第十五章 資料
宿の部屋の机には、数通の書類が広げられていた。すでにすべてにひと通り目を通し終えたウェルズは、情報の整理に取りかかろうとしていた。
「一通目は邪教徒組織の報告書だ。これによると、今回のライカベサ計画に参加したのは全部で三十二人。うち三名が三階の魔法使いで、物理戦闘職はわずか七人しかいない」
「物理戦闘がそんなに少ないの?」フリーデが尋ねた。
「命を奪う効率でいえば、やはり魔法使いのほうが一枚上手だからな」ウェルズは茶化すように言った。
「二通目は支出と日常勤務に関するものだ。それによれば、奴らは二ヶ月前に行動を開始してここで合流し、この間に十二平方キロにわたる大型生物と、二十八人を粛清している」
「野生動物を粛清?」
終末救贖者が人を殺すところならフリーデもとうに見ていたが、動物まで殺すという話は初めて聞いた。
「こいつらは野生生物を殺すのにも容赦がない。終末救贖者は殺戮の対象を選り好みしないからな」ウェルズは肩をすくめた。「巻き添えになった罪もない平民こそ、いい迷惑だよ」
「三通目は終末救贖者支部の報告書だ。『使徒議会』がこの支部に列車襲撃を指示し、乗客を生贄に高階の悪魔を召喚させた、とある。悪魔召喚の目的は、共和国が動乱に陥ったのち、人類の抹殺と環境汚染を最大限に推し進めることだそうだ。計画の成果予測にも触れていて、少なくとも五年以内に共和国の人口を四割減らし、国土の扶養力を恒久的に二割低下させられる見込みらしい」
「……どうしてこんなことを?」おぞましい話に、フリーデは銀の眉をわずかにひそめた。
「それが分かったら、俺も奴らの仲間に入りたくなるかもしれないな」ウェルズは小さく笑った。「聞いた話じゃ、評判の良かった人間が数多く、邪神の『召命』を受けた途端、迷いなく終末救贖者に加わったらしい」
「実に興味深いよ。その『召命』とはいったい何なのか。理想を歪め、観念を作り替えるほどの力を持つものなんて、いったい何なんだろうな?」
「本当に加わったら、私があなたを殺す」フリーデは彼を見据え、真顔で言った。
「ただの軽い冗談さ」生真面目な彼女を前に、ウェルズは気楽に笑った。
「話を戻そう。気になるのは、超凡衰弱と科学技術の進歩を迎えたこの現代に、奴らがたった三十二人でどうやって目標を達成するのかってことだ。聖アトランテの三千万余りの人口が奴らの前に一列に並んで、抵抗もせず殺されるのを待っていたとしても、刃が捲れるまで斬り、魔力が尽きるまで撃ちまくったところで、一千万人も殺せないだろう?」
当然ながら、彼の問いに答えられる者はいなかった。
「四通目が俺たちの調査の本命だ。物資流通の報告書で、ある取引が記されている。邪教徒は協力者から血ダイヤと激能石を受け取り、その見返りに自分たちで製作した危険な武器をライカベサの協力者に引き渡している。中身は魔法の杖、呪法巻物、錬金爆弾、特殊鉱物、それに新鋭の銃器だ」
最後に、ウェルズは大量の物資の出入りを記した一覧表を手に取り、フリーデの前に置いた。指一本を表に当て、最初の行から最後の行までなぞっていく。
「俺たちの次の目標は、この物資の行き先を突き止めることだ。それから、奴らがこれを何に使うつもりなのか、たかだか一万余金券程度の品で、三千万の人口と七百年の歴史を持つ聖アトランテ共和国をどうやって滅ぼすつもりなのかを明らかにする」
馬車に揺られながら、フリーデは記憶にある歴史の知識を整理していた。彼女の乏しい情報はすべてライカベサの図書館の蔵書から得たものだが、その蔵書にしても傷んだ箇所が多く、白蟻に食い尽くされた頁さえあった。
終末救贖者をキーワードに拾い出してみても、出てきた情報はわずか数件にすぎない。だがその数件だけでも、この悠久の組織の恐ろしさを思い知るには十分だった。
終末救贖者は数百年前にはすでに世界の舞台に登場していた。
この組織は悪魔よりも世を震撼させる存在で、その名を聞けば子供も怯えて泣き止むほどだった。
彼らはかつて二つの古国を滅ぼし、数千万もの人々がその襲撃によって命を落とした。生気に満ちていた広大な領土は、干からびて朽ち果てた荒漠へと変えられ、立ち入りを禁じられた死地となった。
だが超凡の力が次第に衰えるにつれ、魔法の力とともに彼らの危険性も薄れていった。そしていつの頃からか、彼らは帳の裏に身を潜め、人知れず計画を進めるようになった。
時折聞こえてくる彼らの消息といえば、どこそこでまた虐殺があった、どこそこでまた疫病が出た、どこそこの農園がまた呪詛で不作になった、果ては魔法で一つの都市の生殖能力を丸ごと奪った、といったものばかりだった。
彼らの所業は千差万別だが、人類を深く憎悪している点だけは共通していた。まるで一部の環境保護主義者が言うように、人類を世界の癌と見なし、地上から根こそぎ取り除こうとしているかのようだった。
「首都の図書館にも……これだけの情報しかない」
古代文献の大半は歴史の流れの中で散逸し、どの言語で書かれたのかさえ誰にも分からず、倉庫で保管するしかない古書もある。図書館の司書がそう話していたのを、彼女は覚えていた。
「お嬢様、馬車はご指定の場所に到着いたしました」
ここ数日、フリーデは商人の令嬢という触れ込みで上流階級の宴に出席し、激能石の情報を探っていた。宴は情報が素早く行き交う場であるうえ、激能石のように危険性の高い規制爆発鉱物は、上流階級の間でしか取引されないからだ。知りたいのは、激能石がどこにあり、どうやって購入するのか。そこから終末救贖者の白手袋となっていそうな人間を割り出し、根こそぎにするのが狙いだった。
身分に真実味を持たせるため、ウェルズは少なからぬ費用をかけて市内に屋敷まで借りてやり、彼女のほうも魔力で真新しいドレスを織り上げていた。
馬車を降りたフリーデは、広々とした屋敷の前に立った。階段を上っていくと、銀白のドレスが息を呑むほどの美貌を引き立てる。露わになった白い肩と艶めかしい鎖骨は見る者の想像をかき立てずにはおかず、雪をも欺く肌に、月も隠れ花も恥じらう容貌だった。
門口の従僕が礼儀正しく腰を折り、口を開いた。
「失礼いたします。招待状をお見せいただけますか」
従僕にそう言われ、彼女はしばし考えた。昨日の宴でほかの参加者から誘いを受けてこの宴に来たものの、相手から招待状はもらっていなかった。
「招待状は持っていません」
彼女は正直にそう答えた。
「大変申し訳ございません。主人の決まりで、招待状をお持ちでない方はお通しできないことになっております」門口を守る従僕は申し訳なさそうな顔で、腰を折って詫びた。
普通の人間なら腹を立てるところだろう。だがフリーデは気にも留めず、そのまま踵を返して立ち去ろうとした。




