第二章 探索者協会
帝都の大通りで、着いたばかりのフリーデは足を止め、どこか途方に暮れたような顔をした。周囲を行き交うのは足早な通行人ばかりで、商店は早々に店じまいしている。空気には、揺らぐ情勢がもたらす不安が漂っていた。
白い衣の下では、ウェルズから贈られた分厚い札束がずっしりと重みを伝えている。本当は、この金を善行に使うつもりだった。だが、かつて騙された暗い記憶が脳裏をよぎり、ほのかな寂しさが胸に込み上げて、どこへ足を向けたものか、しばし分からなくなった。
「任務は情報収集。なら、自分にどんな強みがあるか考えてみよう」と、彼女は小さく独りごちた。
強みといえば、彼女は魔導構体であり、同時に無数の魔法知識を収めた『咫尺の書』(しせきのしょ)でもある。戦闘能力では、ウェルズを遥かに凌いでいる。そこまで考えたところで、思考は一気に突破口を見出した。魔法使いを読み解くことこそ最も得意なのだから、帝都でいま最も勢いのある、あの聖階から調べればいい。
「拓遠親王を調べに行こう」
拓遠親王は聖階の冒険家だ。そして冒険家の世界では、もとより強者こそが尊ばれる。ああいう人物の最も堅い支持者は、きっと探索者協会や植民会社の中にいるはずだ、とフリーデは考えた。
何度か道を尋ねながら、階級のはっきり分かれた中城区の通りを抜けると、古びた巨大な木の看板を掲げた建物が見えてきた。探索者協会だ。
ここは依頼の集まる場所であるだけでなく、帝都最大の酒場も兼ねている。領地を持たない落ちぶれ貴族、ローブ姿の魔法学院の学生、全身刀傷だらけの我流の傭兵たちが、みなここに集まって仕事を待っていた。帝都が半ば無政府状態に陥った今、この混乱がかえってここを冒険者たちにとって一攫千金の聖地、好機の地にしており、探索者協会の中は冒険者でごった返していた。
「この曲を拓遠親王に捧げる!」
フリーデが重い樫の扉を押し開けた途端、安いエールと焼いた肉の脂、汗の臭いが入り混じった熱気がむっと顔に押し寄せ、耳をつんざくような歓声が響いてきた。
広間の中央の木の舞台では吟遊詩人が弦をかき鳴らし、高揚した旋律が揺らめく炎に照らされた空間に響き渡っている。舞台の下では奇抜な装いの冒険者たちが泡のあふれる木のジョッキを高々と掲げ、剣がぶつかり合う音と杯を打ち交わす音が絶え間なく続いていた。
フリーデは床にこぼれた酒だまりを身軽によけ、カウンターの隅に空席を見つけて腰を下ろした。
隣に目をやると、顎髭を顔じゅうにたくわえ、筋骨隆々とした蛮族の男がいた。
「拓遠親王には、何か政治的な理想があるのですか?」と、静かで冷ややかな声で尋ねる。
「政治的な理想だあ?」蛮族の男は一瞬きょとんとし、それから声を張り上げてがなった。「そんなもんは弱え奴しか欲しがらねえ!帝位は最強の者のもんだ、親王についてきゃそれでいいんだよ!あの雑魚どもの皇子が、親王の超魔極大化強化昏倒火球術を一発でも耐えられるってのかよ!?」
言い終えるや、青筋の浮いた腕で顔より大きなジョッキをぐいと持ち上げ、喉を反らして豪快にあおった。その荒っぽい物言いに、周りの酒客たちがたちまち卓を叩いて大笑いした。
「でかぶつ、力だけじゃ駄目なんだよ!皇帝になるには人心の支持が十分にいるし、議会に通じる伝手で認めてもらわなきゃならねえ!」蛮族の男の背後から、陰気な声がした。腰を丸め、目をきょろきょろさせた盗賊が、幽霊のように人混みからすっと現れ、蛮族の男の肩を叩く。「親王だって言ってたぜ。あの方の理念は、みんなをもっと幸せにすることだってな!」
