第二十五章 面談
「ありがとう……!」
人気のない路地に、二つの人影があった。一人は華やかなロングスカートをまとった銀髪の少女。もう一人は全身ぼろぼろで、男か女かも見分けのつかない浮浪児だ。本来なら交わることのないはずの二人が、今こうして並んで立っていた。
ドミニクは、拭ってもまだ少し汚れの残る小さな手で、自分の手よりも白いパンを握っていた。初めて味わう美味しさにかじりつきながら、感動のあまりぽろぽろと涙をこぼしている。
「本当にありがとう、フリーデお姉ちゃん……生まれてから今まで……こんなに美味しいパン、食べたことなかった」
慌てて目元の涙を手で拭う。たかが銀貨数枚のパン一つが、彼女の口の中では山海の珍味にも勝るごちそうだった。
「どういたしまして。人を探してくれたお礼よ」数日前、彼女はドミニクに人探しを頼んでいた。約束の報奨金とは別に、フリーデは宴会で贈られた土産のパンもすべてドミニクに渡したのだった。
これほど感激する姿を見て、しゃがみこんでいたフリーデも頬を緩めた。
何口か勢いよくかじって満足げな顔をしたドミニクだったが、ふと、足元に置いた何箱もの土産のパンのことを思い出した。
「でも、一人じゃこんなに食べきれないよ。パン、すごくいっぱいあるし。置きっぱなしで腐らせちゃうのはもったいなさすぎる」
「それなら……あなたの友達に分けてあげたら、どう?」
「分ける……友達に?」
ドミニクは自分の「友達」のことを思い浮かべた。浮浪児同士の仲は良くない。彼らは街の底辺で競い合う者同士であり、わずかな資源を奪い合う相手だ。誰かが死ねば、そのぶん残った者が長く生きられる。だから彼女は、人を助けようなどと考えたことは一度もなかった。
「今までは自分が生きるだけで精一杯で、ほかのことなんてできなかった」
わずかにうつむき、自分と同じように飢えと寒さに震える子供たちのことを思った。あの子たちもこのパンを食べられたら、きっと自分とそっくり同じ反応をするだろう。
「人を助けるなんて、考えたこともなかった」
「でも、あの子たちの代わりにお礼を言うね……フリーデお姉ちゃん」
顔にまだ汚れの残る少女は、決意に満ちた表情を浮かべた。
「今日から、人を助けてみることにする!」
彼女は自分を変えたかった。たとえ目標が遥かに遠くても、ほんの一時でも、自分を助けてくれたフリーデのようになれるなら、それで満足だった。
その様子を見て、フリーデはかすかに笑みを浮かべた。
「今はその名前で呼んじゃだめ」
「私は今、ドリスさんなの」
「どんな名前だって、ぼくの心の中では、お姉ちゃんは美しい心を持った天使だよ。教会の絵に描いてあるみたいな……!」
浮浪児は身振り手振りを交えて力説し、精一杯の崇拝と尊敬を表した。だがその言葉に、フリーデは考え込むような表情を浮かべた。
「私の心は、美しいの?私に心はあるの?」
「ドミニク、あなたは心って何だと思う?」
「えっと……美味しいものを食べたら嬉しくて、辛いことがあったら悲しくなる、ってこと?」
「それがあなたの生きる意味なの?」フリーデは彼女の笑顔を見ながら尋ねた。
「ぼくにも分からない。いつか浮浪しなくてもよくなったら、分かるようになるのかな?」
ドミニクは満足そうにパンを頬張っていた。その笑顔を見て、フリーデは胸の内が少し満たされるのを感じた。そうして、あることを知った。
「私にも、自分の意味がある」
「人を助けて、その笑顔を見たい」
「これは我が主から与えられた使命であるだけでなく、私の意味でもある」
笑顔に満たされた彼女は、そう思った。
話を終えると、彼女は立ち上がり、手を振ってドミニクに別れを告げた。
「さようなら……!」小さな少女も同じように、心を込めて元気いっぱいに手を振り返した。
馬車に乗り込んでからも、フリーデは窓越しに、最後まで彼女を見つめていた。
だが、彼女は知る由もなかった。二人がもう二度と会えないことを。
馬車で向かったのは、あらかじめ予約しておいたカフェだった。流行りの古典様式の店で、内装は温かみのある木の色を基調とし、床には精緻な絨毯が敷かれている。座席もゆったりしていて、人と会うにはうってつけの場所だ。
