第64話「それぞれの奮闘」
切り立った崖が、青い空を切り取っている。
隘路にはモンスターの死骸が散乱し、瘴気が立ちのぼる。
赤獅子ハグスが斧に付いた血をふるい落としながら近づいてくる。
「バルマ殿。また同じ戦場で会えるとはな」
「ふむ。かつて、正面切った相手と此度は肩を並べるとは、我が身の巡り合わせの良さだな」
そう答えると、ハグスはニヤリと犬歯を覗かせる。
「折角の『豪剣』バルマとの共闘だ。楽しませてもらうぞ」
「腕が落ちておらぬか、よく見ていることだ」
愛剣を握り直し、迫る集団に目を向ける。
シェルダが檄を飛ばすのを背で受ける。
「ここからが正念場だぞ! 各々気合いを入れろ!」
──イングウェル家の小娘がいっぱしのことを言うようになったものだ。
癪だが、ユキオがいない状況。確かに正念場であろう。
ハグスと並び、競うように剣を振る。
まとわりつくように飛びかかってくる小物を横薙ぎで切り捨て、その隙を狙って打ち込まれるスケルトンの槍を体ごと叩き折る。
地面に落ちてなお、カタカタと歯を鳴らす頭蓋骨を踏み割りつつ、次の獲物へ剣を打ち下ろす。
「ふはははっ!」
紛うことなき乱戦に笑いがこみ上げる。
「どうした、どうした! そんなものでは、儂は押しつぶせんぞ!」
剣閃を走らせながら、発した自らの言葉に、なお血が滾る。
一振り、また一振りと剣を振るう度に、鎧の下の血肉は湧くように熱を持つ。
ハグスと民兵らは遊撃を繰り返す。
モンスターで溢れた隘路を縦横無尽に駆け回る姿にかつて苦しめられた戦場を思い出す。
オルドスは、打ち漏らした雑魚を仕留めつつ、徐々に陣を下げて、空間を作る。
「両人! 下がれ!」
シェルダの声に、導かれるように後方に下がった瞬間、隘路に火の海が広がった。
「巻き込まれたらどうするつもりだ」
顔に熱を感じながら息をつく。
「イングウェルの『業炎』はしっかり受け継がれていると見える」
ハグスが赤く揺らめく炎を見ながら言った言葉に、かつて仰ぎ見た同胞の背中が脳裏に浮かぶ。
「ふん……まだまだ」
これから先、いくら鍛え、戦場を駆けても、直接対峙することの叶わぬ、あの背中。
この程度であってもらっては困る。
振り返って汗と返り血にまみれた部下達を見る。どの顔も薄汚れた良い顔をしている。
──これぞ我が軍、愛すべき我が部下だ。
「さぁ、次が来るぞ!」
発した檄に、部下たちが応じる。
あの人間が戻るまでが、我らの見せ場だ。
愛剣の刀身に火を入れながら、炎の奥に揺らぐ敵の姿に目をやった。
◆
瘴気を空中に撒き散らしながら、迫るモンスターの波を遡るように走り抜ける。
本気で走っている。
大抵のモンスターは俺を捕らえることはできず、列を乱すだけだ。
巨大なゴーレムが行き先を塞いでいる。
「アノン。あいつのコアの位置を教えてくれ」
「あそこだ」
肩の上に現れたアノンが、光でゴーレムの左肩を指し示す。
俺は収納空間から、ナイフを取り出し、鈍重なゴーレムの肩口を飛び抜けながら、コアの位置にナイフを突き立てた。
「なにをした?」
「目印さ」
更に速度を増して駆ける俺の肩で、アノンの頭上の葉が揺れる。
「アノン」
「なんだ?」
「この先に瘴気溜まりがあるの、わかるだろ?」
「ああ、あるな。まっくろだ」
モンスターの頭上を飛び越えるついでに、大サソリの尾を叩き斬る。
「あれを消すにはどうしたらいい?」
アノンが頭を揺らす。
「まりょく」
「魔力?」
「まりょくをたたきこめ。そしたら、アノンが『ちゅうわ』してやる」
「珍しいな。手伝ってくれるのか?」
思わず肩を見る。
「あれは、『ふしぜん』だ。きにくわない」
アノンは憤慨するようにパタパタと手を振り上げた。
「初めての共同作業ってやつだな」
「なんだそれ?」
アノンが首を傾げる。
「ただの冗談だよ」
「まじめにやれ」
アノンが俺の頬をぺしりと叩いた。
……
先を進むと、崖を背にした真っ黒な塊が宙に浮き、ゆっくりと脈動を繰り返している。
