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【完結】悠々異世界漫遊譚 〜引退してもいいですか? そうして始まった旅路は、世界の根幹に触れる〜  作者: かたか那由他
第7章

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第83話「やくそく」

 メノスへ至る“門”。


 空間に裂け目が生じ、向こう側の風景が俺には見えている。


 封印の土台である幾何学模様の術式が仄かに光り、それに組み込まれたデニスの結界が、時計の歯車のように回転している。


 ロアとともに、シェルダ、ノル、リンドの三人が、サガンの横に膝をついた俺の元へと近づいてきた。


「ユキオ……」


 ロアが静かに俺の名前を呼ぶ。


「少しだけ、話させてほしい」


「……わかった。わしらは封印の準備にかかる」


 ロアが目を伏せて、踵を返した。


 二つ結びにした、栗色の髪が揺れる。


「…………私に、話すことなどは……ない」


 サガンが天を仰いだまま、無表情で呟いた。


 赤い瞳は、虚空を見つめ、感情はうかがいしれない。


「じゃあ、聞いてくれ」


「……」


 肩口で、アノンがじっとサガンを見つめている。


「俺達は、メノスへ入る」


 サガンの目がピクリと動く。


「……! そんな……バカな……!」


 ミシミシと音を立てながら、サガンが首を捻り、俺の顔を見る。


「本気だ」


「……メノスで……何を……」


 アノンが肩口から離れ、ゆっくりとサガンの前に移動する。


「あいにいく」


「世迷言を! “枝”がメノスへ……あの方の元へなど……行けるはずがない!」


 サガンが表情を歪め、ミシミシと音を立てる。


「ユキオがいる」


 アノンが俺を見た。


 サガンの視線が俺に向く。


「来訪者……世界の埒外……」


 俺を見ながら、サガンが言葉を継ぐ。


「お前には……あれが……メノスが見えているのか……?」


 俺はゆっくりと息を吐き、頷いた。


「ああ。見えている。ここと変わらない風景が」


「……」


 サガンが再び天を仰いだ。


「“枝”の顕現……来訪者は……言わば……触媒か……」


 呆然とサガンは呟く。


「あんたは、“蜥蜴”をどうしたかったんだ?」


 俺の問いに、サガンは眉間に皺を寄せた。


「その名で“あの方”を呼ぶな……それはルヴァニアの者が、そう呼んだだけであって、あの方の名前ではない。生なき世界で、永遠に一人……誰があの方に名をつけられよう」


 ルヴァニアと重なり合いながらも、触れられない、神樹の根の張る世界。


 メノスに一人あり続けること、想像もつかない。


「……私は、その檻を壊すつもりだった。瘴気の内に生まれた自我。瘴気であるにも関わらずメノスに還ることもなく、ルヴァニアにただ“ある”だけ……」


 話すにつれ、サガンの体は端から色を失い、ほどけるように崩れていく。


「いつしか、メノスにあの方がいることに気付いた……。私と同じ……世界の悪戯で生まれた、哀れな自我……。だから、私は……私は……」


 更にサガンの体の崩壊が続く。


「ユキオさん」


 背後にリンド達が立っていた。


「封印の準備が整いました」


 その言葉に無言で頷く。


 アノンが何かを言いたげに、首を傾げる。


「……お前たちの“裏口”はちゃんと用意する。安心しろ」


 シェルダがアノンを見て言った。


「ありがとう」


 アノンが葉を揺らしながら頭を下げる。


「……本気なのだな……」


 サガンがぼそりと呟いた。既に崩壊は胸元まで迫っている。


「会ってどうなるかは、わからないけどな」


 俺の言葉にサガンがわずかに目を細めた。


「……何か伝えとくことがあれば、伝言くらいは請け負う」


 俺の言葉にサガンの口元が歪む。


「いや……無用だ……」


「本当に……いいのか?」


 サガンの顔の亀裂がピシリときしんだ。


