↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空間魔導書と少年魔法使い  作者: atu78963254
帝国事変編
106/110

第七章 蓮華事務所

平穏に数日が過ぎた。その間も二人は手分けして情報を探り続け、それぞれの領域で少なからぬ進展を得ていた。


この日、陽の光が半ば閉じたよろい戸の隙間から翠緑の宿の個室に斜めに差し込み、細かな埃が光の筋の中を漂っていた。二人は木のテーブルを挟んで、声を潜めて情報を交わしていた。


「アントンのために競争相手を何人か片付けてやった。奴の背後には聖階の魔法使いがついていて侮れないが、信頼はもう勝ち取った」陰に隠れたウェルズの口元が、冷笑に吊り上がる。「それと、いくつか探り出したことがある。あいつは地下世界でもかなり名が知れている。労働者や競争相手を相手にするなら、表の連中より裏の連中のほうがよほど使えるからな」


応策局の監視が届かない無法地帯では、四階の魔法使いなど凡人にとって死神にも等しい怪物だ。ウェルズは幾重もの護衛をいともたやすくすり抜けて工場を焦土に変え、暗殺の標的を音もなく消し去った。


建設はいつも遅々として進まないが、破壊は一瞬で済む。


それを聞いて、フリーデの静かな顔にさざ波が立った。かすかに眉を寄せる。「そんなことをして……正しいの?」


「アントンは共和主義者だぞ」ウェルズは意に介した様子もなく、椅子の背にもたれた。「これが『必要な犠牲』ってやつだ。連中の言う、未来の福祉とやらを実現するためのな」


少女は言葉を失った。目を伏せ、長いため息をつく。連日思い悩んできた鬱屈を、すべて吐き出すかのように。


「最近ずっと考えていた……犠牲を払ってでも美しい世界を手に入れるべきなのか、それとも混乱を招かない旧い秩序を選ぶべきなのか」


「どっちの側にもつかないのが、お前には一番だ」ウェルズはきっぱりと忠告した。


「どうして?」


「お前は、この世に罪のない人間がいると信じているんだろう?だが、どんな勢力だろうと、ひとたび表舞台に立てば、敵対勢力を徹底的に粛清せずにはいられない」ウェルズは身を乗り出した。その目には冷たい現実が宿っている。「肉体を消すのが、イデオロギーの根を断つ一番の近道だ」


その言葉は重い岩のように少女の心にのしかかった。フリーデの可憐な顔は静まり返り、死んだような沈黙が降りた。


あの夜問い詰められた時と同じく、今もまだ完璧な答えは出せずにいる。


それでも、一つだけ確かなことがある。心の底では、とうに答えが出ていた。


「それなら、私は彼らを止めるために力を尽くす」


穏やかな口調だったが、理由など要らないほど揺るぎなかった。


ウェルズは低く笑い声を漏らした。惜しいことに、フリーデにはもうあの母娘を救うことはできない。


彼は話題をそらした。「で、お前のほうは?ここ数日、何をしていた?」


「教会で奉仕活動をして、手紙の代筆や配給の食糧配りを手伝ったり、揉め事の仲裁をしたり……」


自分のしてきたことを一つずつ挙げていくうちに、ウェルズの指がせわしなく木のテーブルを叩き始め、その顔に苛立ちが浮かんだ。「肝心なのは、教会の司祭と繋がりができたかどうかだ」


「ええ。寄付を名目に何人かの司教と会ったし、ブルディア人とも関係を深めた」


「専制派のほうは?教会と親しくしたところで、専制派に嫌われるとは限らない。貴族の社交界にも顔を出しておくといい」


「専制派の思想は好きじゃない」フリーデは迷わず断った。「嫌なのを我慢してまで、近づきたくない」


ウェルズは両手を広げて肩をすくめ、軽薄な口笛を吹いた。「本当にわがままだな、お前は」


「わがまま、という言葉だけは、あなたに言われる筋合いはないと思う」フリーデは静かにやり返した。


情報交換を終えると、フリーデは席を立った。今日はオーロラと会う約束の日だ。


簡素で品のいい白いワンピースに着替え、フリーデはのんびりと約束の場所へ向かった。


しゃれた構えの服屋の前で、見覚えのある金髪が陽射しを受けてひときわ目立っていた。少女は通りに立ってきょろきょろと辺りをうかがっていたが、フリーデを見つけるなりぱっと振り向き、にこにこと手を振った。


