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Dragon Night  作者: -満月-
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12/19

第9話 待ち伏せ

 帝国軍旗艦――格納庫。


 整備員たちが慌ただしく走り回り、発進準備を終えた戦闘機が次々とカタパルトへ運ばれていく。

 そんな喧騒の中、クロだけは機体にも乗らず、壁にもたれかかって飲み物を口にしていた。


「当然の判断だ」


 誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。

 帝国軍の攻撃によって、ターゲットは谷底へ落下。生死は確認できていない。

 上がっている報告は、ただ「行方不明」という事実だけ。

 その結果、自分たちは待機命令を受けていた。


(まあ、焦るよな)


 失敗と判断するには早い。かといって、成功したとも言い切れない。

 そんな曖昧な状況だからこそ、上層部は神経を尖らせているのだろう。

 ふと視線を横へ向ける。

 少し離れた場所では、リゼが床にしゃがみ込み、膝を抱えていた。


「私たち……クビかなぁ……」


 今にも消えてしまいそうな声だった。

 その生死不明という状況を作り出した張本人なのだから、無理もない。

 クロは何も言わず歩み寄ると、ぽん、と彼女の頭に手を置き、そのまま乱暴に髪をかき回した。


「わっ、わわっ!」


 驚いて目を丸くするリゼを残し、クロはそのまま歩き出す。

 自機へ続く通路を静かに進みながら、脳裏に浮かぶのは先ほどの戦闘。卓越した操縦技術、土壇場でも揺るがない判断力。


「チャンスは、もう一度ある」


 その瞬間、ヘルメットを握る手に自然と力がこもった。次に相まみえる時こそ、決着をつける。そんな予感だけが、胸の奥で静かに燃えていた。

 


 ――その頃。


 放置されていたオスカーの機体内部で、小さな電子音が鳴る。


『ピピッ――安全装置、解除』


 計器類が次々と目を覚まし、暗闇だったコックピットに光が戻った。


「動いた……!」


 オスカーは急いでスイッチを操作し、各部の状態を確認する。

 隣では、リリーが不安そうに覗き込んでいた。


「飛べそう……?」

「ああ。完全じゃないけど、まだいける」


 そう答えると、オスカーは操縦席から降り、リリーへ手を差し伸べた。


「それじゃ――最後の空の旅に向かおうか」


 その言葉に、リリーは少しだけ目を見開く。

 冗談めかした口調は、いつもと変わらない。その優しさが嬉しくて、思わず頬が熱くなった。


「うん!」


 彼女は迷わず、その手を取った。


 ——————


 二人は、連合国の検問目前までたどり着く。

 近くで激しい戦闘が行われていたとは思えないほど、不気味な静寂が辺りを支配していた。

 オスカーは岩陰から単眼鏡を構え、検問を観察する。施設に異常はない。

 だが、その静けさだけが妙だった。


「……あそこが検問か」


 人影は見当たらない。岩陰も、不自然なほど静まり返っている。

 胸騒ぎを押し込みながら操縦桿を握り直し、短く告げた。


「行くぞ」

「うん」


 機体が地面を蹴り、空へ躍り出た――その瞬間だった。

 雲を突き破るように、一機の戦闘機が真上から急降下する。


「これで最後だ!」


 低く響く声。


 漆黒の機体を操るクロだった。

 光の矢の如く真っ直ぐこちらに向かってくる機体に、オスカーは咄嗟に機体をひねる。衝撃が機体を揺らし、空気そのものが震えた。

 その一撃を合図に、止まっていた戦場の時間が再び動き始める。岩陰や峡谷に潜んでいた帝国軍部隊が一斉に姿を現し、攻撃を開始した。

 

