第12話 少女とドラゴン
二機の戦闘機が、漆黒のドラゴンへ向かって一直線に飛ぶ。
その瞬間――ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。
「来る!」
怪しく光る黄緑色の炎が目の前から迫ってくる。オスカーとクロは左右へ鋭く旋回し、紙一重で炎をかわした。激しい雨粒が機体を叩きつけ、雷鳴が大気を震わせる。
「おい。さっきのミサイルは残っているか」
通信越しにクロの低い声が響いた。
「いや、予備のミサイルなら残っている。だが、威力は先ほどの半分だ。とても一発で首を吹っ飛ばすことは。」
「……それでも、策はあるか?」
短い沈黙。
そしてクロは静かに答える。
「これを使う」
次の瞬間、彼の機体の両翼が淡く発光した。
翼の縁が金属音を立てながら変形し、刃物のような鋭利な形状へ変わっていく。
「軍が開発していた試作兵器だ。まだ実戦投入されていないため、この機体はテストも兼ねていたんだ」
「これであれの首を切り落とす」
(……まあ、これが知られれば懲罰ものだけどな)
オスカーは自分の機体が真っ二つに切り落とされるのを想像し、思わず苦笑する。
「恐ろしい物を作るな……帝国軍は」
「一瞬でも大きく頭部が動かなければ、首も切り落としやすい。だから、お前には囮になってもらいたい」
そしてクロは、わずかに口元を上げた。
「お前の腕なら、それくらいできるだろう。もちろん、無理にとは言わないが」
一瞬、オスカーの眉がぴくりと動く。
以前、自分が投げた言葉をそのまま返されたのだ。
「……生意気なやつだ」
二人は同時にドラゴンを見据える。
「行くぞっ!」
機体が加速した。
——————
オスカーは小回りの利く機体性能を最大限に活かし、巨体の周囲を縫うように飛び回る。ドラゴンは怒り狂ったように首を振り、巨大な顎で噛み砕こうと追い回す。
雨と雷で視界は最悪。ほんの一瞬でも気を抜けば、こちらの命が消し飛ぶ。
その時だった。
ズォォォンッ!!
遠方から長距離ビームが飛来し、ドラゴンの横顔をかすめる。
振り返ったオスカーの目に映ったのは、傷だらけになりながらも進軍してくる連合国軍の戦艦だった。
「援護する。少しは役に立つだろう」
艦長の落ち着いた声が通信に乗る。
「艦長……!」
さらに複数の機影が空へ舞い上がった。
「オスカー!」
「カイル!? その機体は……」
「かっこいいだろう? 帝国軍に借りちゃった♪」
その後方からリオンが淡々と説明する。
「向こうは動ける兵が少なかったんですが、物資だけは無事で。利害が一致したんです」
通信を聴いていた帝国軍の指揮官が鼻を鳴らす。
「ふん。ここで全滅するよりはマシだ」
その言葉に、クロはわずかに目を見開いた。
「さあ、総力戦だー!」
カイルが先頭を切ってドラゴンへ突撃する。
戦場に再び火花が散った。
——————
機体数が増えたことで、ドラゴンの意識は分散する。
しかし代償も大きかった。一機がドラゴンの尾をかわした際、ドラゴンの目の前に来てしまい食われた。以後も一機、また一機と炎に飲まれ、空から墜ちていく。
そんな悲惨な戦場の中でもリオンは、負傷した翼だけを正確に狙い澄ましていた。放たれたビームは次々と命中し、以前とは比べものにならないほど腕を上げていた。思わずオスカーの口元が緩んだ。隊長として鍛えてきた部下が、この極限の戦場で確かな成長を見せている。その事実が、何よりもうれしかった。
やがて連続した着弾に耐えきれず、ドラゴンの身体が大きく傾いた。
その一瞬を、オスカーは逃さない。
懐へ飛び込み、機体を真下へ滑り込ませる。狙うは顎の下。
予備のミサイルを放つ。
ドゴォォォォォンッ!!