「久しぶり!」


二人は軽く抱き合い、フリーデは身を離して柔らかく尋ねた。「久しぶり。今回帝都に来たのは、何か機会を探しに?」


「えへへ、窃星者(せっせいしゃ)が帝都に現れるって聞いたの。あなたがあいつを倒すのを手伝ってくれて、あたしに食べさせてくれたら、聖階の星の妖(ほしのよう)に昇級できるんだから!」オーロラは指でVサインを作り、おどけて目尻に添えた。


「窃星者……終末救贖者の聖階?彼はどの道系なの?」


その名には、フリーデも聞き覚えがあった。すぐさま頭の中で相手の情報をたどり始める。


「夢境道系よ」オーロラは答えた。


そういえば、アレクシオスも夢境魔法に精通していた——フリーデはすぐにそう思い出した。


「夢境道系は不思議で難しい魔法の道系でね、催眠や夢、それに夢の中の怪物の召喚なんかを扱うの」オーロラはすらすらと解説した。「伝説の夢境魔法『空想具現』なんて、想像上の何かの符号を、実在するものに変えられるんだって。それは魔法でも、象徴でも、なんなら子孫を残せる種族でもいいの!八階魔法の真実造物術より、よっぽどありえない話よ」


夢といえば、フリーデが思い浮かべるのは当然、その象徴ともいえる乗騎、ナイトメアだ。ナイトメアは夢を渡って駆けることができ、入り組んだ都市の地形での機動力は比類がない。


「あいつは『解体の書』の主でもあるの。伝説級魔導書には及ばないけど、『解体の書』には一癖ある強力な魔法がたくさん載ってる」オーロラはさらに付け加えた。「たとえば広範囲の解離術『解離星光』は、低階の目標をまとめて一掃できるし、泯滅の光は強化版の範囲解離術って思えばいいかな——どれも高貴な力場の傷害なんだからね」


フリーデは頭の中で素早く戦局を推し量った。これまでの経験からすれば、詭妖(きよう)はそもそも肉体の素質に優れた怪物で、星の妖ともなれば生存能力はさらに高いはずだ。夢境道系は同階の敵に対する傷害能力こそ弱いが、その欠点を彼の『解体の書』が完璧に補っている。


「彼に挑むのは無理がありすぎる」銀髪の少女は力なく首を振った。「たとえ私の幽光空間斬が彼の粘体みたいな体を無視できても、今の私は聖階じゃない。与えられる傷害なんて、たぶんかゆい程度にしかならない」


「うーん……実はあたしも、古参の聖階を簡単に倒せるなんて思ってないよ!帝都に来たのはただの運試し。誰かが親切に原界砕星(げんかいさいせい)を一つ恵んでくれたら、もっといいんだけどね。知ってる?原界砕星の聖階形態が星の妖なのは、原界がおかしくなってるからなんだって。知ってた?」オーロラは可愛らしく笑って手をひらひらさせ、何気なくそう呟いた。


「でも、今日の本題は、あなたを政治集会に誘うことなの」


彼女は話題を変え、フリーデを頭のてっぺんからつま先まで眺めた。簡素な白いワンピースがフリーデの華奢でしなやかな体の線を引き立て、軽やかで魅力的でありながら、慎ましく控えめな気品も漂わせている。