盗賊はついでに自分の杯にも酒を注ぎ、舌を鳴らして続けた。「まあ、俺が親王を推す理由を言うなら……評判がいいからさ。戦利品を分ける時に、絶対にネコババしねえ。おまけに親王ご本人は音楽の芸術家ときてる!で、何よりいっちばん大事なのはな、あの方はほんとに男前なんだよ!俺様が見ても妬けるくらいだ!」
どっと笑いが起こる中、フリーデはわずかに目を細め、蛮族の男がさっき口にした火球術という言葉を思い返していた。
「親王は烈焔道系の聖階なのですか?」
彼女は素早く考えを巡らせた。聖階魔法の習得には年単位の研鑽が要る。一般に、聖階の魔法使いが道系を跨いで複数の聖階魔法を修めることはまずない。親王が炎を主とするなら、その聖階形態は、炎の道系で最もありふれた巓峰火元素とみてほぼ間違いない。
だが同時に、警戒心が頭をもたげた。こんな玉石混淆の場所でさえ親王の手の内が知れてしまうのは、親王にとって決して好ましいことではない。
「ずいぶんいろいろとご存じのようですね」フリーデは盗賊に目を向けた。「この街にいる、ほかの聖階の魔法使いたちの情報を教えていただけますか?」
「へへへ、そりゃあんた、うってつけの相手に訊いたもんだ」盗賊は揉み手をしながら、俗っぽい笑みを浮かべた。「ただし……こいつが要る」そう言って、金を数える仕草をしてみせた。
フリーデは無表情のまま、何も言わずに白い衣からそれなりの額面の紙幣を一枚抜き取り、カウンターに押し当てた。
盗賊の目がぱっと輝いた。紙幣をさっと袖口にしまい込むと、ジョッキを手に身を寄せ、声をひそめる。「地下の情報網によりゃ、この街じゃ少なくとも十人の聖階が、物陰から情勢をうかがってる。あんたに教えられるのは表に出てる四人だけだ。帝国軍械局総監、帝国議会議長、王立魔法使い学院の学院長、それに帝国首席大法官。他の連中は……知ってたって一言も漏らせねえよ。俺はまだ、この命を大事にして酒を飲んでいてえんでな」
フリーデは黙って四つの肩書きを記憶に刻んだ。いずれも表舞台で取り込める相手であり、将来どの陣営につくかを決める際の味方候補でもある。同時に、ウェルズが以前口にしていた「どぶの鼠」のことを思い出した。日の当たらない場所にいるあの勢力の背後にも、きっと聖階が控えている。しかも、間違いなく敵意に満ちているはずだ。
物思いにふけっていると、すぐ横で薬瓶の触れ合う澄んだ音がした。小柄な人影が遠慮もなく椅子を引き、どすんと隣に腰を下ろす。
冒険者風のフードを被った少女だった。華奢ながらめりはりのある体には、色とりどりの薬瓶をびっしり吊るした戦術用の胸掛けがきつく締められ、細い腰には仕立てのいい長剣を佩いている。纏う気配から、三階の決闘家だと一目で分かった。
「わあ!あんた、すっごくきれい!ねえ、あたしと友達になってくれない?」少女は無防備に身を寄せてきた。
「あたしはビアンカ。姓はヴァリっていうの。よろしくね!」人懐っこく、弾けるような笑顔を咲かせる。茶色の大きな瞳がきらきらと輝き、少し乱れたショートヘアが、いっそう愛嬌を添えていた。
「こちらこそ、よろしくお願いします。私はフリーデ、四階の持魔者の剣士です」フリーデは小さく頷いた。
彼女の知る限り、この世界で最も高貴な職業は魔法使いであり、それ以外はひとまとめに「持魔者」と呼ばれる。低階のうちは決闘家や剣士も魔法使いと互角に渡り合えるが、聖階の域に達すると持魔者の打てる手はぐっと乏しくなる。魔法使いに至っては、戦法転換で近接戦の不利を補うことさえできるのだ。
「その感じだと、来たばっかりでしょ?あたしもなんだ!」ビアンカは図に乗って、さらに顔を寄せてきた。二人の鼻先が今にも触れ合いそうだ。目をまん丸に見開き、フリーデの顔を脳裏に焼きつけようとでもするかのように見つめる。「あんた、ほんっときれいすぎ……肌は磁器みたいに真っ白だし、顔立ちなんて絵の中の天女みたい!」