明かりがふんだんに灯り、優雅な雰囲気に包まれた店内に、ひとつだけ殺伐とした気配を漂わせる異様な存在があった。頭にゴーグルを掛けた少女だ。いや、恐ろしい空気を放っているのは彼女自身というより、傍らに置かれた獰猛な長刀のほうだろう。目にしただけで背筋が冷える代物だった。
彼女こそ、フリーデが探すよう依頼した人物、サンドラだった。
フリーデが彼女の席に歩み寄って腰を下ろすと、桃色の髪の少女は懐からクラフト紙の袋を取り出した。
「君の欲しがってた資料は、全部ここにある」
あらかじめ取り決めていた条件どおり、サンドラはフリーデの差し出した小切手を受け取った。
「この情報は、ウェルズが持っているものとまったく同じなの?」フリーデが尋ねた。
「さあね?でも内容に嘘がないことは保証する」
情報を受け取ると、フリーデはサンドラをじっと見据えて切り出した。
「それとは別に、あなたに直接訊きたいことがあるの」
「何?」
「ウェルズの過去のこと。いくら必要?私が払う」
「彼からもらったお金で、彼のことを私に訊くわけ?中間業者の私なんか飛ばして、本人に直接訊けばいいじゃない」
サンドラは両手を広げてみせた。いかにも気が進まない様子だった。
「彼は教えてくれないから。それに、あなたは情報を売る人なんだから」
桃色の髪の少女はため息をついた。「先に言っておくけど、私だって彼のことを全部知ってるわけじゃない。一緒にいたのも、十歳から十二歳までの数年だけ」
「それでも、あなたは私より彼のことを分かってる。それで十分。教えて……あなたたちの物語を」
フリーデの揺るぎない言葉に、サンドラはため息をつくと、昔を懐かしむような表情を浮かべ、柔らかな声でゆっくりと語り始めた。
「話せば長くなるけど……君、工業化孤児って言葉、聞いたことある?」
「少しだけなら……この時代が生んだものでしょう?」
「私たちの両親は、もともと穏やかな田舎で、苦労しながらも真面目に働いて暮らしてた。でも羊を飼うには広い土地が要る。それで両親は、貴族に荘園から追い出された。飢えて食い詰めた二人は、私を連れて仕事を探しにライカベサへ出てくるしかなかった。これが、羊が人を食うっていう現象」
「街に出てきても、想像してたような繁栄も豊かさもなくて、あったのは終わりのない労働だけ。二人は週に六日、毎日十二時間から十四時間働いて、手に入るのはわずかな賃金だけ。結局、父は危険な機械に両手を潰されて、働けなくなったあげく川に身を投げた。母はコレラにかかって死んだ」
「私たちが初めて会ったのは、両親が死んで一年後。私は十歳で、彼も私と同じ、ライカベサの路上にいるただの浮浪児だった」
「浮浪児はみんな、盗んで騙して奪って、必死にもがいてた。あの日もそう。パン屋で盗み食いしてるところを見つかって、店主に追いかけ回されて、ウェルズのいた廃屋に逃げ込んだ」
「そしたら店主は、ウェルズのほうを盗み食いの犯人だと思い込んで、殴りつけた」
「それを知って、どういう神経してたんだか、私は悪いと思っちゃって、大事にとっておいたチョコレート菓子を彼にあげた。それが私たちの知り合ったきっかけ」
「それから何度も、餓死や病死の一歩手前までいったけど、それでも助け合って、あの二年を生き延びた。私たちはたぶん一番運が良かった。同じ年頃の浮浪児の九割は、共同墓地行きだったはずだから」
「ウェルズは子供の頃、どんな人だったの?」フリーデは少し驚いた様子で尋ねた。
「彼は善良な人だった。死んだほかの子のために泣いて、素手で不器用に穴を掘って、埋めてやろうとまでしてた」
「彼は純真な人だった。チョコレートボールと残り骨を交換しようなんて、自分が損する話を持ちかけても、平気な顔をしてた」
「彼は優しい人だった。不器用だったけど、助かる見込みのない病人を、最後の最後まで見返りも求めずに看病してた」
サンドラは少し懐かしそうに柔らかく微笑んだ。だがその笑みはすぐに消え、艶やかで美しい顔が霜に覆われたように凍りつく。そして冷ややかな言葉を吐き出した。
「だから私は、彼に冷血の道理を教えた。見返りのないことは諦める。割に合わないことはやらない。変えられないことは黙って見てる。世界中どこにだって不公平はあるし、私たちには何もできない。ましてや、そんなくだらないことで心を痛めるなんて論外」
