第81話「援護のかたち」
門を囲む幾何学模様の封印から、波紋のように魔力の帯が広がる。
『──芽吹け』
ミエラの涼やかな、凛とした声が響き渡り、洞窟の岩だらけの地面を草が覆い、広がっていく。
吐き出されたドラゴンの炎が、草を焼き、それをさらに草々が覆っていく。
数え切れないほどの木の芽が地面から吹き出し、凄まじい速度で成長していく。
アノンも、成長を続ける木の幹を不思議そうに見上げている。
「いったい何をした──!」
唱えていた呪詛を中断したサガンの声が響き、その姿は埋め尽くされた木々に隠れ、見えなくなった。
ノルに連れられ足を踏み入れた惑いの森。突然そこに連れ戻されたような森の風景に体の痛みも忘れ、呆然と立ち上がった。
苔むした岩のしっとりと湿りを帯びた匂いすら立ち上ってくるような気がする。
ミエラの声が響く。
『間に合ってよかった──』
「ミエラさん……これは……」
『エルフの森の木々の魔力を用いた幻影です。サガンが貴方の魔力を感知するのを妨げてくれるでしょう──』
──まぼろし? これが?
大樹と化した木の幹に手を触れると、体を包む自動回復の光が強くなった。
『その木々は、魔力の塊のようなもの。魔力を糧に戦う貴方の力になってくれるでしょう』
「ああ、今凄く助かってる」
幹から手を通して魔力が流れ込み、自動回復の効果を強化して、体を癒していく。
『今のサガンは瘴気により体がつくられている──。あちらからでは、貴方の居場所は木々によって探りにくいでしょう。ですが、貴方からなら──』
ミエラの言葉に頷く。
周囲を包む魔力の中、空洞ができているかのようにサガンの居場所がわかる。そして、黒いドラゴンの居場所も。
『ですが、あまり悠長にはしていられません。サガンもすぐに気づくでしょう』
瘴気は魔力で打ち消すことができる。逆もまた然り──。
「わかった。ミエラさん。ありがとう」
アノンが肩に戻り、俺は棒を握り直す。
体を包んでいた自動回復の光は既に弱くなり、回復が間もなく完了する。
サガンのいる方向から、木々をなぎ倒したような激しい音が響き、瘴気と魔力が反応する気配が感じられた。
棒を握った手に力を込める俺の頭に、ミエラの声が響く。
『ユキオさん。貴方にお約束した、住まいですが、フェニルドでも指折りの素敵な住まいが用意してあります。必ず、見に来てくださいね?』
ミエラの穏やかに微笑む様子が頭に浮かび、肩にこもった力が少し抜ける。
「そりゃあ、急いで見に戻らないといけないな」
苦笑しながら、アノンと顔を見合わせると、アノンが肯定するようにパタパタと手を振った。
『ええ。里のもの皆で無事の帰りを祈ってますよ』
ミエラの言葉に頷いて、音のした方へと向き直った。
「よし、行くぞ」
「どらごんはどうする?」
アノンの問いに俺が答える前に、シェルダの声が頭に響いた。
『やはり、見ているだけは性に合わん。おまけの方は私にまかせてもらう』
『もう、仕方ない人ですね……。そういうことですから、ユキオさんはサガンを頼みますね! リンドは──』
『わたしもいきます!』
「おいおい……」
ノルとリンドまで会話に参加し、口を挟む隙もない。
『ええい、お転婆どもめ! ユキオ! こっちはわしもついとる。お主はサガンに集中せい』
慌てるロアの言葉に苦笑しながらため息をつく。
「全く、俺はそんなに頼りないかな……」
アノンが俺の頬を軽く叩いた。
「だまってみてるだけは、つらいからな」
「確かにな──じゃあ、俺達は俺達できっちりやらないとな」
アノンが頭部の葉を揺らして大きく頷いた。
◆
地底へと向かい、降下する中、ローブの裾をたくし上げて結び、収納空間魔法から愛用の剣を取り出す。
「のう、シェルダ。わしに任せる気はないか?」
ロアの言葉に頭を振る。
「先程、噴き出した瘴気は地上に漏れ出てドラゴンとなり、司書達はそれと戦っていて──ロア殿はそちらも、ここから援護しておられる。違うか」
ロアが口を尖らせて、息をつく。
