第5話「内見した物件は格子窓」
いったいどうして……。不満とも怒りともつかない感情に胸が詰まる。
蔦の飾りが彫り込まれた扉の前に立っている。
大きく息を吐いて、気持ちを整えた後、扉に向かい声を上げる。
「ミーファの子、ノル。参りました」
名乗りを受けて、エルド老が音もなく扉を開けた。
奥には里長、ミエラ様がいる。
柔らかくウェーブのかかった金色の髪は太陽の光を受けて仄かに輝いているように見える。深い群青の瞳に見据えられると、その美しさと強い魔力に身震いがする。エルフの森を余すことなく見通す今代一の実力者がそこにはいた。
私は目を伏せつつミエラ様の前に進み、片膝をつき、頭を垂れた。
「ノル。よく戻りました。ご苦労でしたね」
「いえ……」
普段であれば、里長の次のお言葉を待つところなのだけど……。
「失礼ながら、お聞かせ願えますでしょうか」
意図せずして語気が強まったのを感じる。
それを受けてエルド老が一歩足を踏み出す気配がしたが、それをミエラ様が視線でとどめた。
「許します。なんでしょう」
「私がお連れした客人のことです。魔族はともかく、何故彼まで牢へ入れる必要があるのでしょうか」
不躾とも言える問いにミエラ様は諭すように答える。
「あなたも知ってのとおり、現在魔族はこれまでになく、周辺の地を併呑しようという動きを強めています」
「はい」
「その動きに呼応して、森に様々な問題が生じている……。貴女を森の内外の調査へやったのもそのためです。そして、魔族領の方角から森を掠めて飛び去ったレッドドラゴンについても懸念がありました」
ユキオさんが切り伏せたルジュアルスのことだ。偶然にもシェルダと知り合ったことで、素性が知れた。
「そして、あなたがあの人間を連れて森へ入ってから、結界にゆらぎとも言うべき乱れが生じていました。結界を壊すようなものではありませんでしたが、移動するに従い乱れも動く……。あの人間に反応していることは明白でした」
「そして、魔族」
エルド老が重々しく口を開いた。
「長が捉えられた結界の乱れ、呼応するように現れた魔族。それらが連れ立って里へ向かってくる。これらを関連付けて考えぬことなど……到底できぬ」
ユキオさんが魔族と手を組んで、魔族の侵攻の障害となる結界の破壊を目論んでいるという疑い。
私については里への侵入のため、2人の自作自演に騙された、或いは洗脳された疑いもある……といったところか。
理由はわかった。だけど……。
「わたしが彼らといる間、森に異常は見られませんでした」
「だが、現に結界がゆらいでおる」
「結界の乱れに関しては否定できません。私の感知にも影響は出ていたように思います」
「ですが……それについては思い当たる節があります」
ミエラ様は私をじっと見ながら話を聞いている。
「かの人間……、ユキオさんの強大な力が作用した可能性があります」
確証はない。ただ、あの異質なほどの強さ、結界に影響が出る可能性もある。
「彼は調査対象であったレッドドラゴンを傷付くことなく一撃の元に屠り、単独でエルフの森に侵入するほどの魔族をいとも簡単に捉え、また不思議な導きで惑いの森を抜けることもできる、異質な存在です」
自分で言ってみると、まるで荒唐無稽だ。
「強い力に結界が誤作動を起こしたとでも?では、魔族はどうみる?」
エルド老は落ち着きを崩すことなく問う。
「……正直魔族の目的はわかりません。捕らえた直後は
結界の破壊工作ないし調査のためかと推察しました。ですが……彼女をここまで連れてくるまでの間、それらしき素振りなどは見られませんでした。そのため詳細な調査や尋問が必要と考えます」
「かの人間と魔族の動きには、関わりはないと?」
「はい」
そこには確信がある。ユキオさんは演技ができるような人じゃないし、陰謀めいた事をするような人でもない。
付き合いが長いわけではないけれど、それはわかる。
それに……あの人がエルフの里へ攻め込もうと思ったら……搦め手なんか使わず一気にやってしまいそうだ。
「わかりました」
黙って話を聞いていたミエラ様が穏やかに口を開いた。
「にわかには信じられない話もありますが、貴女が嘘をついているわけでもなさそうです。ただ、今すぐに牢から出すわけにもいきません。特に魔族の方は」
それはそうだろう。
「ですから、貴女に彼らの聴取を任せます。分かったことがあればすぐに知らせるように。私は結界の構築に不備や見落としがないか調べます」
「そんな、歴代の里長が心血を注いで改良を重ねた結界に不備などあるはずが……」
結界は里長の代替わり毎に見直し、改良され今に至り、森の安全と防衛を担っている。それに誇りを持つであろうエルド老がそう言うのは当然かもしれない。
「エルド、あなたはノルと彼らの聴取をお願いします。警戒されているでしょうから、ノルに任せて控えるに留めるように」
「……承知しました」
里長に改めて頭を下げ、エルド老と里長の執務室を出る。
「すぐに向かうかね?」
「はい」
「私は所用を済ませてくる。雑談程度なら構わないが、聴取は私が来るまでは控えるように」
「わかりました」
エルド老と別れて、牢へ向かう。
シェルダは目的を素直に言うだろうか?ユキオさんはあの強さについて、ちゃんと説明できるのか?
不安が募る。
牢に近づくにつれて、話し声が聴こえる。ユキオさんとシェルダ、それと少し無機質な少女のような細い声……?
一体誰が?
廊下を走り到着すると、格子の向こうで寝転んでいるユキオさんと、その前に座って何やら考えこんでいるシェルダ。
二人の真ん中にはユキオさんが振るっている「棒」が直立しており、その横に膝丈ほどの淡く金色に光る人影が浮いていた。
人形のような形状で全身は淡く光り、実体があるのかはわからない。
頭部?には大きな目のような形があるが人のそれとは違い、口らしき物は見えない。
植物の蔦や葉の形に似た物体が髪のようで、可愛らしい……。
「ああ、ノルさん」
ユキオさんは変わらぬ調子で片手をあげる。
人形のような人影は、ユキオさんの真似をするように手をあげた。
格子越しに改めて見る。
「あの……、何ですか……?それ……?」
やっと、言葉が出た。この人は……ホントもう……何なんだろう。
「こいつは、アノン。今さっき命名」
そう言ってユキオさんは、人影を指さした。
「『こいつ』はふゆかいだ」
と、感情のこもっていない声でアノンと呼ばれたそれは答える。
「ああ、ごめんごめん」
「ゆるす」
へぇ、喋るんだ……。
「ああ、ごめん。突然でびっくりするよね」
びっくりも何も、想定外すぎて……。
混乱しているわたしを落ち着かせるように、ユキオさんは牢での出来事を説明し始めた──




