第三十一章 バリケード
「どういうことだ、なぜ下城門が崩れている?」
中城区の守備を担う兵士たちは、生まれたばかりの子羊のように茫然としていた。夜だというのに、遠くの城壁が崩れ落ちているのがはっきりと見える。電報で指揮部に連絡を試みたものの、返ってきたのは、その場で待機して城門は封鎖するな、という命令だけだった。
「総司令部から応答はないのか?ひとまず命令通り様子を見るぞ」
城門を守る兵士たちは、そう結論を下した。
馬を駆るウェルズはその隙に彼らの脇を抜けて中城区へ入り、電報局へと急いだ。
中層区の家並みをいくつも抜けると、馬上の二人の視界に電報局が見えてきた。だが、そこへ通じる道には見張りが立っていた。
「おい、ここは通行禁止だ」その場の隊長が、居丈高にウェルズへ怒鳴った。
「やはりな。クーデター軍はここに兵力を厚く配置している。内通者のほとんどがここに集まっているな」
電報局へ通じる街路はすでにバリケードで封鎖され、通り沿いには松明が並んでいた。バリケードを守っているのは反乱軍人や警察だけではなく、暴徒の姿も少なくない。いずれも銃を手にし、誰一人通そうとしなかった。それを見たウェルズは、手綱を引いて馬を止めるしかなかった。
「じゃあどうするの?正面突破?」背後のラロリアが尋ねた。
「当然だ」
ウェルズがそう答えたとき、クーデター軍の隊長がふと際立った容姿のラロリアに目を留め、いやらしい笑みを浮かべた。
「気が変わった。お前らは通さん。後ろの女を置いていけ。さもなきゃここで死んでもらう!」
「その言葉を、お前の遺言にしてやる」
彼は魔力を集束させ、即座に詠唱した。開いた掌に紅い光の躍る灼熱の火球が形を成し、バリケードへ放たれる。火球は物に触れた瞬間に炸裂し、バリケード全体を炎の海へと変えた。爆音が轟き、木製の防御施設は燃え盛る火の海に呑まれ、兵士たちもまた当然のように炎の糧となった。
「ふん、あんたに先を越されるなんてね」ラロリアは小さな肩をすくめた。
「馬を降りるぞ。この先は馬では進みにくい」ウェルズがひらりと地面に降り立ち、ラロリアもそれに続いた。
そのとき、銀白の影が建物の上から舞い降りた。フリーデリカだ。
「あんた、誰?」ラロリアはすぐさま警戒をあらわにした。
「俺の仲間だ」ウェルズは言った。
「この人は?怪我をしているみたいだけど」ラロリアの腰のあたりに目をやり、銀髪の少女が言った。
「新しい仲間だ。さっきの作戦で助けてやった。しばらく俺たちと行動する」
「あんたに助けてもらう必要なんてなかった」強がってはいるものの、どこか悔しそうだ。「勘違いしないで。たまたま力が残ってなかっただけなんだから!」
「礼はいらない。口先だけの『感謝』ほど無意味なものはないからな」
「そもそも言ってない!」
「だが俺は善人じゃない。お前にはまだ使い道がある、それだけだ」
「だから、そんなこと言ってないってば!」
「だから言っただろう。いずれ機会を見つけて借りを返せ。口先の感謝など、俺には何の意味もない」
二人のやり取りに、フリーデは戸惑いを隠せなかった。「あなたたち、どうしてそれで会話が成り立つの?」
「逆の意味に取ればいい」ウェルズは淡々と答えた。
「だからそういう意味じゃないってば……!!」彼女は真っ赤に火照った頬を押さえて叫んだ。
ウェルズは取り合わずに続けた。「傷の具合はどうだ?この先の行動に支障はあるか?」
命と仲間の安否に関わる話だ。ラロリアは息をついて冷静さを取り戻し、近くの建物を指さした。
「あそこに鐘楼がある。見晴らしもいい。この怪我じゃ近づいて動くのは厳しいから、上からあんたたちを援護する」
「問題ない。なら、すぐに行動開始だ」
自らに「増速致勝」を付与し、二人は燃え盛る炎の中を飛び越えて前方へ駆けた。前方のバリケードの異変を察した電報局側も援軍を差し向けており、二十余名の戦列歩兵が、ちょうど着地した二人と鉢合わせた。
「この反抗者どもは国家の裏切り者だ!聖アトランテ共和国復興の希望を断ち切る輩だ!陣を組め、撃てっ!」
歩兵の指揮官たちは、すぐさま兵に陣形を組ませた。