「競争があれば淘汰もある。ほかの連中が死に絶えてこそ、私たちは生きられる。助けるなんてもってのほか」
「彼はちゃんと私の言葉を聞き入れたみたい。そうじゃなかったら、とっくにライカベサの路上で死んでたはず」
そんな過去を知らされ、あまりに込み入った話に、フリーデはしばし言葉を失った。頭の整理がつかなかった。
「もっとも、昔の彼でも、感情を乱すことはめったになかった。ある話に触れた時だけは別だったけど」
「どんなこと?」フリーデは興味深げに尋ねた。
「彼、もとは裕福な家で暮らしてたんだって。毎日食べきれないほどのお菓子やケーキがあって、ペットも鳥に犬、子馬まで飼ってたって。なのに仇がそれを全部壊した。両親と妹を殺して、何もかも持ってた彼を、何一つ持たない身にした。だから息がある限り、何としても復讐するんだって」
フリーデはその話を一言残らず、しっかりと胸に刻みつけた。
「話してくれてありがとう。いくら払えばいい?」
「この話には、隅から隅まで実際的な価値なんて何もない。だからお代も要らない」
サンドラは無造作に手を振った。
「ありがとう」フリーデは深く頭を下げた。
「わざわざお礼なんていい。私はただ、私たち煉獄騎士の準則に従って、双方の需要を満たす合理的な取引を誠実にしただけ」
間章 死にたくない
蒼白な顔をした少年が、廃墟の中に横たわっていた。
ウェルズはもう二日、何も口にしていなかった。飲み水といえば、雨上がりに打ち捨てられた容器に溜まった水だけだった。
長い浮浪の末、彼はついに持てるものをすべて使い果たした。物だけでなく、心まですっかり底をついていた。
「僕は死ぬのかな……死んじゃうのかな……?」
まだ十歳だったが、彼はもう死というものを知っていた。
死とは、二度と戻れない一方通行の道であり、この俗世から永遠に離れることだ。
「死んだら……またパパとママに会えるのかな……?」
まぶたは十キロの煉瓦を吊るしたように重く、衰弱しきった体では、遠のく意識をつなぎ止めることもできなかった。
目を閉じれば、きっとそのまま死んで、この街の名もない死体になるだろう。彼はそう感じていた。
だがその時、足音が聞こえてきた。
まぶたを持ち上げて見ると、そこにいたのは彼と同じ年頃の子供だった。黒と桃色の入り混じったぼさぼさの短い髪は、自分で適当に切ったのだろう。服はぼろぼろで、どこにでもいる浮浪児だった。
「君は……?」
髪の先に一筋混じった桃色を見て、彼は思い出した。前に自分にチョコレート菓子をくれた、あの子だ。
「君を助けに来た」
彼女は薄汚れた服の中から、服と同じくらい黒ずんだ塊を取り出した。
そして少年の口を手でこじ開け、その塊を押し込んだ。
喉を通った瞬間、それが何か分かった。
黒パンのかけらだった。木炭のように硬く、水なしではとても飲み込めない。悪徳な店主が重さをごまかすためにおがくずを混ぜているかもしれない。彼が以前食べていた白パンとはまるで別物で、これこそが貧しい者の食べ物だった。
以前の彼なら、こんなものを飲み込むなど絶対にあり得なかった。
だが飢えの本能に突き動かされ、彼は無意識のうちにその硬い塊を噛んでいた。塊は溢れ出る唾液を吸い、何度も噛むうちに湿って柔らかくなっていく。彼はぐっと力を込め、それを喉の奥へ飲み下した。
その食べ物が、彼にわずかな力を与えてくれた。
「飲み込んだね。この辺じゃ見ない顔だけど、新入りの浮浪児でしょ?立って。この街での生き方、私が教えてあげる」彼女は言った。
だが少年は壁にもたれたまま、顔を背けた。
「放っておいて……もう、もがきたくない……」
「立ちなさい……!まだ生きたいんでしょ!じゃなきゃ、どうして私のあげたパンを吐き出さないの!?」
途方に暮れていた彼は、その叱咤に震えながら、ゆっくりと立ち上がった。顔には悲嘆と憔悴の色が満ちていた。
「生きる……僕は生きたいのかな?」
「こんなに苦しい思いをしてまで生きて、何の意味があるの?さっさと終わりにしたほうが……」
「今から、私が身につけてる物を盗んでみて」
彼女は少年を訓練するつもりだった。
だがそれを聞いた彼は、首を横に振るばかりで、拒むように後ずさった。