「ずいぶんシンプルで地味な格好ね。でも、こんな普通の服でも、あなたの華やかな美しさは隠しきれないよ」オーロラは惜しみなく褒めた。


一方フリーデは、オーロラが着ているのがほかならぬ魔法学院の制服で、彼女もまた華美な装いではないことに気づいた。


「それで、どこへ行くの?」


「この世界で一番愛されていない連中を、見届けに行くの」


オーロラについて歩くうちに、二人は賑やかな大通りを離れ、下城区にある、ところどころ塗装の剥げた三階建ての建物の前にたどり着いた。


フリーデは看板を見上げた——「蓮華事務所」という名の法律事務所だ。


扉を開けた瞬間、安い茶の香りがほのかに鼻をくすぐった。一階のホールはすでに人でいっぱいだ。古びた服や流行遅れの服を着た者が多く、どれも地味で味気ない。薄暗い明かりの下、労働者たちの顔はありふれていて、疲れ切って見えた。


そして正面の演壇では、華奢な少女が声を張り上げて何かを訴えていた。


目を引く桃色の長い髪に、清潔できびきびとした白いシャツとショール。今、その頬は興奮で紅潮し、瞳には燃えるような光が宿っていた。


どうやら彼女が、この事務所の創設者——蓮華(れんげ)らしい。


だが、扉をくぐるなり真正面から叩きつけられた第一声に、フリーデの思考は止まった。


「富を独占する貴族と財閥は、一人残らず死ぬべきだ!」演壇の上の蓮華は腕を大きく振り上げ、激しい口調で怒りをぶちまけた。


狂っているのか、この人は?


そう思ったフリーデは、とっさに踵を返そうとした。その時、オーロラが彼女の手首をぐいと掴んだ。


「ちょっと待ってよ。彼女がいったい何を言うのか、ちゃんと聞いてみて!これは貧しい人たちの『正義』なんだよ?」


友人の手前、フリーデも席を蹴って帰るわけにはいかなかった。そのうえ正義という言葉を耳にしたこともあって、結局は足を止め、少しばかり耳を傾けてみようという気になった。


「社会的分業から生まれた利益が、私たちに分配されたことなど一度もない!社会の寄生虫どもが、恥知らずにも私たちの利益を食い荒らしている!奴らを根絶やしにしない限り、この世界に本当の平等は訪れない!」蓮華の声が、人でひしめくホールに響き渡った。


壇の下で聞いていたフリーデは眉をひそめた。「この世に寄生虫なんているのですか?働かない人のことですか?」


蓮華は壇下の疑問を聞きつけたらしく、射るような視線を向けてきた。「違う。本当の寄生虫は、上等な服を着た、人の皮をかぶった獣どもだ!」


「どうしてですか?あの人たちだって働いているじゃありませんか?」フリーデは思わず口を開いた。


フリーデは頭をフル回転させたが、蓮華の理屈がまるで理解できなかった。ただ、オーロラがなぜ地味な服で来るよう念を押したのかは、少なくとも分かった。


蓮華は帳簿を一冊取り出した。「小作農ゴルの一家は収穫の四割を地代として納めている。なのに彼らの領主閣下が去年領地にいた日数は、ゼロだ!貴族は土地を占め、地代を取り立てるだけで、自分では働いていない。奴らこそ寄生虫だ!」


「でも、最初の貴族は自分の軍功で、合法的に土地を得たのではありませんか?」フリーデは反論した。


「人類の世界ができてから、たかだか数千年だぞ。そのわずか数年の功績を盾に、この先百千万億兆年、この土地から生まれるものすべての分け前をよこせと言うのか?おまけにその特権を、子々孫々に受け継がせると?」蓮華は鼻で笑い、侮蔑もあらわに言い放った。「土地の所有権なんて、最初の詐欺師が地面に丸を描いて、ここは自分のものだと言い張っただけのことだ!」


フリーデはすかさず学んできた理論を総動員して反論した。「確かに現状は不平等です。でも、社会的分業によって、彼らは以前より多くの富を得たのではありませんか?みんなが前より多く受け取れるなら、この制度は正しいはずです」


