第9話 待ち伏せ
帝国軍旗艦――格納庫。
整備員たちが慌ただしく走り回り、発進準備を終えた戦闘機が次々とカタパルトへ運ばれていく。
そんな喧騒の中、クロだけは機体にも乗らず、壁にもたれかかって飲み物を口にしていた。
「当然の判断だ」
誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。
帝国軍の攻撃によって、ターゲットは谷底へ落下。生死は確認できていない。
上がっている報告は、ただ「行方不明」という事実だけ。
その結果、自分たちは待機命令を受けていた。
(まあ、焦るよな)
失敗と判断するには早い。かといって、成功したとも言い切れない。
そんな曖昧な状況だからこそ、上層部は神経を尖らせているのだろう。
ふと視線を横へ向ける。
少し離れた場所では、リゼが床にしゃがみ込み、膝を抱えていた。
「私たち……クビかなぁ……」
今にも消えてしまいそうな声だった。
その生死不明という状況を作り出した張本人なのだから、無理もない。
クロは何も言わず歩み寄ると、ぽん、と彼女の頭に手を置き、そのまま乱暴に髪をかき回した。
「わっ、わわっ!」
驚いて目を丸くするリゼを残し、クロはそのまま歩き出す。
自機へ続く通路を静かに進みながら、脳裏に浮かぶのは先ほどの戦闘。卓越した操縦技術、土壇場でも揺るがない判断力。
「チャンスは、もう一度ある」
その瞬間、ヘルメットを握る手に自然と力がこもった。次に相まみえる時こそ、決着をつける。そんな予感だけが、胸の奥で静かに燃えていた。
――その頃。
放置されていたオスカーの機体内部で、小さな電子音が鳴る。
『ピピッ――安全装置、解除』
計器類が次々と目を覚まし、暗闇だったコックピットに光が戻った。
「動いた……!」
オスカーは急いでスイッチを操作し、各部の状態を確認する。
隣では、リリーが不安そうに覗き込んでいた。
「飛べそう……?」
「ああ。完全じゃないけど、まだいける」
そう答えると、オスカーは操縦席から降り、リリーへ手を差し伸べた。
「それじゃ――最後の空の旅に向かおうか」
その言葉に、リリーは少しだけ目を見開く。
冗談めかした口調は、いつもと変わらない。その優しさが嬉しくて、思わず頬が熱くなった。
「うん!」
彼女は迷わず、その手を取った。
——————
二人は、連合国の検問目前までたどり着く。
近くで激しい戦闘が行われていたとは思えないほど、不気味な静寂が辺りを支配していた。
オスカーは岩陰から単眼鏡を構え、検問を観察する。施設に異常はない。
だが、その静けさだけが妙だった。
「……あそこが検問か」
人影は見当たらない。岩陰も、不自然なほど静まり返っている。
胸騒ぎを押し込みながら操縦桿を握り直し、短く告げた。
「行くぞ」
「うん」
機体が地面を蹴り、空へ躍り出た――その瞬間だった。
雲を突き破るように、一機の戦闘機が真上から急降下する。
「これで最後だ!」
低く響く声。
漆黒の機体を操るクロだった。
光の矢の如く真っ直ぐこちらに向かってくる機体に、オスカーは咄嗟に機体をひねる。衝撃が機体を揺らし、空気そのものが震えた。
その一撃を合図に、止まっていた戦場の時間が再び動き始める。岩陰や峡谷に潜んでいた帝国軍部隊が一斉に姿を現し、攻撃を開始した。
しかし同時に、後方から連合国軍戦艦の砲撃が飛来する。
「オスカー!ここは我々が引き受ける。先に彼女を!」
艦長の通信が響く。だが敵機の猛攻で進路は塞がれ、突破する隙がない。
その時、一筋の光がクロの横をかすめた。
「こいつの相手は俺がするよ!」
カイル機が飛び込み、クロへ銃弾を浴びせる。
「気をつけろよ」
オスカーは短く忠告し、その隙を突いて突破を図る。
しかし、その前へ今度はリゼが躍り出た。
「ここから先は……行かせないよぉぉぉぉ!!」
悲鳴にも似た叫びとともに、機体が一直線にこちらに向かってくる。
オスカーは寸前で操縦桿を切り、紙一重でその一撃をかわした。互いに急旋回。峡谷の岩壁すれすれを飛び抜け、機首を返しては再び激突する。どちらも一歩も譲らない。オスカーが放ったビームはリゼ機をかすめ、岩肌を大きく削り取った。砕けた岩片が雨のように降り注ぐ中、リゼは巧みに機体を滑らせ、その隙を縫うように反撃へ転じる。
「まだまだぁっ!」
連続して放たれる攻撃がオスカーを追い詰める。コックピットが激しく揺れ、警告音が短く鳴り響く。それでもオスカーが冷静さを失わなかったのは、後ろに守るべき存在がいたからだ。崖の起伏や地形を巧みに利用し攻撃をかわし続ける。
だが、互いに決定打を許さぬまま、激戦はさらに熱を帯びていった。
——————
後方では、カイルとクロの戦いも激化していた。
しかし、その実力はクロが一枚上手だった。
「副隊長!」
リオンの叫びが通信に響く。
「心配するな……」
致命傷ではない。だが、損傷は深刻だった。
やむなくカイルは戦艦への帰投を決断する。
クロは追撃に移ろうとして――ふと動きを止めた。
空気が震えている。
機体越しにも伝わる異様な振動。
「……地震?」
誰もが違和感に気づいた、その時だった。
——————
数秒前
幾度となく攻撃を仕掛けても、決定打には届かない。
リゼは歯を食いしばり、操縦桿を強く握りしめた。
「なんで……なんで落ちないのぉっ!」
狙い澄ました一撃も、渾身の突撃も、そのたびにオスカーはかわしていく。
焦りが胸の内で膨れ上がり、少しずつ冷静さを奪っていった。
一方のオスカーにも余裕はない。
機体は限界に近く、長引けば不利なのは明らかだった。
「このままじゃ埒が明かない……」
短く息を吐き、覚悟を決める。この状況を打開するには、賭けに出るしかない。リゼが再び真正面から加速を始めたのを見て、オスカーは逃げるどころか機首を向けた。
互いの距離が一気に縮まっていく。
常識なら回避を選ぶ場面。
それでもオスカーは操縦桿を緩めず、一直線に前を見据えた。
「はぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!」
リゼが雄叫びを上げながら特攻を仕掛ける。
「行くぞ!!」
二機が交差しようとした、その瞬間――
グオオオオオオオオオオオッ
轟音とともに、峡谷の崖が内側から爆ぜた。
岩盤が砕け散り、巨大な怪物が口を開け飛び出してきた。
その鳴き声だけで衝撃波が生まれ、オスカー機もリゼ機も木の葉のように吹き飛ばされた。そのままその怪物は大きく空へ舞い上がり、けたたましい着地音とともに地面へ降り立った。
グオオオオオオオオオオオッ
凄まじい咆哮が戦場全体を揺らした。
そこに現れたのは、全身を黒紫色の硬質な鱗で覆う生き物。大きな翼を広げて、鋭い爪は光っていた。身体の周囲では、淡く輝く粒子が星屑のように舞っている。誰もが息を呑んだ。
そして、その場にいた人々は同じことを思っただろう。
――色だ。
色を失った世界で、そのドラゴンだけが確かな色彩をまとっていた。
常識を覆す存在を前に、敵も味方も武器を向けることすら忘れ、ただ立ち尽くす。
戦場は、一瞬にして静寂へ包まれた。




