第71話「司書長の闇」
図書館入口の広場には、幾何学模様の結界が広がり、その中央で俺達は、茨に体を拘束されている。
すんでのところで、かけられたロアの魔法により、痛みはないが、そうやすやすと身動きはとれそうにない。
「リンド! 二人も大丈夫か?」
首を捻り背後のリンド達に声をかける。
「……動けませんけど……大丈夫です」
「これのおかげだろうが……」
シェルダが体を覆う光に目をやる。
「普通の茨ではありません……まるで生き物のよう……」
ノルの声にも焦りが滲む。
慌てる俺達に反して、俺の前で同じく茨に囚われているロアは声一つあげず、表情もここからは見えない。
「ふん、咄嗟に魔法で防御しているようだが、この茨は魔力を奪い去る。常人なら十分もあれば命へ届く……時間の問題よ」
勝ち誇った様子の男が広場の中央へと歩を進め、ロアを見下ろした。
「歴代館長の『生まれ変わり』など、ただの方便……『司書がバズロアの生まれ変わりだと認めた』者が、バズロアとなるだけよ」
男を見あげてロアが問う。
「お主、確かローウィンじゃったな? サガンがそう言うたか」
ローウィンと呼ばれた男は、一瞬眉をひそめる。
「ふん、俺の名前まで……よく教え込まれている」
苦々しげにそう呟いて、言葉を続ける。
「まぁいい──。そう、サガン司書長こそ、館を支配していた古臭い因習と傍観主義を取りはらい、バズロアを新たな地位、まだ見ぬ地平へと導かれる真の教導者なのだ!」
どこか熱にうかされたようにローウィンは語っている。
「ノベリーが何を吹き込んで、お前を育てたのかは知らんが、我々司書が認めていない『館長の生まれ変わり』役の餓鬼など、今のバズロアには不要なのだ!」
言い切ったローウィンは、黙って目を伏せたロアの様子を見て、満足気に振り返った。
配下に向かい、声をかけようとしたその時、ロアが大きな溜息をついた。
「嘆かわしいのぉ……」
そう呟いた瞬間、広場の結界が、色と形をみるみるうちに変えていく。
「な……! 何を──っ」
ローウィンが全てを言い終わらぬうちに、俺たちを捕らえていた茨と同じ茨が、取り囲む司書達の体を一瞬にして捕らえる。抵抗しようとした司書達の手からは力が抜け、剣や杖を持ち続けることもかなわない。
気付けば俺達に巻き付いていた茨の束は枯れ果てており、身震いするまでもなくボロボロと地面に崩れ落ちていく。
「禁術という、此方にあって埒外に至りかねん術を散々見ておりながら、己の狭い常識にこの世界を当てはめようなど──」
茨から逃れたロアの背中はどこか悲しげに見える。
「この術は、禁術として封印庫の奥深く沈めてあった術。知ってのとおり結界内に魔力を奪う茨を召喚し拘束するものじゃ」
自由となったロアが捕らえられたローウィンの元へと近づいていく。
「これを編み出した魔術師は、これを戦に用いて、数多の敵の命を奪った。しかし、その魔術師の命もまた、この術により失われたんじゃよ」
リンドが小さく息を飲んだ。
「古代のある都市の防衛戦。焦った術者のほんの小さな綻びにより、術は暴走し術者を含めた戦場の全てを茨と死体の海に変えた」
ロアの声が広場に静かに響く。
「バズロアのあり様の一つは、そのような悲劇を繰り返さぬよう管理すること。そして、万が一起こった際に対応する術を知ること」
「そんな……馬鹿なっ……馬鹿なことが──」
ローウィンの目は泳ぎ、言葉は喉から容易に出てこない。
「そのために、わしがおるんじゃよ。過去を知り抜いた埒外の賢者、バズロアがな──。命はとらぬように調整してある。しばらくそこで大人しくしておけ」
ロアの言葉が耳に入っているのか、ローウィンは力なく俯き、うわ言のように何かを呟いている。
「さぁ、行くぞい」
階段を登るロアに続き、扉を開けて館内へと足を踏み入れた。
薄暗い屋内にはひんやりとした空気が流れ、少し黴っぽい古い書物の匂いに満ちている。
その図書館内をロアは一分の迷いもなく無言で歩いていく。
その背中を見ながら、先ほどからの疑念を口にする。
「なぁ、ロア。俺達の協力なんて、いらなかったんじゃないか?」
俺の言葉に、シェルダやノルも頷く。
「さっきも言うたが、お主らの出番は後じゃよ」
後と言うが、司書達を一瞬で制し、後は司書長を抑えるだけ。先ほどの実力があれば、いかに司書長と言えど──。
そんな俺の思考を先回りするように、ロアは言葉を続ける。
「──サガンはわしが死んですぐに、絡め手ではあるが、ミディガルの『門』を狙った」
シェルダの視線が、ロアの背中に注がれる。
「バズロア図書館の地位を上げ、世界に覇を唱えるような、世俗の利益を求めるのならば、『門』に触れる理由なぞない」
「『門』が開けば世界が滅びる……」
シェルダが、いつか俺にも話してくれた『門』の伝承を呟く。
「うむ──おそらく、サガンは何か別のことを企んどる」
そこまで話し、角を曲がったところで、壁を背に座り込む人影が目に入る。
「ノベリー様!」
ノルが駆け寄って、体に手をやる。
ノベリーは腹部を抑えて細く息を吐いた。乱れた髪が一筋、脂汗の浮かぶ額に張り付いている。
「……申し訳ありません。しくじりました」
落ち着いた声だが、普段の声の張りはない。
ロアがノベリーの元にしゃがみ込み、肩に手を当てると、白い光がノベリーの体を包む。
「ちゃんとした治療は後じゃ──サガンじゃな?」
ロアの問いに、幾分呼吸が楽になったノベリーが頷いた。
「サガンはそこです」
ノベリーが指差した先には、地下へと向かう階段があった。
薄暗い図書館の建物の中、より暗い闇をたたえた空井戸のように、地下への入口がぽっかりと口を開けていた。




