第十七章 貴族の少女
時はちょうど正午だった。
赤茶色の髪の少女が屋敷の外に立っていた。ロココ風のドレスに身を包み、愛らしくあどけない顔立ちをしている。その傍らでは、召使いが日除けの白い傘を差しかけていた。
「最近、いろんなことがありすぎました……」ここに佇んで待ち人を待つ彼女は、首を隠した白鳥のように物静かで、どこか恥じらいを帯びていた。だがその胸の内は、見た目ほど穏やかではなかった。
数日前、連れ立ってカンベリ城へ遊びに出かけた彼女たちは、列車で共和国へ戻る途中、あろうことか邪教徒に襲われた。なぜかは分からないが列車は荒野で停まり、彼女たちは傷ひとつ負わずに済んだ。それでも被害者の惨状を耳にするたび、今なお背筋が冷える思いがする。
帰宅してから雇いの魔法使いに何度も調べてもらったものの、ヴァージニアは怖くてたまらなかった。いつか自分も怪談に出てくる被害者になるのではないか。毒虫の宿主にされるとか、人体爆弾にされるとか、そんなことばかりが頭をよぎる。
もっとも、少女の憂いを理解する者などいるはずもない。数分後、道の彼方から一台の馬車が現れ、小さな点がみるみる大きくなっていく。少女はすぐに、それが待ち人だと悟った。
ここ数日、宴から宴へと渡り歩いていたこともあって、フリーデの姿はしだいに人々に知られるようになっていた。ゆっくりと馬車から降り立つと、待ちかまえていた茶髪の少女がすぐにそれと気づき、歩み寄ってきてフリーデの注意を引いた。
「失礼ですが、あなたは?」銀髪の少女が尋ねた。
「私はベドリ子爵家のヴァージニアです。あなたがドリスさんで間違いありませんよね?」
「はい、そうです」
「やっぱり噂どおりお美しいですね!今日は、あのミードという男のことでお話があって来たんです」
「ミード子爵ですか?」フリーデは少し間を置き、ここ数日のやり取りを思い返して言った。「良い方ですよ。私が知りたいことを調べるのを手伝ってくださったうえに、ネックレスまでいただきました」
「それですわ……!」ヴァージニアは思わず大声を上げたが、はしたなかったと気づいて慌てて口元を半ば覆い、何度か咳払いをした。「こほん、別に他意はありません。あなたはよそから来た方ですから、お伝えしておきたかっただけです。決して、あの人に騙されてはいけません!」
「騙される?」
「ええ。あの人は実は遊び人で、権勢を笠に着て、もう何人もの少女の真心を弄んできたんです。どんな甘い言葉で言い寄られても、決して信じてはいけません!私の名誉にかけて保証します」騙された少女たちの無念を晴らそうとでもするかのように、彼女は憤然とまくし立てた。
「それからそれから、あの人は前進党にとても近いんです。あれは戦争狂の集まりですよ!国境で揉め事を起こすことと、軍事費に大金をつぎ込むことしか頭にないんです。前進党が政権を握っていたこの数年で、ライカベサはいろいろな外交関税のせいですっかりさびれてしまって、教廷の商隊もここを通りたがらなくなったんですから……」
「ご心配なく。私にとって、あの方は大した存在ではありませんから」ヴァージニアがあれこれとミードの欠点を並べ立てているところへ、フリーデはそう返した。
「ずいぶんあっさり聞き入れてくれるんですね」貴族の少女は少し呆気にとられた。「もうあの人にすっかりのぼせ上がっているものと思っていました。前の被害者たちなんて、この時点で逆に私を罵ってきたくらいなんですよ。はあ、本当に親切って報われないものですね」
「もう一つお聞きしたいことがあります。激能石について、何かご存じありませんか?」せっかく目の前に人がいるのだからと、フリーデは尋ねてみた。
「激能石?あれって爆破に使う特殊な鉱物じゃありませんでした?普通は希少鉱物の採掘か軍事用途に使うものですけど、そんなものを探してどうするんです?」
「これがどう出回っているか、ご存じですか?」
「知りません。兄から聞いたことがあるだけです」彼女は「あら」と声を上げた。
「それでは、他にご用がなければ、私はこれで失礼します」
ヴァージニアはスカートをつまみ、しずしずと立ち去っていく。フリーデは黙ってその背を見送っていたが、彼女が馬車の踏み段に足をかけた瞬間、遠くで魔力がうねるのを感じ取った。
「危ない!」異変を察した彼女は一歩踏み込んで軽く跳び、瞬く間にヴァージニアを腕に抱き込んだ。そのまま身を引いて馬車の上へ跳び上がり、さらに後方へ退くと、来るかもしれない追撃に備えて二人に防護光盾を張った。
一方、ヴァージニアがもといた場所では、枯れて黄ばんだ枝や蔓が次々と地面から噴き出し、のたうちながら馬車をひっくり返した。
「くそっ……」攻撃が失敗したと見るや、遠くに潜んでいた術者はすぐさま身を翻した。自分に「逃げ足」をかけると、そいつはあっという間に姿をくらませた。
「あ……な、何なんですか、これ。刺客ですか?きゃっ……」フリーデの腕の中で、ヴァージニアは悲鳴を上げ続けた。
地面から噴き出した枝を見回したフリーデは、蔓に非致死性の植物毒が含まれていることに気づいた。犀一頭を倒すには十分な量だ。
「誰かが攻撃魔法を撃った!」「早く警察を呼べ!」
魔法を目にした周りの人々が、慌てふためいて叫んでいる。
フリーデはすぐに、腕の中のヴァージニアを下ろした。
「お……驚きました。あなた、魔力が使えるんですか?」ヴァージニアの小さな顔には、まだ怯えの色が残っていた。フリーデの魔力が自分には測りきれないほど強大なのを、肌で感じ取っていた。
「ええ、そうです」
「とにかく……助けていただいたんですから、ぜひ一度うちへいらしてください。お礼をさせていただきたいんです」彼女は真剣な面持ちで言った。