蓮華は容赦なく嘲り返した。「その言葉、そっくりそのまま返そう!『前より多く受け取れさえすれば正しい』のなら、私が今ここで土地を均等に分け、真に公平な制度を打ち立てて生産意欲を高めれば、この先百千万億兆年、誰もがもっと多く受け取れるじゃないか?」


意外にも、筋は通って聞こえた。フリーデはひそかに考えた。どう考えても、たかが数年の功績を果てしない歴史の尺度に置けば、それで土地を占有するのは確かに馬鹿げているし、大げさだ。


「でも、企業家は自分の努力と先見の明で、企業を興したのではありませんか?」フリーデは再び問いかけた。


「証券取引所で株を売り買いしている連中が、何を努力したというんだ?奴らにいったい何の資格があって、労働者の剰余価値を懐に入れる?私が黄金一単位で会社の株を一パーセント買うのと、黄金十単位で十パーセント買うのとで、なぜ収益が十倍になる?投資の見返りと努力には、何の関係もない!だからこの社会に、企業家なんて要らない。労働者が自分たちで自主的に投資すればいい!」


「剰余価値とは何ですか?」フリーデは聞けば聞くほど分からなくなった。


蓮華はチョークを手に取り、黒板に耳障りな音を立てて打ちつけた。「四十銅貨で売れる布一匹から、原料と機械の損耗分、二十銅貨を差し引く。残る二十銅貨のうち、紡績女工が受け取る賃金はたった八銅貨。残りの十二銅貨——これが剰余価値だ!製品を一つ作るには時間がかかり、同時に社会には一定の需要がある。これが社会的必要労働時間だ。労働力は、商品交換の過程で唯一、価値を増殖させられる商品だ。企業主が工員を雇うのは、食い扶持を与えるためじゃない。この剰余の労働——つまり剰余価値を手に入れるためだ!」


フリーデは困惑しきったまま、さらに疑問をぶつけた。「必要とする人がいるからこそ、商品は高く売れるのではないのですか?たとえば砂漠の水と都市の水。同じ水なのに、どうして砂漠では希少だというだけで高くなるのですか?」


「水を砂漠まで運ぶにも労働が要るからだ!」蓮華は鋭く言い返した。「馬車で引き、人の手で運び、なんなら魔法使いが魔力を使って転送する!」


「では、地下室のお酒は?地下室に置いておくだけで何もしていないのに、数年経てばもっと高く売れます」


「地下室の酒には置き場所が要る。見張りの護衛を雇い、場所代と維持費を払い、しかも長い年月を耐えなければならない。どれもコストと労働の積み重ねだ。だから当然、買うにはより多くの労働価値が必要になる!」


フリーデは分かったような分からないような顔で目を瞬かせた。相手の論理の端っこを、ほんの少しだけ掴めた気がする。


そこで蓮華は、工場主たちの間でひそかに出回っている『昇給を求めた者は永久に雇わないリスト』と一通の勝訴判決書を掲げると、抑えきれない怒りを顔ににじませ、両手で演壇を強く叩いた。


「見ろ!財閥どもが手を組んで工員を締め出し、労働力の値段を押し下げるのは、私たち労働者が団結して値段を引き上げるより、はるかにたやすい!八か月分の賃金未払いで訴えられても、法廷は工場主に払うべき金を吐き出させるだけで、何の罰も与えない!本来私たちのものであるはずの報酬は、こうして奴らの人を食らう経済制度によって、合法的に奪われていく!どれだけ死に物狂いで働いても、自分の報酬を手にする日は永遠に来ない!だから私たちは、必ず復讐しなければならない!」


