第二十六章 誤解
別の場所へ向かう馬車に乗り込むと、フリーデは精緻な布地で飾られた車内でクラフト紙の袋を開き、先ほどサンドラから買い取った情報に目を通した。
調査報告
調査によれば、ボドナ伯爵が初めて世間の注目を集めたのは六年前である。当時、彼は巨額の資金を携えてライカベサに現れ、大掛かりな投資を行って注目を浴びた。この思いがけない財の出所は今なお不明だが、響浪公国の黄金であることは疑いようがない。
ネオ・ボドナは婿入りする前、ネオ・アンクロバンと名乗っていた。調査結果によれば、最初に就いた職はボドナ伯爵夫人の執事であり、優れた仕事ぶりと熟練した管理手法によって伯爵夫人の賞賛を得た。北方料理を得意とし、ボドナ伯爵家を訪れた賓客の多くがアンクロバンの料理の腕を絶賛した。
ライカベサに来た当初、ネオ・ボドナは魔法の詠唱や会話の際にはっきりとした北方訛りがあり、学んだ魔法も響浪公国の様式に偏っていた……
……
ネオ・ボドナ伯爵のライカベサにおける経歴
一七一七年、初めてライカベサに現れ、執事長として雇われる。
……
一七一八年、一年の求愛を経てボドナ伯爵夫人との結婚に成功し、ボドナ家に婿入り。一七二三年現在、四歳の長女がいる。投資の成功により、財産はライカベサでも上位に数えられ、政治的立場は親ドミトリー。
一七一九年、二階魔法使いに昇級。
……
「ボドナ伯爵は響浪公国の出身で、巨万の富を持っている……ウェルズとの間にどんな繋がりがあるの?」
フリーデは情報に目を通すと、その関連性について考え込んだ。歴史書で響浪公国のことを読んだ覚えがある。かつてライカベサの北方にあった小国で、六年前、西の教廷と東の新興国家である翡翠王国に併呑されたはずだ。
だがフリーデの思索の演算は、馬車が停まったことで断ち切られた。目的地に着いたのだ。
白い手が二輪馬車の扉を押し開け、フリーデは踏み板に足をかけてゆったりと降り立った。目の前に現れたのは精緻な塀と門で、門の両脇には颯爽とした騎士像が二体立ち、入口では数名の従僕が愛想よく来客を迎えていた。
彼女は今日、ハインリヒ伯爵の宴会に招かれていた。ミード子爵からもらった招待状のおかげだ。ライカベサでもハインリヒ伯爵の宴会は指折りの格式を誇り、ミード子爵の招待がなければ、フリーデにはこの会場に足を踏み入れる資格すらなかったと言っていい。
「ようこそ、お嬢様。招待状をご提示ください」
彼女はすぐさまロングスカートのポケットから金縁の入った赤い招待状を取り出した。確認が済むと、フリーデは屋敷の中へ通された。
「どうぞお入りください」
六名の従僕が揃って恭しく頭を下げ、フリーデを迎え入れた。門をくぐったところで、彼女は道のりがまだ始まったばかりだと気づく。大門から中央の豪華な大理石の館までは、まだ百メートル近くあった。
天を衝くような甲高い音が幾度か響き、フリーデが目を向けると、道の果ての屋敷から璀璨たる花火が打ち上げられていた。夜空へ打ち込まれた花火が鮮やかに咲き誇る。どうやら今は花火祭、ライカベサの祝祭の時期らしい。
赤い絨毯の敷かれた煉瓦道をゆっくりと進み、彼女は屋敷前の庭園を抜けていく。そこかしこで貴族たちが三々五々集まり、楽しげに談笑していた。この広大な庭園もまた宴会の会場の一つで、従僕たちが配膳車を押しながら、華やかな装いの貴族たちにあちこちで料理を振る舞っている。中央の噴水のそばには上等な席がいくつも設けられ、男女が腰掛けて語らっていた。
「くそっ、この前の試合、俺が火球術を使えたら、とっくにあいつを完膚なきまでに叩きのめしてやったのに」
「一階魔法使いが火球術を撃つ?勘弁してくれ、聖アトランテだってできやしない。お前がアレクシオスの生まれ変わりでも無理だ。夢みたいなこと言ってないで、可愛い女の子でも紹介してくれよ」