「絶望し……世界を壊すことで、ほんのひととき、己の満足を得ようとした……。あの方がそれを望むかどうかも知らずに……そんな“もの”が……なにをいえる……」


「……わかった。じゃあ、これは俺のわがままだ。俺は話す──“この世界からあんたを連れ出そうと考え続けた、あんたを思い続けた存在がいた”ってな」


 サガンの頭部まで亀裂が走り、ゆっくりと灰のように散っていく。


 赤い目が、虚空より更に遠くを見ながら、ゆっくりと目を細めた気がした──。


 崩れ、空中に散ったその行き先はわからない。


 ただ、最後の一欠片が、門の向こう側へとゆっくり漂っていくのが見えた。


 ……


「では、始めるぞ」


 “門”を囲むように、リンド、シェルダ、ノルの三人が立つ。


 封印の土台は、幾何学模様で形成された正三角形へと姿を変えている。


 その頂点へと三人が立ち、胸の前で手を握り合わせている。


 目に見えない“枝”に、三人が思いを乗せる。


 “枝”を感知できるようになったせいだろう。目を閉じると、三人の気配が混じり合ったあいまいな状態で、封印の土台の中にいるように思える。


 どこからともなく、静かな鐘が鳴るような音が聞こえ、封印の土台の青白い光が立ち昇っていく。


 光の上昇に従い、幾何学模様の方陣が幾重にも重なり合いながら、積み上がっていく。


 “門”の先端まで積み上がったところで、方陣がそれぞれに回転を始め、形を更に変えていく。


「ユキオ」


 それまで、目を閉じていたロアが俺を呼ぶ。


「封印のそばへ」


 ロアが示した先、門の正面、封印の前に立つと幾何学模様の方陣が回転し、四角の枠が目の前にできた。


「両手をそこへ」


 言われるがまま、両手を枠へと収める。


 触れた瞬間、俺の掌を通して光の粒が体へと入ってくる。


 目を閉じる。


 枝の広がる空間。


 リンドが少し心配そうにしながらも、無事を祈っている。


 シェルダが俺の胸に拳を軽く当てる。


 ノルが俺に微笑みかけて、優しく頬に手をそえた。


 促されるように、目を開ける。


 そこには青白い幾何学模様の大樹ができていた。


「封印──完了じゃ」


 ロアが息をつく。


 三人が三角形の頂点で、膝をつき、大きく息をついていた。


「お疲れ様」


 リンドの元へ行き、手を差し出す。


 その手を見上げるリンドが、少し泣きそうな顔をしてから、胸に手を当て息をついた。


 俺の手をとり、立ち上がる。


「ほっとしたら……なんだか……」


 言葉に詰まったリンドの頭に手を置いた。


「リンドのおかげだ。龍も誇りに思うとおもうよ」


「……はい」


 リンドが目尻をそっと拭った。


 ノルとシェルダが近付いてくる。


「大仕事だったな」


 俺の言葉にシェルダが頭を掻く。


「リンドとノルにかなり助けられた。やっぱり私は剣を振ってる方が性にあってる」


 シェルダが自嘲気味に言うのを見ながら、ノルが苦笑する。


「まさか、こんな経験をすることになるとは思ってもみませんでしたし、無理もないですね」


「まったくだ。こいつに捕まったのが運の尽きだった」


 肩を竦めたシェルダを見てリンドがくすくすと笑った。


 ロアが注目を集めるように手を打った。


「さて、地上に漏れ出たドラゴンの対処も終わっておるようじゃ。後のことはまた考えるとして、今日のところは戻るとしよう。──お主らも準備があろう。“あちら”に行くのは、しばらく体を休めてからにせい」


 俺とアノンは顔を見合わせて頷いた。


 ロアが満足気に頷くと、俺達は光に包まれ、宙へと浮かび上がった。


 徐々に速度を増し、封印の大樹が遠くなっていく。


 上を見ると、丸く切り取られた空。


 雲は晴れ、陽光が覗く。


 眩しい光に目を細める俺の頬にアノンがそっと手を置いた──。

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