全く光を通すことのない黒い塊の周囲には、幾何学的な模様が描かれ、細く瘴気が煙のように立ち上り、塊の脈動に合わせて不気味に光っている。
そして、塊が一際大きく震えると同時に、瘴気が発せられ、モンスターが瘴気の中から現れる。
──ぐずぐずしている暇はない。
棒に魔力を込めて、一気に踏み込み棒を振り下ろす。
溢れるほどに魔力を含んだ棒が、塊に触れた瞬間、魔力は消失し、岩を殴ったような感触が手に返ってくる。
「なるほど──」
殴りかかってくるモンスターを蹴り飛ばしながら、再度棒に魔力を込める。
一撃ごとに魔力が塊に持っていかれる。
「アノン! 中和してるんだよな?」
スケルトンの槍をかわしつつ確認する。
「やってる。まだたりないぞ。がんばれ」
「気楽にいうな」
込める魔力も徐々に上げていく。
塊を殴りつけた直後を狙って、小型のドラゴンが俺の喉元目掛けて、牙を剥く。
咄嗟にかわして、地面を転がりながら、再度魔力を身にまとう。
──魔力を吸われた瞬間を狙われるとまずいな。
自分でも限界がわからないほどに膨れ上がった魔力だが、瘴気を中和しきるまでにどれほど消耗するのかはわからない。
だが、もたもたしていては、シェルダ達が耐えられないだろう。
追撃に来たドラゴンを切り捨てて、再び塊へと向かう。
出し惜しみはなしだ──、ありったけの魔力を体に宿し、放出を続けながら棒を振るう。
塊に触れた瞬間に全身から魔力を持っていかれる。その瞬間には既に魔力を放出している。滝のように切れ目なく魔力を放出し続け、吸われた瞬間の隙をなくす。
「おおおおぉっっ!」
土煙と風を巻き起こしながら、振り続ける。迂闊に近づいてきたモンスターをついでに叩き潰しながら、ひたすらに塊を殴り続ける。
俺の魔力が尽きるのが先か、破壊が先か。
脈動の回数が徐々に減ってきている。ただ、俺の体にも異変が起こっている。目の奥がチカチカと眩み、時折頭痛が差し込まれる。魔力切れなんて、2年ぶりか?
「もうすこしだ」
アノンの声が響く。気づけば周囲のモンスターも片付いている。瘴気の煙を払うようになおも叩くが、頭がガンガンと痛む。
瘴気の塊が細かく震え始めた。
「あといちげき」
発せられたアノンの言葉に応じるように振り被った瞬間、俺の目の前がぐらりと揺れ、地面が起き上がってくるような錯覚を覚える。
不確かになる足場を踏みしめ、頭痛を歯を食いしばってこらえる。
最後の残り滓を絞るように魔力を込め、一気に棒を叩き込んだ。
「ハァ……ハァ……」
痛む頭とふらつきを堪えて踏ん張る。
「しあげだな」
アノンがそう言うと、瘴気の塊は震えるのを止めて──静止した。
アノンがふわりと塊へと近づき、中央をちょん、と触る。触れた箇所から波紋が生じ、光を通さぬ、完全な黒だったそれは真っ白に姿を変えた。
そして、瘴気の塊だったものは、空間からはがれ落ちるように崩壊し、日の光に溶けるように空中へときえていった。
「おわった」
アノンがこちらを向いて、頭部の葉を揺らしながら目を瞬かせる。
俺はそれを見て、仰向けに倒れ込んだ。
頭はまだ痛むが、呼吸するごとに徐々に魔力は回復していく。
このまま、休んでしまえればいいのだが──そうもいかない。
「アノン。シェルダ達はどうしてる?」
アノンが来た道を振り返り何かを探る。
「がんばってるぞ──あ、おまえの『めじるし』やくにたったぞ」
「それは何よりだ」
体を起こして、収納空間に手を伸ばす。
「確か後一本くらいは残って……よし」
──ハーピー印の魔力薬。
まだレベルが低い時に愛飲していた魔力薬で、とんでもなく不味いが即効性がある。
一気に口に含み、吐き戻そうとする体の反応を無理やりに抑え込んで胃に収める。
「ふぅ……」
僅かだが魔力が戻り、頭痛も消えた。後は走りながらでもある程度は回復できるはずだ。
「よし、急いで戻るぞ」
「ああ」
アノンが肩に戻り、元来た方を見る。
遠目に瘴気を漂わせながら、進む黒い集団が見える。
隘路に残り、耐えている者たちの無事を祈りながら──俺は足を踏み出した。




