後日談 クロの休日
ドラゴン討伐から一年。
争う理由を失った帝国と連合国は停戦協定を結び、長く続いた戦争にも終止符が打たれた。
今日は珍しく非番だ。母との昼食を終え、クロは街並みをゆっくりと歩いていた。以前なら顔を合わせるたびにぎこちなかった親子関係も、少しずつ修復されつつある。
「また来なさいね」
別れ際にそう微笑んだ母の姿を思い出し、クロは小さく息を吐いた。
悪くない休日だ。
世界から失われていた色彩は戻り、人々の表情にも以前のような明るさが宿っている。帝国と連合国が同盟を結んだことで、最近では合同演習や技術交流も始まった。建前は友好と交流のためだが、実際のところは互いを監視し、二度と戦争を起こさないための取り決めである。
もっとも、平和になった今だからこその悩みも生まれた。
(あいつが、やたら絡んでくるようになった……)
連合国軍、オスカー・アルディス。
実力を認めてくれるのは素直に嬉しい。
だが、
『クロ! 見てくれ、うちの愛娘だ! 可愛いだろ〜!』
『報告書? そんなの後でいいんだよ』
『命中率を上げるコツ? そんなのキュッとして、バーンって撃てばいいんだよ』
(……何というか、適当すぎる)
父様なら、もっとこう―
いや―比べるのはやめよう。父様が可哀想だ。
それに最近では、
『これ、リゼちゃんに渡しといてくれる?ベルデンで流行ってるお菓子らしいんだ』
軍に帰還後、彼女にそれを渡した瞬間、甘いもの好きのリゼは目を宝石のように輝かせた。こうして同期は、すっかり手懐けられてしまった。
そんなことを思い返していると、不意に見覚えのある後ろ姿が目に入った。
街角のテラス席。巨大ないちごパフェを前に、幸せそうな笑みを浮かべる少女。
「リゼ」
名前を呼ぶと、彼女はこちらを振り向いた。
「あっ、クロ」
口元にクリームをつけたまま、こちらにスプーンを差し出してきた。
「一口、食べる?」
「いや、見ているだけで十分だ」
手を軽く振って断ると、リゼは少しだけ残念そうな顔をしたあと、
「そう……」
と言って、自分でぱくりと頬張った。
「お母さんのところに行ってたの?」
「ああ。なんだかんだ言っても、一人は寂しいんだろう」
「優しいね」
そう言いながら、また一口。さらにもう一口。
見ているだけで胸焼けしそうだ。
「じゃあ、俺はもう行くよ。あまり、食べ過ぎるなよ。機体が重くなる」
「大丈夫。その分ちゃんと走るから」
なぜか胸を張って答えるリゼ。
そして―
ぱくっ
ぱくっ
ぱくっ
生クリームをまとったいちごを三粒、立て続けに口へ放り込んだ。
クロは肩をすくめ、小さく笑った。
彼女と別れ、クロは再び歩き始めた。色を取り戻した世界は美しい。
花壇には鮮やかな花が咲き、人々は笑顔で行き交い、子どもたちの笑い声が風に乗って聞こえてくる。
そんな景色を眺めながら、ふと思う。
結局、あのドラゴンは何だったのだろう。そして、あの少女―リリーは一体。
あの事件後の軍会議は当然のように揉めた。
現場を見ていない上層部にドラゴンの存在を説明しても、まともに信じてもらえるはずがない。色彩消失の原因も、結局は解明されないまま歴史の闇へ葬られた。
「そういえば……」
あの男―おかしなことを言っていたな。
魔法がどうとか。
「……まったく」
思わず苦笑する。
「バカバカしい。あの男の言うことを真に受けるのはやめよう」
平和な街に吹く穏やかな風を受けながら、クロは静かに歩き続けた。