轟音と爆炎で、ドラゴンが苦痛の咆哮を上げながら頭を大きく反らした。
「今だ!!」
「はあああああああああっ!!」
クロが一直線にドラゴンの首を目掛けて飛んでくる。
迷いはない。
光を帯びた翼が稲妻のように閃き、ドラゴンの首筋へ叩き込まれる。
ギギギギギッ!!
甲高い金属音が響いた。
鋼鉄をも上回る硬さの鱗が刃を受け止め、火花が激しく散る。
「くっ……まだだああああああっ!!」
クロは歯を食いしばり、操縦桿をさらに押し込んだ。機体が悲鳴を上げるほどの推力をかけ、衝撃でキャノピーの窓が割れる。翼の刃が少しずつ鱗を食い破っていき、やがて亀裂が走り――
ズバァァァァァァッ!!
ついにドラゴンの首を切り裂いた。
次の瞬間、世界が震える。
二十年もの間、
失われていた色彩が世界へ勢いよく溢れ出した。
吹き荒れていた嵐が嘘のように止み、穏やかな天気へと変わった。どこまでも澄み渡る青い空。白い雲の切れ間から、黄金色の陽光が降り注ぐ。誰もが息を呑み、その景色を見つめていた。
オスカーは震える手を見つめる。
操縦桿も、コックピットも、自分の手袋も。そして、目の前の一面に広がる青い空は美しかった。
一方、クロも機体越しに広がる空を見つめていた。
パイロットの父がいつも語っていた、美しい世界。胸の奥から込み上げる感情に言葉は出ず、ただ静かに目を潤ませるだけだった。
(これが……父様の見ていた景色……)
地上にいるリゼも負傷した体を引きずりながら、目を輝かせながら空を見上げていた。
「……きれい」
その一言だけで十分だった。
——————
首を失ったドラゴンは地上へ落下し、ついに動かなくなった。
慎重に着陸したオスカーは警戒を解かない。
「……終わった、のか」
安堵しかけた、その時。
リリーがいつの間にかドラゴンの近くにいた。
「リリー! 近づくな!」
オスカーの制止も聞かずに、彼女はドラゴンの頭へそっと手を添える。
そして静かに額を寄せた。
ふわり。
周囲が柔らかな黄金色の光に包まれる。
まぶしさに目を閉じ、再び開いた時――
そこは温かな光だけが満ちる、不思議な空間だった。
空間には二人の幼い少女とリリーがいた。
一人の少女が、背を向けてしゃがみ込んでいた。もう一人の少女がその肩をそっと叩いた。
しゃがみ込んでいる少女は少し振り向き、肩を叩いた少女を見上げる。
すると、その子は照れくさそうに手を差し伸べる。手を差し伸ばされた少女は一瞬ためらうが、少女は涙を流しながらもう一人の少女の胸へ飛び込んだ。
抱き合う二人をリリーが穏やかな笑みで見守っている。
やがて彼女はくるりと振り返り、オスカーを見つめた。淡いピンクの髪がふわりと揺れる。頬を一筋の涙が伝い落ちる。
それでも彼女は、心からの笑顔で唇を動かす。
「ありが――」
言葉が最後まで紡がれる前に、世界は再びまばゆい光に包まれ、オスカーはたまらず目を閉じた。
気づけばドラゴンの身体は無数の金色の光となって空へ舞い上がり、同時に発掘現場の彩晶も粒子となって静かに消えていく。
青空から降り注ぐ光の雨。
その幻想的な光景に、誰も声を発することができなかった。
——————
――ベルデン。
ガシャンッ。
皿を落としたエレナは、その場で固まった。
自分の手を見つめる。部屋を見回すと、今まで見えなかった色がそこにあった。
「ママー!」
外からソフィーの声が聞こえた。
慌てて家を飛び出したエレナは娘の姿を見つけた。
「ソフィー!」
と、心配した声で呼ぶエレナ。
しかし、そんな母とは違い娘は無邪気に
「見て!」
指差す先には、色彩を取り戻したベルデンの街並み。
青空から無数の光が降り注ぎ、人々は立ち止まり、その奇跡を見上げていた。色を取り戻した世界は、昨日までと同じ景色のはずなのに、まるで別の世界のように美しかった。
それは、長い夜が終わりを告げた記念すべき日だった。




