第二十一章 思いがけない出会い
ほどなくして、またしてもまったく違う合言葉の試験を受け、ウェルズは再び一銀券の入場料を払って、店に隠された地下室へと入った。
木の階段を下りきって石畳の床に足をつけると、目の前の地下室には品物の棚が何列も並んでいた。この闇市にいる客は、ウェルズ一人ではなかった。
金髪碧眼の少女だった。子供のようにあどけない顔立ちで、美しい黒の紋様があしらわれた華やかな白いふんわりとしたワンピースドレスをまとい、パニエがスカートを豊かに膨らませている。軽く巻いた金髪がなんとも愛らしい。少女は顎に手を当てて棚の間を歩き、何かを探しているようだった。
「ここにもないのね……」耳に心地よい声で、彼女は呟いた。
「さっさと選べ。ここに長居はするなよ」ウェルズを地下へ案内した闇市の店主が、二人に声をかけた。この闇市では、長居すればするほど面倒が起きやすい。
ウェルズは気にも留めず、闇市に並ぶ商品を見て回った。
だが、いつものように欲しい品は見つからなかった。店主に尋ねて出所を聞き出すなど、なおさら望めない。
「ここにもないのか?」
最後の棚の間を歩きながら品定めに集中していると、ふいに声を掛けられた。
「悪いけど、どうか通してくれる?」
呼び止めたのは、もう一人の客である、膨らんだスカートの金髪の少女だった。深い青の瞳を瞬かせながら、彼女はウェルズに言った。
「こんな狭いところで、そんな膨らんだスカートを穿けなんて誰も頼んでないぞ」
ウェルズは彼女をちらりと見やった。二人が体を横にすればすれ違えるはずの通路が、彼女のスカートですっかり塞がっている。
「何を着ようと私の自由でしょ。とにかく、もう『どうか』って言ったんだから、早く通しなさいよ」彼女は口を尖らせ、ウェルズを指差して命令した。
「はいはいはい」言い争う気もないウェルズは、両手をポケットに突っ込んだまま踵を返し、反対側から抜けていった。
「『はい』は一回で十分!」
通路に出ると、何かを探しているらしい少女はウェルズを追い越して、探し物を続けた。ウェルズのほうは、彼女がどくまでのあいだ、なんとなく辺りを見回していた。
「この杖……造りの様式が、終末救贖者の杖にどこか似ているな……」
そのとき、ウェルズは壁際に立て掛けられた一本の杖に気づいた。ちょうど視線の死角になる位置だ。紛れもなく希少等級の火炎増効の杖で、先端には火紅晶が嵌め込まれている。
「この杖は売り物か?どこから仕入れた?百金券出そう」
ウェルズは店主に声をかけた。杖を買い取って内部の構造をばらし、邪教徒とさらに深いつながりがあるかどうかを確かめるつもりだった。
「この低級火炎増効の杖は第三軍団から流れてきた高級品でな……」
「だが、こいつは売り物じゃ……」店主が言い終えるより早く、少女の驚いた声が上がった。
「あ……!これよ、これ。百二十金券出す。この杖、私に売ってちょうだい!」
「おい、鳥の巣頭。これは俺が先だぞ」ウェルズが抗議の声を上げた。
「何が鳥の巣頭よ、あんた本当に嫌な奴ね!」彼女は腹立たしげに言い返した。
「まだ売れてないなら、先も後もないでしょ。悔しかったらもっと高い値をつけなさいよ」
彼女はちょこちょこと小走りでウェルズの前へやってきた。いかにも不服そうな顔だ。
「百四十だ。こいつは俺にとって大事なものなんだ」ウェルズは一語一語に力を込め、彼女の白く柔らかな顔を見据えた。だが深い青の瞳は、まるで意に介していない。「百六十金券。身の程をわきまえなさい!」
「百八十」ウェルズは最後の値を告げた。「女、この杖にはとんでもなく大きな事が絡んでるんだぞ!身の程を知るべきなのはそっちのほうだ!」
「私だってこの杖で大事なことをするんだから!」得意満面の彼女は、ふんと鼻を鳴らした。「二百……!どう?降参する?」
ウェルズが黙っているのを見て、彼女は勝ち誇った笑みを浮かべた。得意げにのぞく八重歯が、目の上のこぶのように癪に障る。
