第84話「それぞれの支度」
バズロアの街。
敷き詰められた石畳を陽光が照らしている。
“門”の封印から三日経ち、街にも少しずつ人が戻りつつあった。
リンドに買い物に付き合うようお願いされ、俺とリンドは並んでバズロアの路地裏を歩いている。
俺の隣を、紙袋を抱えたリンドが軽い足取りで石畳を鳴らして歩く。心なしか、浮かれた顔をしているようにも見える。
「雑貨屋、開けてあってよかったな」
「はい! なんでも商品が心配だから、近くに避難して、すぐに戻ってこられたんだそうです」
こちらを見上げながら答えるリンドの声は明るい。
「ところで、なにを買ったんだ?」
「えへへ……紙と、羽根ペンとインクと……」
「色々買ったんだな」
リンドが照れるようにはにかむと、アノンがリンドの紙袋から顔を出した。
「おれも、“かいもの”してみたい」
「ふふ。アノンさんがお客さんで来たら、お店の人が驚いちゃいますね」
リンドの答えにアノンが不服そうに、頭を振った。
他愛のない話をしながら街並を歩く。
バズロア図書館の正門が見えてくる。
立ち並ぶ尖塔を見ながら、リンドが言った。
「バズロア図書館には、本の内容を問わず、あらゆる本が集められるそうです。子どもが読む絵本から、娯楽のための小説、学術書に歴史書……」
「それはとんでもない規模だなぁ」
「ロア様は図書館の棚が幾らあっても足りないって笑ってました」
からからと笑うロアの顔が浮かぶ。
「ロア様は小説も沢山読んでらっしゃるんです。それに歴史に名高い西方の大小説家、トルスバルに読み書きを教えたのは自分だっておっしゃってて」
リンドがくすくすと笑う。
「多分、本当なのがすごいところだな」
二人で笑いあったあと、リンドがふと息をついた。
「わたし、本を書きたいと思います」
「本? 作家になりたいのか?」
俺の言葉に、リンドは頬を少し赤らめた。
「はい……なれたらいいなって」
「そうか。リンドは物知りだし、読書家だからな」
アノンも紙袋から顔を出したまま頷いた。
「きっとなれるよ」
「ああ、なれる」
俺達が二人して言い切ると、リンドは吹き出すように笑った。
笑いを収めたリンドが、立ち止まってこちらへ向き直る。
「なので、しばらくの間、バズロア図書館で下働きをさせてもらいながら、ロア様の元で勉強させてもらうことにしました」
リンドの瞳がまっすぐに未来を見据えている。
「そうか──」
「メノスの旅は、どれくらいかかりそうですか?」
「さっぱりわからない」
俺の答えにリンドが苦笑する。
「ですよね──」
リンドが言葉を継ぐ。
「だからです。ここにいれば、ユキオさんが帰って来た時、真っ先に出迎えに行けますから」
そう言って笑うリンドを温かな陽光が照らしている。
「戻ったら、真っ先に知らせてくださいね」
「ああ。約束するよ」
再び並んでバズロア図書館への道を、できるだけゆっくりと歩いた。
◆
メノスへの出立を翌日に控え、自室にいたところを酒瓶とつまみを抱えたシェルダとノルが訪ねてきた。
ノルは、テキパキと酒盛りの支度を進め、シェルダは無言で腰掛けて、手酌で酒杯を満たしている。
既に他で飲んでいたらしく、二人の頬は仄かに赤く染まっている。
「それで、お前は──明日発つんだよな?」
シェルダがテーブルの向かいで、杯を片手に俺に問いかけた。
「ああ、昼にそう言ったろ?」
「そうじゃない! いや、そうなんだが、違う!」
何が言いたいのかさっぱりわからない。
ため息をついたノルが、手に持っていた杯を一息に飲み干して、口を開いた。
「前もって、わたし達に相談したり、予定を伝えておくとかしても良かったじゃないですかって、話です!」
「それだ」
シェルダがノルを指差す。
「大体、門の封印からこっち、私達が報告だの、ロア殿との協議だので忙しくしてるなか、『明日行くから』だと? 隣村にお使いに行くわけじゃないんだぞ!」
「そうですよ! 今度ばかりは、ついていくこともできないからこっちは気を揉んでるのに、相談もなく勝手に決めて──こっちの都合も考えてください!」
珍しくノルも出来上がっている。
「いや、二人とも忙しそうだったしさぁ……」
「そういう問題じゃない!」
二人がかりで叱られ、小さくなるしかない。
──アノン。出て来てくれ。
心の中でアノンに助けをもとめるが、アノンからの返事はない。
──逃げたな。
薄情な相棒への恨みが募る。
「おい、聞いてるのか?」
「ああ。聞いてるよ……」
あてがわれた杯に注がれた液体を啜るが、味もしない。つまみに手を伸ばすと、横から皿ごとノルにさらわれた。
「ちゃんとこっちの言ってることがわかるまで、あげません」
「えぇぇ……」
縮こまる俺への説教が続く。
「大体、初めて会ったときからそうだ! 強いからって、好き勝手に行動して……」
「こっちが、心配したり気を張ったりするのが馬鹿みたいじゃないですか!」
「いやいや、俺だって、好き勝手してるわけでは……」
「うるさい!」
すみません──と、呟き更に縮こまる。
しばらく二人の俺への苦情が続く。
迷いの森。
フェニルド。
龍との出会い。
ミディガル城への潜入と封印の奪取。
キトニア民の奪還とスタンピード。
段々と懐かしく感じながら、話に耳を傾ける。
杯を重ねながら話し続けていた二人の語気が徐々に落ち着き、一瞬の静寂が部屋に流れた。
「──だからな。ユキオ」
シェルダが杯をじっと見る。
「お前は強い──でもな、私達に、心配くらいはさせろ」
「ええ。わけがわからなくて、強くて、助けてくれて──私達、強さでは貴方の足下にも及ばないかもしれないけど……仲間です。遠いところに旅立つ仲間を──ちゃんと送り出させてください」
二人の言葉をかみしめるように、杯を傾けた。
「ありがとう──」
その先が言葉にならない。
ノルがすっと、つまみの入った皿を差し出した。
「私達がいないからって、無茶しちゃダメですよ」
シェルダが俺に葡萄酒を注ぐ。
「無事に帰ってこないと承知しないからな」
「ああ……ありがとう」
注がれた葡萄酒に口をつける。
酸味と渋みの奥に薫る芳醇な葡萄のコクと滋味──酔えなくなったことが、とても寂しく思えた。




