第6話「結界と棒占い」
牢に寝転んで一眠り、窓から差し込む暖かな日の光と爽やかな木々の香りにうとうとと微睡んでいると、腹の虫に起こされた。
「腹減ったな……」
体を起こして、座り直す。
「なあ、腹減らないか?」
シェルダは壁にもたれて、腕を組んでいる。
「食事はまだだろうな」
チラリとこちらを見て返事をする。無愛想だが、大分慣れてきてる気がするな。
「ちょっと小腹すいたんだよな……。よっと」
目の前に出した空間収納魔法の穴に手を突っ込み、水を蓄えた瓶と干し肉の入った袋を取り出した。
「お前も食べるか?」
干し肉を一切れ差し出した。
「待て……、お前……、今魔法使ったか?」
「ん、まぁ」
目を見開くシェルダに返事をする。
「魔法封じのバングルはどうした!?」
「ん?つけてるよ」
口に干し肉を含みながらバングルを見せる。
「エルフ銀の魔法封じだぞ!大魔導士の魔法すら封じることのできる代物だ。魔法が使えるわけがない!」
口に含んだ干し肉を飲み下して答える。
「俺、この手のやつ効果ないんだよね」
レベル63になった時だったか、状態異常無効のスキルをゲットしてから、毒をはじめとする身体に悪影響を及ぼすあらゆる異常が効かなくなった。
傷みかけた食品でも、毒を含んだバジリスクの肉でも気にせず食べられるありがたいスキルだ。
「わけがわからない……」
シェルダは魔法を試して、使えないことを確認するとぽそりとつぶやいた。
まぁ、転移やレベルのことなど、詳しく説明するわけにもいかないし、俺にもわかってない部分もあるから、そういうものだと思ってもらうしかない。
改めて俺が差し出した干し肉を受け取ったシェルダは気を取り直すように話し始める。
「しかし……とんでもないのに目をつけてしまったものだな」
何のことだろう?
「私のことだ。まさかエルフの森の調査でこんなのに関わることになるとは……」
「何の調査だ?」
あ、という顔をしてシェルダが頭を振った。
「失言だ……話すわけにはいかない」
「まぁ、いいよ。俺も、こんなの呼ばわりの方が気になる」
「それは本心だな。わけがわからなすぎて、逆に落ち着いてきたくらいだ」
「まぁ、俺も自分が何者かなんて、わかるように説明できる気がしない。人間、ユキオでいい」
「本当に人間か?」
薄く苦笑いを含んでいる。
「少なくとも魔族じゃないね」
「間違いない。お前みたいな同胞がいてたまるか」
シェルダは苦々しげに言った。
「ところで、聞きたいんだけど、エルフの森や里には結界とか張ってあるんだよな」
「ああ、エルフの結界は里長が改良しながら維持されていると聞く」
「効果は?」
「木々の成長を助ける。モンスターの発生やその力を抑える。侵入者を検知する。エルフの感知能力を補助する。エルフ以外の空間把握能力を乱して惑わせる。あたりが表立って知られているところだな」
「よく調べてるな。調査目的というのは本当らしい」
「うるさい」
「悪い悪い。しかし、効果はともかく、整いすぎてる感じがするな」
「整いすぎてる?」
シェルダが訝しげな顔をする。
「うん。感覚だけどな。上手く説明できないんだけど、空気が綺麗すぎて隙がないというか……モンスターの出そうな気配すらない。こんな場所始めてだ」
「ふむ……」
シェルダは口に手を当て何事かを考えている。
「言えないと言ったそばから何だが…………他言無用で頼む」
シェルダは居住まいを少し正した。
「ああ」
「私はこのエルフの森に結界の調査をしに来た。いや、学びにきたというべきか」
「学びに?」
「魔族の今後のため、瘴気を制御しているエルフの結界が役に立たないか確認するためだ」
「ほう」
「このエルフの森や里にはモンスターが出ない。それは瘴気が一切ないからだ。お前が綺麗すぎる、と感じるのは、瘴気がないことを無意識に感じてるのかもしれない」
「瘴気ってあれだろ?自然に生じるやつで濃くなるとモンスターを凶悪に変異させたりするってやつ」
「雑な理解だが……まぁそうだ」
「お前が倒したというレッドドラゴン、ルジュアルスと呼称されていたあの個体は魔族領の山中に発生した瘴気溜まりで変異したと考えられている」
「まぁ、普通じゃなかったな」
確かにこれまで相手をしたドラゴンとはサイズや力も比にならない感じはした……かもしれない。
「それを難なく始末したというお前の方が普通じゃないが……まぁいい」
「私が知りたいのは、この地から生じるはずだった瘴気はどうなるのかだ。消え失せるのか、それとも外部へ流出しているのか……。そのあり様如何によっては……我々魔族の……助けになり得る」
シェルダの瞳に熱がこもる。なにやら使命を帯びているらしい。
「だったら、どうしてノルさんを襲ったりしたんだよ。隠れてやり過ごせば良かっただろうに」
「さっき言ったろう。結界がエルフの感知能力を助ける、と。エルフがあの距離でこちらに気付いていない。異常だ。結界に何かあるのか、それともあのエルフがおかしいのか。結界の作用の異常が分かれば、結界そのものに対する知識が得られる。そう思って捕らえることにしたんだ」
失敗だったがな。と自嘲気味にシェルダは付け加えた。
「よっぽど焦ってたんだな。普段ならそんなリスクは取らないだろ?」
俺がそう言うと、シェルダは眉をひそめて
「まぁな」
とだけ言った。
「話を戻すけど、瘴気って消せるものなのか?」
「いや、散らすことはあっても消すことはできない。ある魔族の研究者は瘴気もまた大気や水と同じようによどんだり、流れたりしながら世界を循環しているのではないかと言っている」
「ほう」
「私たちが普段使う魔力が、瘴気と属性の違いはあれど似た性質があり、元を同じくしてるのではないか、とも言っている」
へぇ、どの世界にも研究者ってのはいるんだな。
「じゃあ、瘴気をどこか別の所へ逃がしてる?」
「私もそう考えて、周辺をくまなく探ったが、それらしき痕跡はなかった。完璧に瘴気を森から無くしている」
「ふぅん……」
「何か言いたげだな」
シェルダが俺に水を向ける。
「俺はこの世界のことをよく知ってるわけではないけど、今の話聞いてると、ちょっと危うい感じするな」
「危うい?」
「一見して完璧なシステム──仕組みってのは完璧な分脆いんだよ。繊細なバランスで整ってる分、計算違い一つ、とか基礎が崩れると一気に機能不全に陥るんだよ」
「ふむ……」
シェルダは黙って聞いている。
「少し位『あそび』の部分がないと運用していく中でパキッといっちゃう」
「余裕や逃げ道がない構造は、一つの過ちで全体が崩壊する、と?」
「そうそう」
シェルダは何やら考えこんでいる。空気が自然と重くなる。
「まぁ、ここで考えても答えがでるものでもないからな」
「それはそうだが……」
研究者肌なのだろう、考え込むと長くなりそうだし、とり残される俺がヒマになる。
「まぁ、占いでもして、今の話が的を射てるか、ためしてみよう」
そう言って、収納魔法から「ちょうど良い棒」を取り出した。
「占い?何をする気だ?」
「まあ、見てな」
棒を床に立て、指先で頂点を押さえる。
棒のまわりの空気がゆらりと揺らめいた。




