第十一章 陰影の門
周囲の高所から飛び降りるや、ウェルズは宙で真っ先に魔力を巡らせ、火球術を放った。球状の炎はたちまち地面に激突して炸裂し、奇襲を受けた二人の邪教徒を呑み込んだ。
魔法はさておき、着地まではまだ間がある。ウェルズはその隙を逃さず長杖を召喚すると、落下の勢いに乗せ、真下の邪教徒めがけて猛然と振り下ろした。
西瓜を砕くような音が響き、また一人、邪教徒が打ち倒された。
「まずは三人いただいた……!」
「ほう、運良く命拾いした人間ではないか」ウェルズの姿に気づいた悪魔は、すぐにその正体を見抜いた。召喚された車両で一度見かけた人間だ。腹に収め損ねたことが、ここしばらくの心残りだったのである。
「そうとも、俺だ」ウェルズは得意げに鼻で笑った。「悪魔、今日がお前の命日だ!」
とんでもない冗談を聞いたとばかりに、悪魔は声を上げて笑った。
「ひ弱な人間め、今すぐ貴様の腹を裂き、心臓を引きずり出して目の前で呑み込んでやる。そのときもまだ、その得意げな口でそんな台詞が吐けるか見ものだな!」
甲高い叫びを上げると、奴は翼を広げて鋭い爪を突き出した。飛翔して突進し、その鳥の爪でウェルズの心臓を血肉の中から抉り出すつもりだった。
だが翼を広げた途端、魔力の巡りが不意に滞った。羽ばたこうとした翼は破れた凧のように、いくら打ち振っても風を起こせず、それどころか次第に脆くなり、力を失っていく。
「あの血ダイヤの味はどうだった?俺の心臓よりうまかっただろう?」それを見たウェルズは、春風を浴びたような晴れやかな得意顔を浮かべた。「この前倉庫に寄ったとき、ちょっと隠し味を足しておいたんだ。気に入ってもらえたか?」
「この忌々しい人間め……!」飛ぶ力を一時的に奪われたと悟り、得意満面のウェルズを目にした悪魔は、怒りが込み上げてくるのを抑えられなかった。足を踏み出し、一気に間合いを詰める。近づきさえすれば、この憎たらしい人間など肉の細切れに引き裂いてやれると考えて。
「言ったはずだぞ。今日くたばるクソ野郎はお前だ、鷲魔」ウェルズは魔力を練り上げながら、余裕たっぷりに問い返した。「俺なんかに構ってる暇があるのか?」
ウェルズの声が響いたその瞬間、悪魔は背後に冷たい気配が生じたのに気づいた。召喚法陣を維持していた魔法使いの胸から鋭い長剣が突き出し、真っ赤な鮮血が辺り一面に飛び散る。
「ぐあっ……」
霧のように朧げだった少女の姿が、雲が晴れるように次第にはっきりしていく。魔法使いの背後に音もなく現れたのは、フリーデリカだった。血に濡れた長剣を素早く引き抜くと、事切れた屍はぐったりと崩れ落ち、制御を失った召喚門も瓦解していった。
陰影隠形。幻術と陰影の処理を同時に施した三階の隠形魔法であり、通常の不可視看破でも見破ることはできない。これこそが、陰影魔導士たるウェルズの力だった。
無造作に剣を一振りして刃の血をすっかり払うと、フリーデはすぐさま屍を跨ぎ越えて突進した。狙うはこの巨躯の鷲魔。増幅された速度で彼女は一筋の銀光と化し、閃光が走ったかと思うと、巨大な蝙蝠の翼の片方が断ち切られていた。
「この虫けら同然の魔導構体め!」翼を引き裂かれる激痛に、鷲魔は「寒顫尖叫」を放ち、その勢いのまま、目の前に迫ったフリーデリカへ爪を叩きつけた。
普通の人間なら、この尖叫に竦んで動きが鈍るところだ。だが奴の前にいるのは魔導書の化身、戦うために作られた魔導構体である。フリーデは身軽に体をひねって躱すと、続く爪が来る前にそれを飛び越え、宙で身を翻しながら刃を立て続けに浴びせた。着地するや再び踏み込み、銀の閃光とともに、悪魔の太腿に深々と傷を刻みつけた。
「ぐああ……!!」
精妙な剣技に翻弄され、鷲魔はただの鈍重な巨人に成り下がっていた。引き裂かれた傷口は、フリーデが着地してようやく大量の血を噴き出す。溢れ出る悪魔の濁った青い血は、酸の腐食と貧瘠の呪詛、さらには撒き散らされる有毒な胞子まで帯びている。常人なら吐き気やアレルギーを引き起こす毒素だが、彼女には何の害も及ぼさなかった。
鷲魔が幾度か爪撃技能を繰り出しても、結果は同じだった。
ウェルズと契約を結んだ今の彼女は、もはや以前とは違う。転化に足るだけの魔力を十分に蓄えているのだ。
一方、残る邪教徒たちは魔法を詠唱し、ウェルズと術の撃ち合いを繰り広げていた。炎や電撃光線があちこちで飛び交い、躱し合ううちに古城の内部はことごとく燃え上がり、破壊されていく。
「命令だ、あの魔導書を持った人間を消し去れ!」
フリーデと渡り合いながら、鷲魔はすぐにでもウェルズを片付けようとした。魔力の供給源さえ断てば、残るフリーデなど造作もない。
「人間、勝ったつもりか!残りの悪魔だけでも、貴様を骨一本残さず食らい尽くすには十分だ。奴らに貴様の体を一口ずつ齧らせてやる。力なく苦しみながら死を待ち、喉が嗄れるまで惨めな悲鳴を上げ続けるがいい」次第に増えていく傷の痛みに苦しみながら、鷲魔は悪辣な呪詛を吐き、怒号を上げて小悪魔どもに命じた。
「召喚ができるのはお前らだけだと思うな!」
だがその悪辣な言葉も、ウェルズにとっては毛虫ほどの脅威にもならない。彼は後退して魔法を躱しつつ指を鳴らした。魔導書がひとりでにめくれ、灰銀の文字が記された頁で止まる。魔力を注ぎ込むと、召喚の門扉が虚無から姿を現した。
悪魔を呼び出す赤い空間門とはまるで違い、それは灰色にくすんだ、幻のような門扉だった。おぼろげで冷ややかで、死の静寂の色に満ちている。
これもまた紛れもない召喚門、「陰影の門」である。
代価を払わないこの召喚は、ウェルズの魔力だけで維持されているため、長くはもたない。だから彼は、召喚契約を結ぶことなどはなから諦めていた。
門扉が開くや、中から雪崩を打って溢れ出したのは、灰色の影でできた生き物の群れだった。その種類は悪魔の一族よりさらに雑多で、牛、獅子、犬、果ては名状しがたい怪物まで、まだ見られる姿のものも奇怪極まりないものも、ひとまとめに召喚門から吐き出されてくる。
陰影生物はさながら生物図鑑を丸ごと網羅したかのようで、その種類は尽きることがない。唯一の共通点は、灰色の霧のような体をして、あるかなきかの灰色の煙に包まれていることだ。降り立った奴らは赤い体の悪魔と殺し合い、あるいは同士討ちを始めた。
召喚門を維持するウェルズは、魔力がごっそり抉り取られるように消えていくのを感じていた。門がもう保てず途切れようとしたそのとき、何らかの陰影生物が現れようとしたことで、門扉は他の転送を止めた。
ある陰影生物が召喚門から出ようとしているのを察し、ウェルズは声を張り上げた。「これじゃ足りんな、フリーデ!お前の力を寄越せ!」