「お褒めいただき、ありがとうございます。あなたも、帝都へ好機を求めてやって来た冒険家なのですか?」フリーデは顔色ひとつ変えず、さりげなく少し身を引いた。
「うん!天下大乱、いよいよあたしの出番ってわけ!」ビアンカは意気揚々と小さな拳を振り回した。「うちの両親は農夫なんだけど、あたしは小さい頃から、貴族になるって誓ってたの!それがあたしの一生の夢!」
上気した頬と輝く瞳から、フリーデは動乱を狂おしいほど待ち望む気持ちを見て取った。
「情勢が早く落ち着いて、議会が一刻も早く次の皇帝を選ぶことを、望んではいないのですか?」
「望むわけないじゃん!乱れてくれなきゃ困るよ!」ビアンカは悪びれもせずに言い返した。「これだけの勢力が帝都にひしめいてるんだもん、乱れれば乱れるほどいいの!陰謀に乱戦、内戦だって!天下大乱にならなきゃ、あたしみたいな平民がのし上がるチャンスなんてどこにあるっていうのさ?」
両手で頬を包み込み、うっとりとした目つきになる。まるで、華やかな衣装に身を包んだ自分の晴れ姿が、もう目に浮かんでいるかのようだった。
精巧な人形のようなフリーデの顔に、珍しく驚きの色が浮かんだ。安寧を望まない人間がいるなど、理解できなかった。
「どうしてですか?どうして平和を望まないのですか?」
「簡単だよ!」ビアンカは指を折りながら数えてみせた。「どんな社会だって、先頭に立てるのは決まって一パーセント、中堅が九パーセント、残りの九十パーセントは全部底辺なの。上のジジイどもが死に絶えて、全部ひっくり返らなきゃ、その一パーセントの空席があたしに回ってくるわけないでしょ?あの忌々しい吸血鬼みたいな貴族どもは、地代だなんだって言って、両親の収穫の大半を持っていっちゃった。おかげであたし、小さい頃からろくに食べられなくて、今もこんなにちびなんだよ!ほんっと腹立つ!妬ましくて死にそう!あたしが貴族の家に生まれてたら、絶対あいつらの百倍はすごかったのに!」
小柄なビアンカは歯ぎしりした。その目には怒りが燃え、同時にむき出しの渇望がぎらついていた。
見回せば、この広間には似たような冒険者や野心家がひしめいている。ほかの者はビアンカほどあけすけではないにせよ、根っこにある論理はまるで同じだ。フリーデははたと悟った。ここで自分と言葉を交わしているのは、天下の民を思う聖騎士などではない。利益のためなら魂さえ売り渡す傭兵の群れなのだ、と。
「そんなに貴族が嫌いなのに、貴族になりたいのですか?」馬鹿げている、とフリーデは思った。被害を受けている当人が、制度を覆そうとは考えもしないなんて。
「あいつらと同じくらい気持ち悪くなりたいってのは否定しないよ。だって、それがあたしの夢なんだもん!」ビアンカは両手で頬杖をつき、可愛らしく首を揺らした。「人に世話してもらって、出かける時は送り迎えつき、毎日家で地代を数えて暮らす。そんな素敵な生活、誰だって送りたいじゃん?」
「この制度が嫌いなら、変えようとするべきではないのですか?自分が既得権益者になることを望むのではなく」フリーデの口調には、隠しきれない困惑が滲んでいた。
「それって共和制を支持しろってこと?」ビアンカは大げさに白目をむき、手をひらひらさせて、おえっという顔をした。「なんで変えなきゃいけないのさ?天下を取るのは、天下の上にあぐらをかくためでしょ!革命が成功しても貴族になれないなら、あたしは何のために死に物狂いで頑張るわけ?昔の人は貴族になれたのに、あたしの番になったらなれないなんて、どういうこと?不公平じゃん!」
彼女はぷうっと頬を膨らませ、さも当然といった顔をしている。