「搾取されるのが嫌なら、働かずに家にいればいいのではありませんか?」フリーデは思わず問い返した。


その言葉が終わるや否や、ホールはしんと静まり返った。粗末な服を着た労働者たちが、そろって驚きと戸惑いの目を彼女に向ける。


少女はすぐに失言だと悟り、慌てて口をつぐんだ。


「貧しい人たちは、自分が生きるために食べなきゃいけないし、奥さんの食費も子供の学費も用意しなきゃいけない。選択肢なんてなくて、働くしかないの」オーロラは隣で苦笑しながら、小声で説明した。「あの人たちにとって、仕事を捨てるのは、家族の命を捨てるのと同じなんだよ」


壇上の蓮華は冷ややかにフリーデを見据え、しばらくしてぽつりと言った。「あなた、人間じゃないでしょう」


フリーデは黙り込んだ。息の詰まるような静寂の後、深い戸惑いを抱えたまま顔を上げ、蓮華の目をまっすぐに見つめた。


「あなたはいったい……何を信じているのですか?」


「知っているとも。神を信じる者もいれば、理性を信じる者も、自然法を信じる者もいる」蓮華の口調がふっと和らぎ、何か神聖な真理を語るかのような響きを帯びた。「そして私は、歴史を信じる。歴史こそが神であり、理性の狡知であり、天が私たちに授けた自然法でもある」


「人類が創り出したものが、逆に人類を支配しているのだ」


「信仰もそうだ。人類は神話を創り出したのに、その神話にがんじがらめに縛られている」


「理性もそうだ。かつての神話は啓蒙と呼ばれたが、今の啓蒙はすでに硬直し、新たな神話と化している」


「法律と道徳もそうだ。規律訓練が私たちを支配している。市場と金銭に至ってはなおさらで、人々の目は商品の物神崇拝に満ちている。だから私たちは、あらゆる価値を転換し、温情のヴェールを容赦なく引き裂いて、この血塗られた現実と正面から向き合わねばならない」


蓮華は高みからフリーデを見下ろし、その眼差しは軽蔑に満ちていた。「あなたは、『みんな仲良し、みんな幸せ』なんて童話の世界が本当にありうると思っているのか?他人の権益を卑劣に踏みにじる略奪者がこの世にいる限り、私たちは容赦なくやり返す!何しろ、被害者は私たちのほうなのだから!この革命で私たちが失うのは、道徳と法律という重い枷だけだ。そして手に入れるのは、全世界だ!裁きの時は近い。人々は歴史の前で、どちらの側に立つか決めなければならない!あなたもだ。だが、あなたは世を憂い人を憐れむ『みんな仲良し、みんな幸せ』に浸り続けていればいい。世界があなたにその恵まれた立ち位置を与えたのなら、せいぜい手をこまねいて傍観していろ。あなたのような代物が私の隊列に加わるなんて、もとより期待していない」彼女は冷たく鼻を鳴らした。


「裁きとは何ですか?終末のことですか?」


「違う。あなたの認めるその偽りの平和は、いつか自らの手で粉々に砕け散るからだ!平均利潤率の低下傾向、避けられない生産過剰、そしてついに爆発する経済危機が、政府も社会も、あなたたちの夢のように軽やかな現代生活の幻想も、何もかも打ち砕く!これが歴史の裁きであり、歴史が突きつける試験問題でもある——人類が自らの私欲に打ち勝てるかどうかという、究極の試練だ!」


フリーデには、その硬い言葉の数々が理解できなかった。


辺りを見回すと、壇下の労働者たちの多くもこうした理論を半分ほどしか理解していないようだったが、そんなことはまるで気にしていなかった。彼らが聞き取ったのはただ一つ——誰かが、自分たちの暮らしの苦しみと屈辱を、根深い怒りへと変えてくれたということだった。