「二百金券。売るの、売らないの?」勝ちを手にした少女は杖を取り上げ、振り返って店主に尋ねた。
「決まりだ!」
二倍もの上乗せという高値を前に、軍から流れたこの規格品を自分用に取っておくつもりだった店主は、喉元まで出かかっていた言葉を慌てて呑み込んだ。
得意げな少女は空間の指輪から紐で束ねた札束を二つ取り出して店主に渡し、買ったばかりの杖を手に、弾むような小刻みの足取りで去っていった。
横から割り込んできた金髪の少女に杖をさらわれ、ウェルズはいささか腹の虫が治まらなかった。残りの棚にも価値のある情報は見当たらず、彼は少女の後に続いて階段を上り、店を出た。
だが少女が店を出る前に、ウェルズはひそかに魔法を使い、彼女にこっそりと「追猟印記」を施していた。
「この件はまだ終わっていないぞ」
ウェルズは考えを巡らせた。杖をばらしてから、それが終末救贖者と関わりがあるかどうかを確かめたい。
追猟印記を通じて、あの金髪の少女の居場所をおぼろげに感じ取ることができる。次は彼女に追いつくことだ。何しろ、これが唯一の手がかりなのだから。
追跡しながら、彼は魔導書の意識回路を通じて、フリーデに問いかけを送った。
「激能石について、何か調べがついたか?」
「まだ手がかりは見つかっていない。でも、友達が何人かできた」フリーデの柔らかな声が答えた。
「やはりそう簡単には見つからないか。調査を続けろ」
相手がほかの者なら、上流社会の贅沢に溺れて本業を忘れているのでは、と疑ったかもしれない。だがフリーデは魔導書の化身であるうえ、実直で純朴な性格だ。享楽に酔いしれるなど、まずありえない。
二十分あまり歩いたところで、ようやく少女が足を止めたのを感じ取った。印記の感応によれば、彼女が泊まっているのは上等な宿だ。外観は精緻で華やか、ロビーでは音楽家が曲を奏で、落ち着いた雰囲気が漂っている。ウェルズの泊まっている宿より一段格上だった。
不意に、印記が少女の精神状態が活発になったと報せてきた。精神を集中しているときにしか現れない反応だ。逆に落ち着いていけば、眠りに入ったということになる。
彼女がいったい何をしているのか知りたくなり、ウェルズは宿に足を踏み入れた。印記の導きで、少女が三階の左手二番目の部屋にいることが分かる。彼はすぐさまその扉の前までやってきた。
ウェルズは魔法「窺秘の眼」を放ち、扉越しに中の様子を直接見ようとした。だがひどい妨害を受け、視界はぼやけてはっきりしない。
かろうじて部屋の調度がぼんやりと見えるだけだった。少女は黒のぴったりしたズボン姿で、さっきまで脚を覆っていた膨らんだスカートは衣装掛けに掛けてある。高値で買ったあの杖は作業台に置かれ、そのそばには、なんと分解用の道具まで用意されていた。
「あいつも杖を分解する気か。なぜだ?」映像越しにその光景を目にして、ウェルズはわずかに驚いた。
だが、やろうとしていることの難しさに比べ、少女の手先の技術は明らかに足りていなかった。分解用の道具で宝石を外し、杖をばらそうと何度も試みたものの、うまくいかないどころか、自分があたふたするばかり。とうとう苛立った彼女は真っ当な分解をあきらめ、あろうことか力ずくで杖をこじ開けようとしはじめた。
「そんなやり方をしたら、爆発するぞ……!」
少女がペンチで火紅晶を無理やり引き抜こうとしているのを見て、ウェルズは顔色を変えた。有無を言わさず念動力で扉の鍵を開け、扉を押し開けて少女の閨房へ飛び込むと、手を掲げて「魔力引流」と「陰影護盾」を放った。
「ドン……!」という爆発音が響いた。
杖に嵌め込まれた宝石が、内に秘めたエネルギーを残らず解き放った。幸い、ウェルズの制御によって、本来なら四方へ炸裂するはずのエネルギーは少女のほうへと導かれるだけで済み、護盾の力と打ち消し合って、やがて静まった。
爆発に呆然としていた金髪の少女は、我に返って立ち上がった。




