加勢して南部の連中をぶっ殺すんだ!」
「おお……!!」
第三軍団の攻勢が展開する中、同様の出来事が都市の各所で起こり始めていた。とりわけ、まだ戦火の及んでいない地域で。
銃を手にした一人の青年が、隣人に向かって叫んだ。「おい、俺は政府軍に加わって反乱軍と戦うつもりだ。お前も早く来い!」
「ええ……戦争なんて怖いよ。それに宮廷導師も顧問の何人かも、中立を保つって言ってるじゃないか……俺たちは首を突っ込まないで、大人しく地下室に隠れてようぜ?」
「この馬鹿野郎!」青年は罵った。「五階の魔導師様なら、そりゃ『政事には関与せず、外敵のみを禦ぐ』でいられるさ。政権が百回変わろうが、お偉い旦那様方を養わない政権があるものか?」
「だがお前みたいなしがない平民は、通り過ぎる乱兵に身ぐるみ剥がされて服一枚残らないんだぞ!いいか、お前は結婚するんじゃなかったのか!あいつらに尊厳の欠片もなくなるまで弄ばれたくなけりゃ、さっさと俺と一緒に戦いに来い!」
罵られた青年ははっと我に返った。隣国ではクーデターが相次ぎ、独裁政権が国を牛耳っているという噂を思い出し、思わず身震いする。
「わかった……!彼女のために、俺は戦う……!」
一方、まだ戦火の及んでいない城西の広場には、右往左往するばかりで途方に暮れた人々が大勢集まっていた。人混みの中には平民や学生、さらには紳士や貴族の姿まであった。
災厄に見舞われてもなお、彼らは政府からの対応を待ち望んでいた。だが人手の大半が駆り出されたいま、都市の管理はたちまち混乱に陥っていた。
「誰かがクーデターを起こしたらしい……!」「私の株はどうなるんだ!」「くそっ、戦闘が私の工場に及んだらどうする?」
彼らは口々に騒ぎ立て、どの顔も不安に曇っていた。
だがその時、学生用の魔法使いローブをまとった少女が一人、いちばん高い階段の上へと歩み出た。
桃色の長い髪に、比類なき美貌。だが人々の目を何より引きつけたのは、自信に満ちたその佇まいだった。不思議なカリスマが、この危急の時にあって慌てふためく者たちの注意をとらえ、彼らの頭上に佇む彼女へ、女神の降臨を思わせる彼女へと、視線を集めていく。
人々の視線を奪ってはじめて、観衆は目の前の少女の美しさに気づいた。彫琢されたかのような美貌には一点の非もない。彼女が白い手を掲げると、魔力の光紋が傍らに集まり、美貌を彩る星の輝きのように、軽やかに浮かぶいくつもの拡音法陣となった。
「仲間たち!同じくライカベサに身を置く同胞たちよ」
口を開くや否や、その熱のこもった演説は、長く離れていた肉親に呼びかけるかのような哀切を帯びた。その言葉の悲しみは聞く者に我が事のように響き、その言葉の誠実さは人々の足を止め、その言葉の荘重さは人々に襟を正させた。
「今日、前例のない危機が私たちの前に現れました。独裁を企む野心家がクーデターを起こし、この国を支配しようとしているのです!彼の思い通りになれば、私たちは卑屈な下僕となって彼らの足元に跪くことになる。この想像するに堪えない結末が!あなたたちの望むものですか!?」
彼女は軽く手を振りながら、全身全霊で訴えかけた。正義に凛としたその語調は、計り知れない説得力を帯びていた。
眼下の人々は思わず、共和国の国父アトランテの面影を重ねた。彼の指導のもとでこそライカベサは教廷を撃退したのであり、共和国の国民は今なお彼を記念する彫像を建て続けている。
「自らのささやかな権利を、莫大な代価を払ってでも守ろうとしない者は、ごくわずかな代価で莫大な権利を奪われるのです!」
彼女は人々の心に眠る情熱を呼び覚まし、何かのためには犠牲を払う価値があるのだと気づかせていた……いや、より偉大な何かのための犠牲ではない。紛れもなく、自分自身を守るための犠牲だ。
「ましてこれは私たちの民主の権利、私たちの天賦の権利、私たちの共和国の権利です!ライカベサを彼らの手に落としてはならない!七百年続いた伝統を、私たちの手で失わせてはならないのです!」
そもそも、守り、身を捧げるべきなのは自分自身であり、家族や友人たちであって、空虚で実体のない民族や国家などではない。
最後に、彼女は拳を固く握って天へ突き上げ、夜空を貫かんばかりの澄んだ声で高らかに叫んだ。
「同胞たちよ!銃を取り、この神聖至高の人権を守りましょう!」
それに応えたのは、群衆の中から狂潮のように湧き上がり続ける賛同の声だった。幾重にも重なり合い、天の果てまでよじ登ろうとするかのように、やがてすべてを呑み込んでいった。
彼女にかけられた三階魔法「情感渲染」と、力強く響く演説とが、完璧に噛み合っていた。しかも語られた内容は彼らの利益に的確に沿っている。これらが重なり合ってこそ、これほど熱烈な反響が生まれたのだ。
サンドラは今にも動き出さんばかりに武装を整える人々を満足げに眺めると、ゆっくりとその場を離れ、人混みの中へ消えていった。
「市民を動員すれば防衛線は持ちこたえる。でもクーデターを根こそぎ潰すなら、やっぱり君次第なんだよね、ウェルズ」
首に掛けた飾りが、かすかな白い光を放っていた。秩序の象徴だ。演説を終えたいま、「秩序」を象徴するその飾りはいっそう輝きを増していた。
魔鬼の力を用いる煉獄騎士もまた、秩序の操作を重んじるのである。




