第5話 クロの苦労
オスカーたちがベルレンで束の間の休息を楽しんでいた頃――。
帝国軍本部の会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
「まったく、何を考えている!」
机を叩く上官の声が部屋中に響く。その正面で、クロとリゼが立っていた。
「軍学校卒業成績、歴代一位と二位、帝国が誇る天才と聞いていたからこそ、新型機を優先的に配備したのだ!」
上官の鋭い視線が二人を射抜く。
「それが初陣でこの結果とはな。敵機の撃墜なし、機体は中破、任務も未達成。期待外れにも程がある!」
リゼは悔しそうに拳を握りしめる。しかし、口を開こうとはしなかった。
隣に立つクロもまた、表情一つ変えない。反論したところで結果は変わらない。
「何か言うことはないのか?」
静寂を破る問いかけに、クロは短く答える。
「……ありません」
その一言に、上官は深くため息をついた。
「帝国は無能に新型機を預けるほど甘くない。次は必ず結果を持ち帰れ」
『はっ!』
二人の返事が重なる。
長い叱責が終わり、二人はようやく部屋を後にした。
廊下へ出るなり、リゼが口を開く。
「ごめん……私が突っ走ったせいで」
クロは首を横に振った。
「気にするな」
「でも……」
うつむくリゼの肩を、クロは軽くぽんと叩いた。
「失敗は二人のものだ。だから次は二人で取り返せばいい」
その言葉に、リゼは少しだけ表情を和らげた。
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基地を出たクロの端末に、一件の着信が入る。
母からだった。
『今すぐ帰ってきなさい』
短い言葉だったが、有無を言わせぬ圧力があった。
「……はぁ」
諦めたようにひとつ息をつくと、クロは無言でタクシーに乗り込んだ。
首都の中心部を走るタクシーから窓の外を眺めた。帝国の首都には、彩晶を使った街灯や窓ガラスが点在していた。三年前、帝国は彩晶資源を巡って採掘場を保有する国への侵攻を開始した。
軍事力は世界屈指。経済も豊かだ。だが、自国では彩晶が採れない。輸入だけでは需要を満たせず、国家は武力という手段を選んだ。そのおかげで首都では以前より多くの色を見ることができるようになった。
クロはぼんやりと窓の外を眺め、小さくつぶやく。
「また、増えたな……」
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やがて車は豪奢な屋敷の前で止まった。
クロの実家は代々軍需産業を支える名家であり、帝国でも有数の財閥として知られている。
応接室へ通されると、母は開口一番に言った。
「軍を辞めなさい」
挨拶すらなかった。
「家業を継ぐ準備を始めてもらいます」
「嫌です」
即答だった。
母の表情が険しくなる。
「軍人になることまでは認めました。でも、戦闘機のパイロットになるなんて聞いていません」
静かな口調の裏には、抑えきれない怒りと悲しみが混じっていた。
「あなたのお父様も、同じ仕事をしていました」
クロは黙る。
「そして帰ってこなかった」
部屋に沈黙が落ちる。
「だから――」
「だからこそ、俺は飛びます」
「クロ!」
母の制止を振り切り、彼は部屋を後にした。
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夜風が頬をなでる。
庭園の片隅で色のない夜空を見上げ、クロは静かに目を閉じた。母の気持ちは理解している。父を失った悲しみも、息子を失いたくない恐怖も。
それでも、父が見ていた景色を、自分も見たい。父が命を懸けた空を、自分の目で確かめたい。そして今回の任務。報告書に記されていた内容が事実なら――。
「帝国のためだけじゃない」
この戦争そのものを終わらせる鍵になるかもしれない。
脳裏に、一人の少女の姿が浮かんだ。連合国に奪われた少女。必ず取り戻す。
「あの女を、次こそ」
そして成果を示し、いつか母にも認めてもらう。
静かな決意だけが、色のない夜空へ溶けていった。