「ボドナ伯爵は本当に金持ちだな。知ってるか?最近、第三軍団に莫大な献金をしたんだ」
「あらあら、うちのあの子も商売を学んでくれればいいのに。一日中カクテルの研究をして何になるのかしら」
「激能石について何か知っている人はいないの?」フリーデが必要な情報を探しにかかろうとしたところで、数名の貴婦人が歩み寄ってきて声をかけてきた。
「あら、ドリス嬢じゃありませんか」
「ミード子爵と婚約なさったそうですね。首飾りを受け取っただけでなく、ミード子爵のご両親にもお会いになったとか。ご両親の同意があれば、身分違いの結婚の最大の障害はなくなりますものね」
「もうすぐ玉の輿ですわね。本当におめでとうございます」
「え……?」不意に貴婦人たちからそんな言葉をかけられ、フリーデはひどく面食らった。
だが彼女たちは訳の分からない祝いの言葉を述べるだけ述べると、フリーデが問いただす間もなく、また別の話題を求めて去っていった。
「ドリス嬢!」
聞き覚えのある女性の声が、背後から彼女を呼び止めた。
そこにいたのはヴァージニアで、驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべている。
「あなたがミードと婚約して、ご両親にも会いに行ったと聞きました。一体どういうことなのですか?」
「ミードのような人に嫁ぐくらいなら、私の兄に嫁いだほうがましですわ!」彼女は兄の売り込みも忘れなかった。
「私にも分からない。どういうことなの?」フリーデも同じく困惑していた。半日ほど休んで宴会に出なかっただけで、これほどの噂が広まっているなんて。
「あなた、ミードと二人でご両親に会いに行ったのではありませんか?」
「ええ……」
「女の子を両親に会わせるといったら、結婚の相談に決まっています。それに、行っただけでなく海淵幻沫を婚約の証として受け取ったのですから、縁談を承諾したことになるのは当然です。この話はもう社交界中に広まっています!」
ミードから両親との夕食に誘われた時、フリーデはそれを情報収集の手段としか考えておらず、ミード子爵の両親に会うことの裏にこれほどの思惑が潜んでいるとは思いもしなかった。
ヴァージニアもまた驚いていた。
「でも、あなたを両親に会わせて、海淵幻沫のような極上の宝石まで贈るなんて。もしかすると、今回の彼は本気なのかもしれませんね」
「でも私にそんなつもりはないし、承諾するつもりもない。裏にそんな意味があるなんて、まったく知らなかった」彼女はわずかに口を開いたまま、途方に暮れた。
「どうすればいいの?」
ヴァージニアは白い額に手を当て、長いため息をついた。「やはりそうでしたのね」
「早くミードのところへ行って、はっきりさせないといけません。長引けば長引くほど向こうの準備は進んで、あなたが断った時の悪影響も大きくなります……!」
「ミードはこの宴会に出席しているはずです!」
「彼はハインリヒ伯爵と親しいので、今は屋敷の本館にいるはずです」
「分かった。すぐに行く」
話を聞き終えるや、フリーデは屋敷へ向かった。赤い絨毯の上を足早に進むと、ロングスカートの裾が床をかすめる。誰に止められることもなく、金色に輝く屋敷の中へ足を踏み入れた。精緻な金のシャンデリアが天井にいくつも連なり、室内を真昼のように照らしている。屋敷の壁柱にはどれも小さな彫像が施されていた。いずれも一本の大理石柱から熟練の彫刻師が彫り上げたもので、贅を尽くした美しさだった。
屋敷に入ったフリーデは複雑な面持ちで辺りを見回し、ミードの姿を探した。するとすぐに、熱のこもった呼びかけが聞こえてきた。