だがフリーデは、もう一つの重要な問題を鋭く捉え、さらに眉間の皺を深くした。「あなたは復讐を支持するのですか?なぜです?」


「復讐?なんと高潔で荘厳な言葉だろう!」


蓮華は不意に両腕を広げ、天井へと手を差し伸べた。天国の光を迎え入れるかのようなその姿で、敬虔に呟く。


「復讐こそ、この世で最も神聖な行為だ!理性が私たちに授けた自然法だ!誰かがあなたの利益を侵したなら、百倍にして返さねばならない!もし私たちが情けなくもすべてを独りで背負い込み、抵抗を諦めてしまえば、歴史の否定性は消えてしまうではないか?」


「なぜ存在があって、無ではないのか?なぜ私がいなければならないのか?なぜ私には感覚があるのか?なぜ私の感覚は、この世のあらゆる苦難を味わわねばならないのか?」蓮華の声は次第に高まり、ホールを震わせた。「人が存在する意味は、復讐にあるからだ!自分が受けた苦難を倍にしてこの世界に返す、それが人の存在する意味だ!復讐しなければ、世界の構造的抑圧は永遠に変わらない!これは歴史が私たちに授けた天命であり、私たち人類の最も純粋な本来性の姿でもある——殴られたら、殴り返す!これが天地の道理でなくて何だというんだ!」


「殴られたら、殴り返す——」


壇下から低いこだまが返り始めた。指の欠けた港湾労働者や、節くれだった手の老工員たちの声が、次第に轟くような共鳴となって一つに重なっていく。


その姿は聖歌隊の先唱者のようで、優雅な旋律を歌い上げていた。だがその歌声の奥底には、極致の怒りと絶望が渦巻いていた。


復讐に賛同するどころか、復讐をこの世で最も神聖な使命として讃えてさえいる。フリーデには理解しがたく、寒気すら覚えた。


「どうして……復讐は、人を終わりのない殺し合いの連鎖に引きずり込むだけではないのですか?」


蓮華は腕を下ろし、ひどく冷ややかな目で彼女を見つめた。


「だからこそ、敵が二度と反撃できなくなるまで、徹底的に殺すのだ。敵を育む土壌があるなら、その大地ごと平らにする。搾取の生産関係があるなら、正しい制度を作り直す。そんな階級意識を持つ人間がいるなら、その肉体を跡形もなく消し去る!歪みを正すには、行き過ぎるくらいでちょうどいい。この先四十年、この世で殺されるべきなのにまだ殺されていない人間は、とうに掃いて捨てるほどいる!」


「そこまでの暴力が必要なのですか?みんなで腰を据えて、きちんと話し合うことはできないのですか?」フリーデには相手が狂っているとしか思えなかった。それでも、平和と愛で説き伏せようとした。


だが蓮華は、凍りつくような冷笑を返しただけだった。


「まだ幻想を抱いているのか。実のところ、あなたの言う『暴力』こそが、『話し合う』ために握っておかねばならない手札なのだ。暴力を見せつけて初めて、交渉の余地が生まれる。そもそも、制度が本当にきれいに自らを改められるのなら、この世になぜ私のような人間がいる?制度を変え、より良いものにするのは、いつだって体制の外の力——言い換えれば、被抑圧者の血祭(ちまつり)だ!私は、世界はきっと天国になれると信じている。だがその天国を現実のものにするには、血の雨が降ることは避けられない。だからこそ、私たちは自ら進んでその血の海となり、後に続く者たちの幸福の礎となろう」


その言葉が落ちるや、それまで重苦しかった法律事務所に、息の詰まるような殺気が一気に立ち込めた。壇下の労働者一人一人の目に、底知れぬ暗い憎悪がぎらついている。


フリーデは聞けば聞くほど訳が分からなくなり、心の底の拒絶はますます深まっていった。「いったい何を言っているのですか?あなたは、何を求めているのですか?」


「私が渇望しているのは、本当に平等な世界だ。そこにはもう、上等な人間と下等な人間の区別はない。生きるための利益をめぐって、互いを支配し合う必要もない。剥き出しの利害の取引や物化ではなく、本当に誠実な感情がある。誰もが束縛から解き放たれ、自由に生きている」


蓮華の眼差しは一瞬だけ和らいだが、すぐにまた揺るぎない固さを取り戻した。「そして、歴史がいずれ私の正しさを証明する。抑圧がある限り、必ず反抗が生まれる。労働者こそが歴史の検知器であり、彼らがこの制度に『是』か『否』かの最終裁決を下すのだ」


フリーデは直感的に、蓮華の描く世界は確かにこの上なく美しいと思った。だが、分からない。なぜそんな美しい世界が、これほど残虐で血塗られた手段でなければ実現できないのか?