ウェルズは詠唱して灼熱光線を放ち、フリーデは前へと駆け出す。だが、小銃を構えた第一列の動きは、二人のどの動作よりも速かった。標準型の破魔弾が銃口から撃ち出され、硝煙の匂いが立ち込める中、八発の弾丸がフリーデへ殺到した。
弾丸はほぼ一瞬で彼女の眼前に迫った。剣を抜きざまに斬り上げ、命中するはずだった四発をことごとく消し去ると、軽やかな足取りで第一列へと踏み込んだ。
白いブーツが地を踏みしめる。身を翻しての横薙ぎ一閃で、二人の兵士を剣身ごと打ち飛ばした。二人の兵士が恐慌に駆られながらも、銃剣付きの小銃でフリーデへ突きかかる。左右から迫る二本の刺突を冷ややかに見据えた彼女は、右の銃身をこともなげに掴んで向きを逸らし、味方の肩へ突き刺させた。同時にもう一方の手で剣を振るい、左の銃身を断ち切る。
断ち切られた銃先はくるくると回転し、石畳に深々と突き刺さった。打ち飛ばされた二人が壁に叩きつけられたのは、ちょうどそのときだった。
「うわあ……!」「ひっ……!」「ば……化け物だ……!」「持魔者に勝てるわけがない!」
第一列の兵士たちはたちまち戦意を失い、転げるようにして逃げ出した。
そこへ、ウェルズの二階魔法「灼熱光線」が折よく届いた。光線は空中で炸裂し、第二列の運の悪い兵士ひとりを火柱に変える。残りの者は炎に押し返され、陣形を保てなくなった。
「持ちこたえろ、すべては我らが国家のためだ!」
最後尾にいた隊長は、最後列の兵に銃剣突撃を命じた。だがその瞬間、遠くの鐘楼に星のような光がひとつ瞬き、細い光線が飛来して指揮官の頭を撃ち抜いた。手にしていた拳銃がぽとりと地に落ち、その体は力なく崩れ落ちた。
これが最後のひと押しとなった。士気の崩れた兵士たちは、慌てふためいて四方へ逃げ散っていく。
「かわいそうに……」フリーデはもがく火柱を剣で斬り伏せ、そのまま前へと駆けていく。
「迎撃……早く迎撃しろ!」「早く少尉を呼んでこい、こいつらをどうにかしてもらえ……!」
二つ目のバリケードが目前に迫る。数名の敗残兵が必死にバリケードをよじ登り、一刻も早く戦場から逃れようとしていた。その頭上では十数名の兵士が、駆けてくるフリーデへ慌ただしく小銃を撃ちかけている。一発撃つごとに空の銃を後ろの兵士へ渡して装填させ、それを繰り返すことで、一瞬にして弾幕を張っていた。
刹那、数十発の弾丸が彼女めがけて撃ち込まれる。だがその姿は一筋の銀光のように、街路を縦横に駆け抜けていった。弾の大半は空を切り、何もない壁や地面を穿つばかり。彼女はまるで無人の野を行くかのようにバリケードの前へ至ると、力を溜めて跳び上がった。
兵士たちが驚きの声を上げる中、彼女は体操のように軽やかに数回転し、力を込めた長剣を重力の勢いに乗せてバリケードへ振り下ろした。反応する間もない一瞬のうちに、その長剣は流星のごとくバリケードへ突き込まれた。
まるで隕石が落ちたかのように、すべてを打ち砕く衝撃が木製のバリケードの大半を一瞬で粉砕した。上にいた兵士たちはその衝撃でまとめて弾き飛ばされ、次々と周囲の壁に叩きつけられていく。
その後ろを駆けるウェルズは、左右から加勢に来る敵の相手を引き受けていた。二階魔法の灼熱光線ひとつで、ただの人間たちを尻込みさせるには十分だ。それでもなお攻撃を仕掛けてくる部隊があれば、ラロリアが遠くから一発撃ち込んでその指揮官を仕留める。指揮官を失った部隊は、おのずと崩れていった。
一行は尋常ならざる速さで進み、道中にあった数箇所のバリケードを、すべて瞬く間に取り除いていった。そして電報局に辿り着いたところで、ようやくクーデター軍の魔法使いと持魔者が遅れて姿を現した。
「お前たちは何者だ!?なぜ我々の行動を邪魔する」
ウェルズたちがただ者ではないと見抜き、先頭の魔法使いが怒声を上げた。
「善良で熱心な一市民だ!」
その問いに、ウェルズは魔力を集束させて応じた。両手に稲妻がまとわりつき、十条の眩い雷霆が魔法使いへと放たれる。さながら二本の巨大な雷光の手が、相手を捕らえようとするかのようだった。
これが三階魔法、雷獄沸騰である。




