第65話「隘路、決着の時①」
「シェルダ殿! 陣を下げます!」
伝令の兵が、私の周囲に集まるゴブリンを背後から切り払いながら報告する。
ユキオがスタンピードの根本に向かってから、バルマとハグスの奮戦でなんとか持ちこたえてはいるものの、後方の消耗が徐々に激しくなってきている。
オルドスが巧みな用兵で、兵を入れ替えているがそれにも限度がある。
「わかった! 前の二人には私が伝える!」
飛びかかってきた魔狼の牙をかわしつつ、首を掴む。
「ふん!」
掴んだ手から炎を起こし、火だるまとなった魔狼を前方のゴブリンの群に投げ込み、列が乱れたところを狙って前方へと向かう。
「バルマ大将! ハグス兵長! 更に陣を下げます!」
瘴気と血しぶきの舞う根元に向かって声を上げる。
「おう!」
と、それぞれに返事をする。
ハグスの部下達が目配せした後、散るように後方へと下がる。
高い身体能力と持久力。そして、一糸乱れぬ集団での狩り。かつて父が敵として闘った、ティグ族の傭兵団の強さをどこか嬉しそうに語っていた事を思い出す。
「民の避難はどうなっとる!」
バルマが剣を振りつつ尋ねた。
「まもなく先頭が尾根を抜けるでしょう」
「ティグ族の尻尾に噛み付かせるわけにはいかん。ここで仕留めきらねばならんな」
汗と血飛沫に塗れた顔でチラリと後方を見る。
「ええ」
私もチラリと尾根を見やった。
後退する我々を追い立てるように隘路の壁に地響きの音が反響し、足裏に振動が伝わってくる。
遠目に見えてはいた。しかし、近づいてくると、改めてその大きさに圧倒される。
岩で出来た巨躯。狭い隘路一杯を占領し、巨大なゴーレムが小型のモンスターを踏み潰しながら迫ってくる。
「ちっ!」
前方を塞ぐように魔法で炎を放つと、ゴーレムに追い立てられた小型のモンスターが叫び声を上げながら炎に包まれた。
放った炎はまだ帯状に残っている。
ゴーレムは、それを気に留めることもなく、一歩、また一歩と地響きを立てながら近づいてくる。
「さて、どう料理するか」
ハグスが得物の大斧を構えながら呟いた。
頭部が隘路の崖に差し掛かるほどの巨体。顔を模した岩の、眼窩にあたる窪みには瘴気の闇が宿り、真っすぐに前を向いている。
二十歩ほど先で待ち構える私達に意識を向ける様子もなく歩みを続ける。
──どうする?
思考を巡らせながら、ゴーレムを見上げた瞬間、左の肩口がキラリと光った。
──おせっかい焼きめ。
「見えたか?」
バルマが剣を地面に突き立てた。
「ええ。問題は……」
私が崖を見やる。
「任せてもらおう」
ハグスが大斧を部下に預け、両手持ちの戦鎚に持ち替えていた。
──話が早い。
「では──」
後方へと向き直る。
「魔法兵! 前へ! 合図とともに拘束魔法を波状に仕掛ける!」
「儂はどうする? ユキオが前に瘴気ゴーレムと組み討ちしたと聞いて、儂もやってみる良い機会だと思ったのだが」
乾いた笑いが出る。
「ハグス殿が崖を登りますので、その膂力でそれを助けていただきたい」
「ふぅむ、つまらん──が、まぁ言うことを聞いてやろう」
バルマは、腕をぶんぶんと回しながらハグスの側に行く。
慌てながら魔法兵が後ろに居並び、地響きを真正面から浴びつつ固唾を飲む。
向かって右の崖際にはバルマと戦鎚を担いだハグスがいる。
「ミディガル軍の大将を踏み台にするのだ。仕留め損なうなよ」
「ティグ族の俊敏さは貴殿もよく知っとるだろうに」
歴戦の二人は気負うことなく軽口を叩いている。
射程のギリギリまで引きつける。
あと、二歩。
あと、一歩。
ゆっくりとした歩みを続けるゴーレムの足が重い音を隘路に響かせる。
「今だ! 第一陣!」
後方から魔力の鎖がゴーレムの四肢に絡みつく。
初めて我々に気づいたように、ゴーレムが体を揺らし、拘束が一部引きちぎられる。
「第二陣! その後は解かれた者から、拘束を繰り返せ!」
魔法兵の詠唱と拘束魔法がゴーレムを捕らえ、軋み、断ち切られる音が隘路を埋め尽くす。
「行くぞ!」
ゴーレムの動きを探っていたハグスが弾かれたように駆け出した。
「おう!」
バルマが、体に力と魔力を込めつつ、腰を沈める。
勢いを付けて駆けるハグスは、勢いそのままにバルマが組んで差し出した手に足をかける。
「むん!」
バルマが掛け声とともに、ハグスの体重と戦鎚の重さの乗った足を上へと放り上げた。
跳び上がったハグスが崖を蹴って、方向転換しながら高さを増し、ゴーレムの一点へと向かう。
連続して放たれる拘束魔法の鎖がゴーレムの動きを止めた。
──そう、そこだ。
ハグスの構えた戦鎚が、ゴーレムの左肩に打ち込まれたナイフを狙う。
ユキオが行き交いながら、寄越したお節介。
おそらくあの下にはコアがある。
「ふんっ!」
気合と体重を込めた一撃が、ナイフをゴーレムの体の奥に撃ちこんだ瞬間、吹き出すように瘴気が漏れる。
体軀に見合わぬ軽やかな着地を決めたハグスが、ぐらつくゴーレムから離れる。
肩口から蒸気のように瘴気を出し、雄叫びを上げて身を捩っていたゴーレムから、力が抜ける。
拘束魔法の鎖が軋む音が止み、瓦礫と化したゴーレムの体は崩れ、隘路を塞ぐように岩山へと姿を変えた。
後方から兵士たちの歓喜の声が上がる。
「思ったより浅いところにあったようだな。もう二、三発いるかと思ったが」
ハグスが戦鎚を持ったままこちらへ来る。
「お見事です」
私がそう言うと、ハグスはぶんぶんと首を振った。
「いやなに──それよりだ。跳んだ時に向こうを見たが、モンスターの列が少なくなっているように見えた」
戦鎚でスタンピードの元の方向を指す。
「では──ユキオが?」
「ああ。山は越えたと見て良かろう」
ハグスが武器を大斧に持ち替える。
「では、仕上げだな」
バルマが剣を振って血糊を落とした。
袖口で顔を拭って息をつく。
剣を握り直しつつ岩山を見上げる。
──おかしい。
ゴーレムの後ろにいたはずの集団が静かすぎる。
岩山の奥、いるはずのモンスターの気配を探っていると、積み重なった岩の隙間から赤黒い触手が音もなく這い出した。
「下がれ!」
飛び退りながら、咄嗟に叫ぶ。
次の瞬間、岩の隙間から伸びた触手が枝を広げるように岩山を覆う。
「なんだ、これは……」
ハグスの呟きが隘路に響くと同時に、岩同士がぶつかる鈍い音を立てながら、岩山が生き物のように蠢き始めた──。