「これ……これがあなたの正義なのですか?」フリーデは呆然と尋ねた。


「少なくとも、あなたの正義よりは役に立つ」蓮華はフリーデの心を見透かしたように、冷たく鼻を鳴らした。


フリーデは深く息を吸い、最後の問いを口にした。


「あの貴族たちの妻や子供たち……彼らに罪はあるのですか?」


蓮華は、まるでとびきり滑稽な冗談でも聞いたかのように、怒りが極まって逆に笑い出し、口の端を吊り上げた。


「私たちが勝ったら、貴族と皇帝の家族は一人残らず引っ立てて、並べて撃ち殺してやる!」


「これが、奴らがこれほど長く私たちを虐げてきた報いだ!」


ホールは雷鳴のような拍手と歓声に沸き返った。平凡で疲れきった労働者たちの顔に、心からの晴れやかな笑みが咲く。その瞬間、フリーデはようやく悟った。自分が本当に恐れているのは壇上の狂人ではない。蓮華に喝采を送る、満場のごく普通の人々なのだと。


長い、死んだような沈黙の後、フリーデは踵を返し、狂熱と茶の香りが満ちる法律事務所を後にした。


夕陽の沈みゆく通りを歩きながら、フリーデはとうとう堪えきれず、隣のオーロラに切り出した。


「あの人、まるで狂人だわ」


「彼女はこの世界に深い憎しみを抱いているけど、極致の愛も抱いているんだよ」オーロラはそよ風に吹かれながら艶やかに微笑んだ。蓮華の考えに反対というわけでもないらしい。「あたしはむしろ、彼女はこの世に二つとない、高貴な志を抱いていると思うな」


「どうして?」


「自分の死を恐れていないから。死に向かって生きているの」


「信仰のためなら、私だって身を捨てられる」フリーデはむっとして言い返した。


「でも、あなたは復活できるじゃない」オーロラはいたずらっぽく目をくるりと回した。「まあ、実は彼女もできるんだけどね」


「彼女が?たかが二階の魔法使いが、どうやって復活するの?聖階の神術の術者と知り合いだとでも?」


「思想は銃弾を恐れないの。歴史は、彼女みたいな人間を何度でも生み出すんだよ」


また歴史だ。フリーデは眉を寄せた。その言葉の裏にある重い意味を、どうしても掴みきれない。


「彼女の立場に立って考えてみるといいよ」オーロラは冗談めいた表情を引っ込め、真剣に言った。「あたしはね、共感であなたを支配しようとする連中は馬鹿だと思う。でも彼女は、本当にあなたのことを考えてる。たとえあなたが彼女を支持しなくても、彼女の描く未来の中で、あなたのこともちゃんと考えてるんだよ」


「彼女、いったい何があったの?」フリーデは首を傾げた。


「労働仲裁の案件を専門に扱う弁護士なの。全力で助けているのは、字も読めない底辺の工員たち。高みにある貴族裁判所と、巨大な財閥の弁護士団に、たった一人で立ち向かわなきゃいけない。そうやって心血を注いで、力を振り絞って得られる最良の結果でさえ、賃金を払わず支払いを拒む支配者たちに、本来『払うべきだった金』を吐き出させることだけ——あの連中は、何の実質的な罰も受けないの」