「とにかく、あたしは今度の動乱で、絶対に低い爵位を一つもぎ取ってやるんだから!それか……上級貴族を釣り上げて嫁ぐ!」ビアンカは目をくるりと動かし、うきうきと言った。「親王の勝ち目は大きいと思うんだよね!あの人が勝ったら、きっと新しい貴族を冊封するでしょ。その時あたしに戦功があれば、肩書きの一つくらいもらえるはず。お金持ちの結婚相手の情報も集めてる最中なんだ。いつか玉の輿に乗れるかもしれないじゃん!」
包み隠しもしない利己主義むき出しの言葉に、フリーデはしばし返す言葉を失った。だが、冷徹な思考中枢はすぐさま判断を下す。ビアンカは俗っぽいが、強い行動力とはっきりした目的を持っている。今後、各勢力の間を頻繁に行き来することになるのは間違いない。情報源にすれば、大いに役立つはずだ。
「私も来たばかりです」フリーデはこの流れに乗って、歩み寄る姿勢を見せた。「何か耳寄りな情報や地下のつてがあれば、『翠緑の宿』へ私を訪ねてきてください」
「任せて!あんたも街で、イケメンでお金持ちの独身貴族を見かけたら、絶対あたしに教えてよね!」ビアンカは勢いよく立ち上がり、フリーデの手の甲を親しげにぽんぽんと叩いた。「あたし、協会にはしょっちゅう顔を出してるから。覚えといてよ、あたしたち、もう大の親友なんだからね!」
茶目っ気たっぷりにウインクすると、彼女は手を振って、騒がしい人混みの中へと消えていった。
ビアンカを見送ってから、フリーデは広間の脇にある依頼の掲示板の前へ足を運んだ。所狭しと貼られた羊皮紙には、貴族の家族の護衛から政敵の暗殺まで、ありとあらゆる依頼が並んでいる。当然ながら、帝国の法の一線を踏み越える依頼ほど、報酬額に並ぶ零の数は目を剥くほど多かった。
「よその協会なら、ふだんはこんな汚れ仕事を堂々と貼り出したりはしないのに……ここでは貼っている」黄ばんだ紙を眺めながら、フリーデは呟いた。「今は武装警察部でさえ自分のことで手一杯。名高い応策局は、いったい何をしているんだろう」
今の情勢をおおよそ頭に入れると、フリーデはフードを引き上げ、身を翻して木の扉を押し開けた。広間を満たす喧騒を背に、翠緑の宿の方へと歩き出す。
夜になり、翠緑の宿の一階の隅では、暖炉の温かな火が、屋内に忍び込む冷気を追い払っていた。
ウェルズとフリーデ、シャーロットの三人は円卓を囲み、卓上には豪勢な夕食が並んでいた。
ウェルズは水の入ったグラスを手の中で弄びながら、まず自分が昼間に見聞きしたことを語った。前半を話し終えたところで椅子の背にもたれ、深い眼差しをフリーデに向ける。
「お前はあいつの言い分に賛成か……君主は法を定め、諸勢力が膠着した時には、自ら決断を下すべきだ、という」
フリーデは居住まいを正した。その瞳の奥を、記憶の波紋がよぎる。「いい方法に聞こえる……私の前の主、アレクシオスは、まさにそうやって国を治めていた。議院を設け、法律を公布し、調停のつかない争いが起こるたびに、彼の下す最終的な裁定には、いつも誰もが心から納得した」
ウェルズは肯定も否定もせずに笑い、続けて後半の話をした。貴族が土地を独占し、平民から地代や家賃を搾り取っている現状についてだ。
「じゃあ、これについてはどう思う?」
「本当に邪悪だと思う」フリーデはわずかに眉をひそめた。「十軒も家を持っている人がいたら、何もしなくても家賃が入ってくるってことでしょう?そんなことが長く続けば、そういう人は必ず社会の寄生虫になる。こうやって他人の労働の成果に寄生して生きるのが……本当に正しいの?」