 しかし同時に、後方から連合国軍戦艦の砲撃が飛来する。


「オスカー!ここは我々が引き受ける。先に彼女を!」


 艦長の通信が響く。だが敵機の猛攻で進路は塞がれ、突破する隙がない。

 その時、一筋の光がクロの横をかすめた。


「こいつの相手は俺がするよ!」


 カイル機が飛び込み、クロへ銃弾を浴びせる。


「気をつけろよ」


 オスカーは短く忠告し、その隙を突いて突破を図る。

 しかし、その前へ今度はリゼが躍り出た。


「ここから先は……行かせないよぉぉぉぉ!!」


 悲鳴にも似た叫びとともに、機体が一直線にこちらに向かってくる。

 オスカーは寸前で操縦桿を切り、紙一重でその一撃をかわした。互いに急旋回。峡谷の岩壁すれすれを飛び抜け、機首を返しては再び激突する。どちらも一歩も譲らない。オスカーが放ったビームはリゼ機をかすめ、岩肌を大きく削り取った。砕けた岩片が雨のように降り注ぐ中、リゼは巧みに機体を滑らせ、その隙を縫うように反撃へ転じる。


「まだまだぁっ!」


 連続して放たれる攻撃がオスカーを追い詰める。コックピットが激しく揺れ、警告音が短く鳴り響く。それでもオスカーが冷静さを失わなかったのは、後ろに守るべき存在がいたからだ。崖の起伏や地形を巧みに利用し攻撃をかわし続ける。


 だが、互いに決定打を許さぬまま、激戦はさらに熱を帯びていった。


 ——————


 後方では、カイルとクロの戦いも激化していた。

 しかし、その実力はクロが一枚上手だった。


「副隊長!」


 リオンの叫びが通信に響く。


「心配するな……」


 致命傷ではない。だが、損傷は深刻だった。

 やむなくカイルは戦艦への帰投を決断する。

 クロは追撃に移ろうとして――ふと動きを止めた。


 空気が震えている。

 機体越しにも伝わる異様な振動。


「……地震?」


 誰もが違和感に気づいた、その時だった。


 ——————

 

 数秒前

 幾度となく攻撃を仕掛けても、決定打には届かない。

 リゼは歯を食いしばり、操縦桿を強く握りしめた。


「なんで……なんで落ちないのぉっ!」


 狙い澄ました一撃も、渾身の突撃も、そのたびにオスカーはかわしていく。

 焦りが胸の内で膨れ上がり、少しずつ冷静さを奪っていった。


 一方のオスカーにも余裕はない。

 機体は限界に近く、長引けば不利なのは明らかだった。


「このままじゃ埒が明かない……」


 短く息を吐き、覚悟を決める。この状況を打開するには、賭けに出るしかない。リゼが再び真正面から加速を始めたのを見て、オスカーは逃げるどころか機首を向けた。

 互いの距離が一気に縮まっていく。

 常識なら回避を選ぶ場面。

 それでもオスカーは操縦桿を緩めず、一直線に前を見据えた。


「はぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!」


 リゼが雄叫びを上げながら特攻を仕掛ける。


「行くぞ!!」


 二機が交差しようとした、その瞬間――


グオオオオオオオオオオオッ


 轟音とともに、峡谷の崖が内側から爆ぜた。

 岩盤が砕け散り、巨大な怪物が口を開け飛び出してきた。

 その鳴き声だけで衝撃波が生まれ、オスカー機もリゼ機も木の葉のように吹き飛ばされた。そのままその怪物は大きく空へ舞い上がり、けたたましい着地音とともに地面へ降り立った。


グオオオオオオオオオオオッ


 凄まじい咆哮が戦場全体を揺らした。

 そこに現れたのは、全身を黒紫色の硬質な鱗で覆う生き物。大きな翼を広げて、鋭い爪は光っていた。身体の周囲では、淡く輝く粒子が星屑のように舞っている。誰もが息を呑んだ。

 そして、その場にいた人々は同じことを思っただろう。


 ――色だ。


 色を失った世界で、そのドラゴンだけが確かな色彩をまとっていた。

 常識を覆す存在を前に、敵も味方も武器を向けることすら忘れ、ただ立ち尽くす。


 戦場は、一瞬にして静寂へ包まれた。

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