第三十章 奇襲
「もう一度……言って。あなたたちは、クーデターを起こすというの?」
穏やかだったフリーデの眼差しが鋭さを帯び、そこにはかすかな殺気さえ潜んでいた。
「そうです。この街はまもなく私たちのものになる!そしてあなたは、私の皇后になれるのです」
その時、招かれざる客が二人の会話を遮った。六階の屋根裏部屋のガラス窓が突然砕け散り、黒衣をまとった二人の人影が上から飛び降りてきたのだ。胸には両端で縄を結んだ無限の輪の紋様。まぎれもなく終末救贖者の信徒だった。彼らは武器を振りかざし、フリーデとミードめがけて力任せに斬りかかった。
視線だけを上へ向けたフリーデは、物音を聞くなり踏み込んでミードの襟首を掴み、軽く遠くへ放り投げた。魔力の旋風が巻き起こり、華奢な体を包むのはもはや礼服ではなく、軍服を思わせるドレスだった。
さらに踏み込み、召喚した長剣を両手で固く握ると、その勢いのまま下から斜めに斬り上げる。放たれた一撃は三日月を描き、十メートル余りに及ぶ剣気が、落ちてくる二人の胴を真っ二つに断ち切った。砕けた二つの上半身は地に落ちるより早く無数の塊を撒き散らし、少し離れた地面に叩きつけられて、怖気を誘う潰れた音を立てた。
「あなたの提案は受けない」
軽く一振りして、刃についた血を払う。
「最初から、あなたの考えに可能性など存在しなかった」
フリーデは冷ややかに、貴重な宝石を収めたあの木箱を空間から取り出すと、手に取るなり横手に放り、地に伏したまま起き上がれずにいるミードのもとへ投げ渡した。
そのまま身を翻し、五階から身を躍らせた。
彼女の姿が消えたあと、ミードは煉獄と化した展望台を呆然と見つめていた。星明かりも花火も先ほどと変わらないのに、何もかもがすっかり違ってしまっていた。
鼻をつく死体の血の臭いに口を押さえ、嗚咽まじりに今夜の美酒佳肴を吐き戻した。
馬を駆る二人は、閉ざしきられていない城門をあっという間にくぐり抜けた。守備の衛兵たちは、迫りくる危機に気づく気配すらなかった。
「早く城門の周囲から離れて!第三軍団が攻城の準備をしている!」
後ろに乗るラロリアは、馬が城門を駆け抜けざまに声を張り上げた。兵士たちが耳を傾けてくれることを願いながら。
もっとも、ウェルズにとってこの城門はさほど重要ではなかった。外壁はライカベサ最初の城壁にすぎず、その奥にはさらに上城区と中城区を隔てる二段の城壁が控えている。たとえここが早々に破られようと、後方の城壁には何の影響もない。
とはいえ、二人の騎行が速くとも、クーデター軍の展開もまた迅速だった。城内の大通りを数百メートルほど駆けたところで、背後から幾度も轟音が響く。さっきまでの城楼と城壁の一角が、すでに重砲で崩れ落ちていた。砕けた岩塊が、子供の崩した積み木のように降り注ぐ。
「どうした?」「重砲か?」「どこの敵だ」
生き残った衛兵たちは慌てふためくばかりで、いまだに状況が呑み込めない。目端の利く者はとうに散り散りに逃げ出し、逃げ遅れた者は次々と押し寄せる歩兵部隊に撃ち殺された。城門の兵士の中には、その場で寝返って門を開け、クーデター軍を引き入れる者さえいた。
「我々は第三軍団である。ただいまより人民党のすべての逆賊を誅殺する。市民諸君は家の地下室に戻り、一時避難されたし……!」隊を率いる魔法使いたちが拡音魔法で高々と叫んだ。
「クーデターだ……!……?」
「なんてことだ、こんなことが起きるなんて。ドミトリーは狂ったのか?こんなやり方で首都を制圧しても、他の数省がこんな暴挙を認めるはずがない!」
一部の市民から上がる疑問に対し、クーデター軍の答えは至って単純だった。
「こいつらは聖アトランテの逆賊だ!撃て!」
数発の銃声が響き、分をわきまえぬ者たちはこの地に葬られた。
「早く……早く戻れ、戦争が始まったぞ!」「なんてこと……人殺しだ、助けてくれ!」
夜の街で遊び興じていた住民の多くは、兵士たちの姿を目にするや、慌てて四方へ逃げ散った。
その頃、下城区の警察署では、多くの警官が身の危険も顧みずに人々を避難させて治安の維持に努め、どさくさに紛れて盗みを働く賊を懲らしめていた。
「市民の皆さんは家の中へ戻ってください!地下室に隠れて安全を確保するのが一番です……!」
警察署の目の前で商店の扉を壊し、中の品物を盗み出そうとする盗人まで数人いた。
「やめろ!今すぐ盗みをやめるんだ」
制止しようとする警官たちに向かって、物陰に潜んでいた暴徒たちがいきなり、あらかじめ用意していた武器を取り出して発砲した。数発の銃声が響き、撃たれた警官は血だまりの中に倒れ伏した。
前進党とあらかじめ示し合わせていた暴徒や党員たちは、銃と松明を手に、堂々とクーデター軍に合流した。
「ここはもうすぐ俺たち前進党の天下だぜ!」
「ボスは俺たちにたっぷり約束してくれてるんだ。どんどん火を付けろ、もっと引っ掻き回せ!」
暴徒たちは我が物顔で市中を焼き、殺し、奪った。それはまるで、体に潜んでいた毒瘤が、病み衰えた隙を突いて全身へ広がっていくかのようだった。城内の内通者と奇襲の利を得て、クーデター軍は下城区で破竹の勢いを見せた。ほんの一瞬のうちに街のあちこちから無数の火の手が上がり、夜を照らした。




