第1話 白黒の世界
白黒の世界
二十年前、世界から色が消えた。
花も空も海も、人の瞳さえも。
あらゆるものは濃淡だけを残し、世界は一夜にして白と黒だけの景色へ変わってしまった。
原因はいまだ解明されていない。
未知の感染症だと唱える学者もいれば、新兵器の実験に失敗した結果だと主張する者もいる。
人々は様々な説を口にしたが、真実を知る者は誰一人として現れなかった。
そんな絶望の中で発見されたのが、色を映し出す鉱物――彩晶だった。
加工された彩晶を通してだけ、人々は失われた色彩を見ることができる。
その希少な鉱物を巡って各国は争い、ついには帝国が採掘地を持つ国家へ侵攻したことで、大戦が始まった。
世界は今も、白黒のまま戦火に包まれている。
——————
高度六千メートル。
戦闘機の操縦桿を握りながら、俺は退屈そうにあくびを噛み殺した。
『こちら司令部。周辺空域に異常なし。 引き続き警戒を続けよ』
「了解」
短く返事をすると通信が切れる。いつもの哨戒任務。敵影なし。
平和と言えば聞こえはいいが、戦争中の空で静かな時間ほど信用できないものはない。
計器盤の隅には、小さな写真が貼られていた。
幼い娘が満面の笑みでこちらを見ている。その隣には穏やかに微笑む妻の姿。
「……早く帰りたいな」
誰に聞かせるでもなく呟き、再び前方へ視線を戻した。
その直後だった。
『識別不明機を確認。方位一一〇、高度五八〇〇。速度上昇中』
警報音が鳴り響く。レーダー画面には複数の黒い点が映っていた。
「民間機……? いや、後ろについてるのは――」
帝国軍の戦闘機だ。
逃げる民間機を、三機編隊で追い回している。
「まったく……領空の境界まで来るなんてな」
民間機は必死に進路を変えながらこちらへ向かってくる。
あと数秒で領空内。
その瞬間、俺はスロットルを押し込み、一気に加速した。
『警告。これより先は我が国の領空である。直ちに進路を変更せよ』
通信を送るが、返事はない。
代わりに放たれたのは一発のミサイルだった。
「交渉する気なしか」
機体を反転させ、紙一重で回避。背後へ回り込むと、照準を敵機へ合わせる。
「悪いが、ここから先は通行止めだ」
カチッ、帝国軍の機体めがけてミサイルが発射され、うち一発が命中した。
バンッ
一機撃墜。
残る二機も旋回しながら攻撃を仕掛けてくるが、経験の差は歴然だった。
数分後。
煙を引きながら帝国軍機は撤退していく。
『敵機の離脱を確認』
「任務完了……か」
安堵したのも束の間、護衛した民間機から通信が入った。
『救援、感謝します』
「怪我人は?」
『……一名、保護対象がいます』
「保護対象?」
民間機が着陸した飛行場へ向かい、俺も後を追う。
停止した機体のハッチがゆっくりと開いた。
その中に、一人の少女がいた。年は十代後半だろうか。長い髪を風になびかせ、静かな表情でこちらを見つめてきた。不思議なほど落ち着いた雰囲気の彼女はまっすぐ俺の前まで歩み寄ると、俺を見つめて言った。
「お願いします」
「私を、エストリアまで護衛してください」
エストリアとは連合国の首都だ。
突然の依頼に、俺は思わず眉をひそめた。
「えーと……嫌だけど」
「えっ、なんでよ!!」
「面倒事には関わりたくない」
少女は黙って俺を見つめ返す。
このときの俺は、まだ知らなかった。
彼女との出会いが、白黒に染まったこの世界そのものを変えることになるとは。