「だがな」ウェルズは指の腹でグラスの縁をそっとなぞった。口調には、どこか面白がる響きがある。「まさにこの社会階級による分業のおかげで、借り手たちも、分業がまったくない場合より安定した暮らしを手にしている。それに、あの貴族どもの先祖だって、大半は血を流して戦い、戦功を立てて領地を勝ち取ったんだ。お前が一代でちょっと努力したくらいで、よその家が三代かけて積み上げてきたものを帳消しにしようなんて、何の権利があって言える?それこそ、社会を回していくための『必要悪』ってやつじゃないのか?」
フリーデには、その言葉が一見、一分の隙もない論理の式のように聞こえた。どこかがおかしいと直感しながらも、黙り込むほかなかった。
「とはいえ、だ」ウェルズはわずかに身を乗り出し、鋭い目を向けた。「もし俺が、貴族どもが俺よりいい暮らしをして、毎日目の前で富をひけらかすのを見せつけられるくらいなら、みんな揃って泥沼で腐っちまったほうがましだ、と思っていたら?」
その一言は解けない結び目となって、フリーデの単純な思考を完全に停止させてしまった。
「ゆっくり考えろ。急がなくていい」ウェルズは気怠げに手を振ると、隣で猛然と食べ続けているシャーロットに顔を向けた。「お前は?どっちが筋が通ってると思う?」
「どっちも筋が通ってると思う!」シャーロットは肉汁の滴るミディアムのステーキを口いっぱいに頬張ったまま、もごもごと答えた。
「じゃあ、どっちを選ぶ?」ウェルズは重ねて訊いた。
「あなたを選ぶ」シャーロットは肉を飲み込むと、当然とばかりにウェルズを指さした。「燭聖が、あなたの言うことを聞けって言ったから」
そのあまりに率直な答えに、ウェルズは思わず小さく笑った。
それから数分間、聞こえるのはシャーロットのナイフとフォークが皿に当たる音だけだった。ウェルズは優雅に自分の皿の料理を切り分けていたが、とうとうしびれを切らし、まだ考え込んでいるフリーデに目を上げた。
「分からないなら、ひとまず置いておけ。次はお前の番だ。今日は何が分かった?たとえば、親王の政治理念は?」
「親王の理想は『すべての人の幸福を追求する』こと」フリーデはありのままに報告した。
「それで?」ウェルズは眉を上げた。
「どういうこと?」フリーデは面食らった。これ以上、何を付け足せばいいのか分からない。
「それを実現する具体的な手段は?」ウェルズはさらに問い詰めた。
「それだけ。彼はそれしか言っていない」フリーデはすっかり戸惑った顔をしている。
ウェルズはナイフとフォークを止め、鼻で冷たく笑った。「何を無駄な屁をこいてやがる?『すべての人の幸福を追求する』なんてのは、大通りで三流の政治屋を適当に捕まえたって叫ぶような文句だ。もちろん、その標語すら認めようとしない奴はもっと下だし、特定の集団の代弁しかしないアイデンティティ政治の政治家に至っては、土俵に上がる資格すらない。だが、本当に理想を持つ政治家なら、必ず全員を包み込める方策を用意しているもので、標語をただ空しく叫んだりはしない。だから俺が訊きたいのは、それを実現する手段は何か、ということだ」
「彼は……言っていなかった」フリーデは言葉を失った。協会でのことを思い返しても、あの盗賊は確かに、実質的な政治綱領には何一つ触れていなかった。
「ふふ、その算盤を弾く音は、帝国の国境まで響いてくるな」ウェルズの口の端に皮肉な笑みが浮かんだ。「だが、手としては賢い。奴が目指しているのはカリスマ型指導者の路線だ。あの顔と英雄らしい気質、そして絶対的な武力で、周りの人間を心の底から認めさせる。何も約束しないからこそ、最大限に全員をまとめておける。一度言い切ってしまえば、利益の分配に偏りが出て、たちまち内部に亀裂が入るからな。奴はきっと待っている。天秤が傾くのを待って、風向きを見てから何を言うかを決めるつもりだ」
政治的な計算に満ちたその分析は、フリーデには込み入りすぎていた。「それって、どういうこと?」