オーロラは暗くなりつつある空を見上げ、静かに言った。「だから彼女は、何もかもを憎んでいる。銀行強盗に失敗しても、お金を返しさえすれば無罪になるなら、誰だって毎日銀行を襲うでしょ?毎日一方的に殴られているのに、法規で殴り返すことを禁じられているようなものだよ。彼女があれほど深い憎しみを抱くのも、当然じゃない?」


フリーデはそこでようやく合点がいき、オーロラが蓮華には「高貴な志」があると言った理由を理解した。


帝国を覆したところで、蓮華自身には何の得もないからだ。もし帝国の制度が本当に打ち壊されて作り直され、新しい国が生まれれば、旧来の法律はすべて無効になる。弁護士の資格は取り直し、頭に叩き込んだ法律の条文も一から覚え直さなければならない。


だからこそ、彼女の狂熱はこれほど尊く映るのだ。彼女はただ良心のみに従って、この貧しい人々が生き延びる道を探していた。


不公正への深い憎しみと、世界を変える可能性への極致の愛。


「でも、それなら教会にだってできるでしょう」フリーデは低い声で言った。


「そうね、教会にも確かにできる」


「でも、教会はこの問題を根っこから一挙に、永久に解決しようとしたことは一度もない」


資産階級と貴族を根こそぎ消し去ることが、問題の解決になるのだろうか。フリーデには、やはり同意できなかった。


「私にもできる。話を聞く限り、ただ手紙を代筆するより、ずっと彼らの役に立てそう」フリーデは考え込むように言った。


オーロラは困ったように笑った。「やめておいたほうがいいよ。何しろ帝国をひっくり返すほどの嵐が、すぐそこまで来てるんだから。最後にどの勢力が勝っても、旧来の法典は炉に放り込まれて燃やされる運命。今から弁護士の資格を取ろうなんて、もう手遅れだよ!」


彼女はフリーデの肩を叩き、軽やかな口調に戻った。「何かあったら、いつでも手紙で連絡してね!」


オーロラに丁寧に別れを告げ、フリーデは一人、宿へ帰る石畳の道を歩き出した。


街灯がひとつ、またひとつと灯り、彼女の影を長く伸ばしていく。フリーデは自分を省みた。極端なスローガンをいくつか聞いただけで蓮華を狂人と決めつけるのは、早計に過ぎたのではないか。何しろ、蓮華にはあれほど多くの熱心な支持者がいるのだ。けれど、彼女の説く理論は、フリーデがずっと抱いてきた世界観からあまりにかけ離れていた。


想像の中にしかない、より美しく公平な制度のために、今あって、まだ回っている秩序を根底から壊す。そこまでする価値が、本当にあるのだろうか。


この問いを蓮華に投げかければ、答えは間違いなく肯定だろう——彼女はすでに行動に移しているのだから。


「やっぱり私は……受け入れられない」少女は夜風の中で独り呟いた。


同じ頃、人の引いた蓮華事務所では、薄暗い明かりが、嵐の前の死んだような静けさにも似た空気を漂わせていた。


蓮華は机の前に立ち、次の革命の一手を練っていた。


「誰に復讐しますか、敬愛する指導者」


背後に控える追随者たちは落ち着いた顔つきだったが、その目には鋭い殺意を隠しきれずにいた。技師もいれば、下っ端の事務員も、働く女たちも、手に分厚いたこのできた技工もいる。彼らに共通するのはただ一つ——誰もが搾取される賃金労働者階級だということだった。


「今の私たちにとって最大の敵は、教会だ」蓮華はテーブルに両手をつき、刃のように冷たい目で言った。「底辺の大衆への影響力で私たちと大きく重なっているのは、奴らだけだからだ」


蓮華は冷静に戦略方針を定め始めた。


常に最悪の選択をし、常に最悪の道を選ぶ。


あらゆる潜在的な支持者を退路のない絶境に追い詰め、旧い秩序と新しい世界のどちらかを選ぶよう強いる。


これこそが、冷血でありながら灼熱を帯びた、彼女の革命の方法論だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。