「そんなことできないよ……盗みはいけないって、パパとママが言ってた!盗みは不道徳で、悪いことなんだ!」
「盗んでも生きられるとは限らない。でも盗まなければ絶対に生きられない」彼女は応じた。
「じゃあ死にたい!」彼は怒鳴った。
「もううんざりだ……!家に帰りたい……!温かい家に帰って、ふわふわのケーキが食べたい……もう生きていたくない……ここはつらいよ……毎日おなかを空かせて、虫に噛まれて……どうして……僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!!?」
彼は声を上げて泣きじゃくり、その場にまたへたり込んだ。
「……ママ……パパ……どうして……どうしてこんなことに……!」
泣きじゃくる彼を冷ややかに見つめ、彼女は二歩前に出た。
「君の言う通りだね。生きたくないなら、今ここで私が絞め殺してあげる」
彼女は手を伸ばし、少年の首を絞めた。力は弱いのに、迷いは微塵もない。抵抗しなければ、本当にこのまま絞め殺されてしまいそうだった。
「どうせ遅かれ早かれ死ぬんだし、早く死んだほうが苦しまずに済むよ。君の死体は拾って売ればお金になるしね。闇市じゃ欲しがる人がいくらでもいるんだから。君が本当にそんなに善良なら、お礼にその死体、私にちょうだい」
少女の手が彼の首を締め上げた。
彼は息ができず、意識は次第に朦朧としていった。
初めは無意識にもがこうとしたが、やがて諦めの気持ちが込み上げてきた。
「こんなに辛く生きるより、このまま死んだほうが……」
手首の力は驚くほど一定で、機械のように正確だった。そのせいで彼は、自分があとどれくらいで死ぬのか、はっきりと思い描くことができた。
「死んだら……パパとママに……妹に、また会えるよね?」
「本当にあるのかな……死後の世界なんて……?」
その時、両親が無残に死んだ光景が脳裏に押し寄せた。可憐で愛らしかった妹も、火の海の中で命を落とした。その光景が浮かんだ瞬間、怒りが唐突に胸の奥から噴き上がった。
「生きてやる……!俺は……生きたい……!」
家族はあれほど苦しんで死に、自分はこれほど苦しんで生きている。この責任は、必ず誰かに取らせなければならない。裏で糸を引いた者を、法の外でのうのうとさせておくものか。誰かがこの負債を償わねばならないのだ。
「死んでもいい、だが死ぬ前に必ず仇を皆殺しにする……!!俺からすべてを奪った奴らから、奴らのすべてを奪ってやる……!!俺の幸せを奪っておいて、幸せな人生を送れるなんて思うな!」
天を衝く怒りの炎が、彼の瞳に再び光を灯した。
「復讐だけが、俺の生きる意味だ!」
そう確信した途端、腕に力が湧いてきた。彼は目の前の少女の手を力任せに振り払う。解放されるや否や、貪るように息を吸った。肺が大きく上下し、空じゅうの大気を飲み干そうとするかのように、飢えたように喘ぎ続けた。
「死にたくなくなった?」彼女は眉を上げて尋ねた。
「生きる……俺は生きる……!生きて復讐する!」
生死の狭間でこそ、最も激しい感情は目覚める。
「君の持っている技術を全部、俺が生き延びるのに役立つ技術を全部……教えてくれ!どんなに卑劣で汚いことをしてでも、俺は力を手に入れて、俺の正義を成し遂げる……!!」
「いいよ。最後になるかもしれない時間を、一緒に過ごそう」
「私の名前はサンドラ。よろしくね」
彼女は手を差し出し、少年と握手した。
サンドラの指導のもと、彼はライカベサの貧民窟で生き延びる術を、むさぼるように学んでいった。
ほどなく彼は、掏摸、嘘、尾行といった、孤児が生き延びるためのあらゆる技術を身につけた。胃袋も体もすぐにそのすべてに慣れ、高貴な貴公子から、路地裏で最も卑しい鼠へと姿を変えた。
「あの男には近づかないで。浮浪児の手足を切り落としたり、目をえぐったりして、物乞いで稼がせるんだから」
「あの男にも近づかないで。浮浪児の皮を剥いで蛇の皮を縫い付けて、外で気持ち悪い見世物をやらせて稼ぐんだから」
「あいつから目を離さないで。もうすぐ餓死するから、死んだら闇市まで引きずっていって売れば、パン何食分にもなる」
……
サンドラの指導のもと、彼はライカベサで浮浪の歳月を過ごし、人生で最も困難な日々を生き抜いた。