「簡単に言えば、奴が切り札を見せる時はまだ来ていないということだ。暗がりに潜んで風向きを窺い、他人の陣営から人を引き抜くことばかり狙っている投機分子だよ」ウェルズは水を一口飲み、本題に入った。「ほかに、何か値打ちのある情報は?」
「帝国の聖階四人の、表向きの身分が分かった。それに聞いた話では、水面下ではもっと大勢の聖階の魔法使いが様子をうかがっているらしい」フリーデは報告を続けた。
「上出来だ。この四人の名前は覚えておく。機会を見て俺が直接腹を探りに行き、どちらに傾いているか確かめよう」ウェルズは満足げに頷いた。「もっとも、頂点に君臨する聖階連中のことだ、そもそもどこにもつかない可能性もある。何しろあれほどの実力があれば、高みの見物を決め込んでいても、誰も奴らの利益には手を出せないからな」
「ウェルズ、連邦って、いったいどんなところなの?」ほとんど何も知らないその国のことを、フリーデはふと尋ねた。
ウェルズはかいつまんで説明した。「教廷の情報によれば、この東大陸はかつて、秩序編織者に完全に支配されていた。もっとも、連中は終末救贖者の操り人形にすぎなかったがな。そうした秘密結社が舞台裏へ退かざるを得なくなった後、東大陸は二つの巨大な存在に分裂した。北の帝国と、南の連邦だ。イデオロギーが水と油なせいで、この二国はもう数百年も殺し合いを続けている」
「じゃあ、秩序編織者より前のことは?」フリーデはさらに尋ねた。「私の記憶だと、私のいた時代、東大陸はまだ統一された一つの巨大な帝国だった。私の主アレクシオスがそれを監督し統べ、あらゆる重大な議題で賢明な仲裁を行っていた」
「知らん」ウェルズはあっさりと答えた。その歴史は霧に閉ざされた、彼にさえ手の届かない空白だった。
報告を終えると、フリーデはまた、自分の論理に矛盾を引き起こしたあの少女のことを思い出した。そしてこらえきれずに、ビアンカのあの言い分を二人に話し、少し困ったような口調でこぼした。「分からない。平和にも反対、共和にも反対なんて人が、どうして世の中にいるの?」
「そう?私は、彼女の言うことはかなり正しいと思うけど」シャーロットはまた肉を一切れフォークに刺し、まるで気にも留めずに言った。「貴族の側から見たら、確かに不公平よ。昔の人は命懸けで天下を取れば貴族になって、それを代々受け継げた。今は共和だのなんだのって、おいしい食べ物まで他人に分けなきゃいけないなんて、誰が命を張る気になる?私は、拳の大きいほうに従うのに賛成」
「お前は竜だからな。竜の趣味といえば、山を丸ごと占領してみかじめ料を取ることだ。貴族の世襲を支持するのも当然だろう」ウェルズは容赦なく突っ込んだ。「古代なら、下々の者は毎日お前に金銀財宝やら童男童女やらを貢がなきゃならなかったかもしれないな」
「私は、彼女は間違っていると思う」フリーデは首を振った。口調は柔らかいが、揺るぎない意志が滲んでいる。「たとえ先人が本当にそのために命を懸けたのだとしても……真の自由を実現するためには、古い特権や物事のいくつかは、捨てられなければならない」
「真の自由のために、捨てられなければならないものがある……か」ウェルズはその言葉を一度繰り返し、意味の知れない小さな笑い声を漏らした。
それを聞いても、フリーデには困惑しか残らなかった。あの笑いが賛同なのか、それとも別の何かなのか、分からなかった。
彼は立ち上がり、ローブの埃を払った。「今日はここまでにしよう。みんな休め。明日は、俺たちが晴らすべき霧がもっと待っている」
ウェルズは部屋へ休みに戻った。その背中を見送りながら、フリーデには分かっていた。彼は眠りに行くのではない。真に聖階へ踏み入るまで、毎晩の瞑想は魔法使いにとって欠かせない務めなのだ。




