第7話 谷底で
ぽたり、と水滴の落ちる音。
リリーが目を開けると、そこは薄暗い洞窟だった。
「気がついたか」
俺は安堵の息をつく。
「……ごめんなさい」
ゆっくりと起き上がり叱られる前に、彼女は頭を下げた。
「勝手に外へ出るな。戦場だぞ」
「はい……」
素直な返事に、それ以上責める気は失せた。
「ここはどこ?」
「分からん。谷底の洞窟らしい。墜落した衝撃でここまで滑り落ちてきたみたいだ。」
機体は谷底へ墜落した衝撃で各所に不具合を起こし、計器類の多くが沈黙していた。操縦席の表示もほとんど消え、今すぐ飛び立てる状態ではない。
「……すぐには動かせないな」
俺は計器を確認しながら小さく息をついた。
「心配するな。
制御系が安全装置で停止しているだけだ。無理に動かすより、復旧を待った方がいい。幸いにも救難信号は生きてる。きっと仲間たちが探しに来てくれるさ」
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その頃。
連合国軍は周辺一帯を警戒しながら捜索を続けていた。艦長は険しい顔で地図を見つめる。すると乗組員の一人が言いづらそうに申し出た。
「艦長。やはり捜索は後回しの方が……近くに帝国軍もいますし」
すると艦長は、彼を見て安心させるようにきっぱりと伝えた。
「大丈夫だ。帝国軍も焦っているはずだ。この状況は向こうにとっても想定外だからな」
予想は当たっていた。
帝国軍旗艦。
上官は机を叩き、部下たちを怒鳴る。
「必ず女を探し出せ!命令だ!」
その声には、苛立ちだけでなく焦燥も滲んでいた。
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静寂だけが支配する洞窟。
不安そうなリリーを見て、俺はぽつりと昔話を始めた。
「昔、任務中に死にかけたことがあったんだ」
操縦技術には絶対の自信があった。
だから油断した。
撤退する敵を深追いし、気づけば逆に包囲されていた。
機体は穴だらけになりながらも味方陣地へ帰還。そこで力尽き、三日間眠り続けた。
「目が覚めたら、ソフィーが大泣きでな」
「俺の顔を見るなり泣き崩れて。あんな姿は後にも先にも一度きりだった」
少し笑う。
「妻も泣くのをこらえてた。あの時ようやく、自分がどれだけ心配をかけたか理解した」
話を聞き終えたリリーは、小さくうなずく。
「だから、私の護衛も最初は断ったんだね」
「——あぁ」
沈黙が落ちる。
空気を変えようと、俺は立ち上がった。
「確か、機体内に非常食があったはずだ」
その拍子に。
カチャン。
機体の鍵がズボンのポケットから滑り落ちた。小石だらけの地面へ転がり、闇に消える。
「最悪だ……」
しゃがみ込んで探していると、リリーが静かに言った。
「ちょっと待ってて」
そういうと、彼女は静かに立ち上がり、そっと自分の両手を握りしめる。
次の瞬間。
小さく輝きを放ちながら掌の上に、結晶が現れた。
柔らかな輝きを放つそれは、彩晶に似ていた。
リリーはしゃがみ込み、その光で足元を照らした。
そして、落ちた鍵を浮かび上がらせ、オスカーに鍵を渡した。
「はい」
俺はリリーの手から鍵を受け取った。
息をのむ俺に、リリーは少し寂しそうに微笑んだ。
「……これが、私が帝国軍に追われている理由」
洞窟の暗闇の中、リリーの掌の上だけは淡い光を宿していた。
俺はその淡い輝きから目を離せなかった。
帝国軍が血眼になって追う理由が、ようやく分かった気がした。