「わしとしては、お主らに無茶をさせたくないのだがのぉ……」
腕組みして目を伏せたロアに小さく頭を下げる。
「お前達まで付き合うことないんだぞ」
細剣を手に持ったノルに言う。
「わかっているでしょう? 貴女だけに行かせるわけにはいきません」
「そうですよ、シェルダさん」
ノルの言葉に、リンドが頷く。
ロアの魔法で上空に浮かび、状況を見ていた。
初めて見た、ユキオの危機。
ミエラ殿の支援により、その危機はひとまず脱したものの、二対一の構図は変わらない。
「全く、サガン相手ではないとはいえ、あの黒いドラゴンも強敵じゃぞ。わざわざ危険に飛びこむなど……」
ロアがぶつぶつと言いながらも、私達を地上へと向かわせてくれる。
「はぁ……無茶と無謀は若さの特権かのぉ」
あどけない少女の表情でそう呟くのを見て、つい笑みが浮かぶ。
「そういうことにしておいていただきたい」
森と化した空洞。ドラゴンの周りは、吹き出された瘴気の炎で対消滅したのか、元の地面へと戻っている。
そこへ降り立ち、剣を構える。
黒いドラゴンが私達に気付いて、顔を向けた。
「補助を頼む」
そう言い残して、ドラゴンの方へと踏み出す。
後を追うように、私の体をロアの補助魔法が包んだ。足が軽く、手には力が漲る。
体には、“枝”を通してノルとリンドと繋がった感覚がのこっている。不安と心配、そしてほんの少しの興奮と大きな期待。
今も流れてくる二人の感情に後押しされるように、間合いを詰める。
口から炎を漏らしたドラゴンが、ブレスの構えをとる。
──遅い。
瞬時に方向を変えて踏み込む。
ドラゴンは方向転換を追いきれない。振り上げた前腕を掻い潜り、胴体へ。狙うは肋骨と腹直の間。
切り返した勢いそのままに、剣を突き立てる。
鱗を切り裂いた切っ先は厚い皮へと至り、硬い肉の手応えに、そしてぶつん──と、膜を突き破る感触が掌に返ってきた。
──ここだ。
魔力を高め、掌を通して、剣へと伸ばし、刃から体内へと轟炎を放つ。
ドラゴンが悲鳴を上げて立ち上がった。
引き抜かれた傷跡からは、血の代わりに青白い炎が漏れ出る。
弾き飛ばされた私を、ドラゴンの前肢が狙う。
次の瞬間──燐光が私の周囲に集まり、振るわれたドラゴンの爪を受け止めた。
リンドの私を守ろうとする意思、ドラゴンが振り被る瞬間には私はそれを感じ、任せきっていた。
そして、ノルが風を起こして私の体勢を整え、衝撃一つなく着地させる。
煙を上げながら、ドラゴンが吠える。
ガチガチとドラゴンがブレスの準備に入るのを見て私は再度ドラゴンの方へと踏み込む。
ドラゴンが大きく息を吸い──動きを止めた。
ドラゴンの頭部をリンドの燐光が覆い、その呼吸を止めている。ため込み、吐き出されるはずのブレスの炎が自らを焼きはじめる。
悶えるドラゴンが体を起こした。
先程、体内に炎を流し込み、コアの位置を特定した。
胸部。心臓の位置。
ノルの放った風がコアへと踏み込む私の背中を押す。
──今です!
ノルの思いを受けて、踏み込んだ瞬間、ノルが私に当たらぬよう正確に放った二筋の風が刃となって、ドラゴンの胸部をバツ字に切りつけ、私はその交差する点へと剣を突き立てる。
肉を裂く感触、反射的に締め付けてくる筋肉に抗い、柄に力を込める。
風が手を覆うように流れた気がした。
「おおおぉぉぉっ!」
四肢に力を込めて、突き上げる。
剣先が塊へと至ったことが、鋼を通して掌へと伝えられる。柄を握り込み魔力を発すると、ドラゴンは大きく身震いして、その動きを止めた──。
倒れ込むドラゴンの巨体を避けるように、つつみ込まれた光に引き戻される。
「ロア殿、礼を言う」
転がるように、ドラゴンの元から退き、ロアの顔を見上げた。
「見事というか、なんというか……まったく……ユキオと旅をしてきただけあるわい」
呆れたようにため息をつくロアの言葉に、駆け寄ってきたノルとリンドが笑みを零す。
──さぁ、次はお前の番だ。
木々の向こう、サガンと対峙しているであろうユキオを見て、私は呟いた。




