第13話 青い花畑
あの激戦から、三ヶ月の月日が流れた。
世界には再び色彩が戻り、人々は少しずつ平穏な暮らしを取り戻していた。
リビングのテレビでは、帝国と連合国が正式に同盟を締結したというニュースが流れている。画面の向こうでは各国の代表者たちが固い握手を交わし、戦争の終結と新たな時代の始まりを世界へ宣言していた。
色を奪う災厄が消え去ったことで、帝国は侵攻を停止。これまで戦火を広げた国々への復興支援を進め、失われた街や人々の生活を取り戻すために力を尽くしている。
きっと世界は、これから少しずつ変わっていく。
オスカーはテレビの電源を消すと、中央の本棚へ歩み寄り、現像したばかりの写真立てをそっと飾る。
優しく微笑んでから玄関へ向かうと、待ちきれない様子のソフィーが勢いよく飛びついてきた。
「パパー! 早く早く!」
「ふふっ。そんなに急がなくても大丈夫よ」
エレナが苦笑しながら声をかける。
「ああ。そろそろ出発しよう」
三人は家をあとにした。
今日は家族で、とある場所へ向かう約束をしていた。
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空は雲ひとつない快晴。
心地よい風が草原を渡り、木々の葉を優しく揺らしている。
エレナが朝早く作ってくれたサンドイッチの入ったバスケットを、ソフィーは誇らしげに頭の上まで持ち上げて歩いていた。
「ソフィー、重くないか?」
「へいきだもん!」
元気いっぱいに答える娘の姿に、オスカーとエレナは優しい眼差しで娘を見つめる。そんな穏やかな時間が、何より愛おしかった。
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一時間後。
「パパぁ……まだぁ……?」
先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか、ソフィーは肩で息をしながらふらふらと歩いていた。いつの間にかバスケットはエレナが持っている。
「ほら、もう少しだ。頑張れ」
「は、はぁい……」
小さな足で懸命についてくる姿に、オスカーは思わず笑みをこぼした。
三人は木々が生い茂る細い小道を進んでいく。
枝葉の隙間から木漏れ日が降り注ぎ、風が吹くたびに葉擦れの音が心地よく響いた。鳥たちのさえずりだけが静かな森にこだまし、どこか秘密の場所へ向かっているような気分になる。
やがて木々が途切れ、視界が一気に開けた。オスカーとエレナは足を止め、後ろを振り返る。
「着いたぞ」
ソフィーも遅れて二人に追いつく。
顔を上げた瞬間、一陣の風が吹き抜けた。
目の前に広がっていたのは――どこまでも続く、青い花畑。
小さな空色の花が一面を埋め尽くし、そよ風に合わせてさざ波のように揺れている。その景色はどこまでも広がり、遠くでは澄み渡る空と溶け合って境界さえわからない。見上げれば真っ青な空には白い雲がゆっくりと流れ、足元には可憐な青い花が咲き誇る。
まるで世界そのものが、優しい青色に包まれているかのような絶景だった。
「わぁ……!すごい!すごい!すごい!」
ソフィーの瞳が宝石のように輝く。疲れなど一瞬で忘れてしまったのだろう。
花畑へ駆け寄り、小さな花をそっと覗き込む。一輪一輪は決して大きくないけれど、無数に咲き誇る姿は、まるで大地に敷き詰められた青い絨毯のようだった。
その光景を眺めながら、オスカーは静かに目を細める。
――ここで、エレナと初めて出会ったんだよな。
懐かしい記憶が胸によみがえる。
隣を見ると、エレナも同じことを思い出したのか、優しく微笑んでいた。
そのとき、ソフィーが振り返る。
「パパ! リリーお姉ちゃんにも見せてあげたいね!」
一瞬だけ胸が締めつけられる。
それでもオスカーは穏やかな笑みを崩さなかった。
「あぁ、そうだな。今度会ったら、伝えておく」
「うん!」
元気よく返事をすると、ソフィーはまた花畑の奥へ駆け出していく。その小さな背中を見つめながら、オスカーは心の中で静かに願った。
――この平和な時間が、どうかいつまでも続きますようにと。
「そろそろお昼にしましょうか」
エレナが柔らかく声をかける。
「そうだな。あそこの木陰で食べよう」
二人が歩き始めると、ソフィーも慌てて追いかけてきた。
「あっ、待ってー」
「ソフィー、イチゴジャムのやつがいいー」
青空の下、にぎやかな笑い声が響く。
優しい風が吹き抜け、一枚の青い花びらが空高く舞い上がった。
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リビングのカーテンがそよ風に揺れ、金色の陽射しが舞う埃をきらきらと照らしている。
本棚の中央には、一枚の写真。
ベルデンの街並みと夕焼けを背に、肩を寄せ合って笑う四人の姿が写っていた。
オスカー。
エレナ。
ソフィー。
そして――リリー。
心からの笑顔と美しい思い出がそこには刻まれていた。
ー完ー
番外編を2話更新予定です。




