第63話「隘路にて──」
両脇を切り立った崖に挟まれたこの道は、デノビアからキトニアに向かう唯一の道だ。
大昔にキノール山からの雪解け水が岩肌を削り、その後川の流れが変わったことにより、道となったという。
この隘路を登り、尾根を越えればキトニアへと至る。
俺はその山道の入口で、坂道を進むティグ族の列を見ている。
「やっぱり坂になると遅くなるな」
隣のシェルダが胴鎧のベルトを締めながら、同意する。
「荷馬車がいるからな。それに足並を揃えざるを得ん」
道の中央で仁王立ちをしているバルマの元へオルドスが駆け寄った。
「部隊の配置は完了しております。側面第二部隊、第三部隊三分の一を後方に方形で配置。麾下部隊は半月の陣形で包囲殲滅に当たります」
「うむ」
バルマ麾下の兵達は中央の俺たちを後方から支えるように半円状に展開している。
「おい、大将。下がらないのか?」
通常であれば、バルマのいるところが本陣。半円の奥に位置して全軍を指揮しながら突破を受け止める位置になるはずだ。
「馬鹿を言え。どうせお主はこのまま前線に居座る気だろうが」
──それはまぁ、そうだ。徐々に近づいてきてる土煙。あのモンスターの群れの勢いを前線で受け崩すつもりでいる。
「お前にばかりやらせられるか。今の今までお預けをくったのだ。これくらいの役得がないと気が済まんわ」
「いや……、全軍の指揮とかあるだろ?」
「それはオルドスに任せておけばよい」
バルマの目は生き生きとして、近付いてくる獲物を見つめている。
「通常、スタンピードを受け止める時は、防塁を築いて進行を妨げるのだが、生憎時間の余裕もない」
バルマが誰にともなく言う。
「俺が両脇の崖を崩そうか?」
「いや、崖をきり崩せば、入口は狭くなるが、モンスターどもが登って、足場を与えることになる。こちらが坂の上を取った状態を維持した方が有利だ」
シェルダが答える。
なるほど。デカい岩ならともかく、土砂では進行の妨げるのは難しいかもしれない。
「とどのつまり──その防塁の代わりにモンスター共を受け止めて、妨げる役割が儂らというわけだ! 背には歴戦の部下! その奥には、守るべき民! これで燃えないわけがあるか!」
徐々に大きくなるバルマの声に、背後の兵が呼応する。
「さぁ、お前ら! 新たに魔族領の民となったキトニアに、我らミディガルの勇猛を見せる機会が訪れたのだ! 奮えよ!」
兵達から、気合の入った声が上がり、俺の腹にも熱が入る。
熱を逃がすように、息を吐いてアノンを呼ぶ。
──俺達の言葉を中継してくれ。連携をとりたい。
俺が小さな声でそう呟くと、アノンは「わかった」と返事をした。
「来るぞ」
剣を抜き放ったシェルダの声を合図に、棒を取り出すと、木々の合間から魔狼の群れが飛び出してきた。
「足の速い連中から来る。迂闊に前へ出すぎるなよ」
「わかった」
魔狼の群れを引きつける間にも、瘴気の混じった土煙が近づいてくる。
飛びかかる魔狼をそれぞれ切り伏せつつ、お互いに距離を取る。
「さぁ、どんどん来い!」
バルマが大剣を構え直した。
魔狼を始めとする四足の足の速いモンスター達に続き、ゴブリンの集団が追いついてくる。勢いそのままに突っ込んでくるそれらを薙ぎ払う。
「多少抜ける分は気にするな! 後方で仕留める!」
シェルダからの指示が飛ぶ。
上空からワイバーンが狙いを定め、それを後方の兵の矢と魔法が撃ち落とす。
大型のホブゴブリンが、足の止まったゴブリンを蹴飛ばしながらバルマへと向かい、棍棒を振りかざす。
「ふんっ!」
バルマが振り下ろした棍棒ごと、ホブゴブリンを切り払った。どう、と倒れ込む巨体から瘴気が漏れる。
一直線に突き進むモンスターの群れにより、木々がなぎ倒され、迫りくるその姿が視認できる。
大小様々なモンスターがひしめきながらこちらに向かう中、一際大きな姿が見えた。
「ドラゴンか」
シェルダがデュラハンの剣をかわしながら呟いた。
「あれは俺にまかせろ」
言い残して、魔物の波に向かって突進する。
棒で小物を振り払いつつ、ドラゴンへ近づく。
ドラゴンは俺を近づけまいと、ブレスを吐き、俺はそれをとっさの跳躍でかわす。
巻き込まれたモンスターの叫びの中、空中の俺を狙うドラゴンの爪を棒で弾き返しつつ着地する。
同時に棒に魔力を一気に注入し、それを解放する。
刃が形成されたそれで、横一文字に薙ぐと、ドラゴンの巨体は地に崩れ落ちた。
飛び退り、再度持ち場に戻る。
──あの巨体なら、多少なりとも防波堤の代わりになるだろう。
そう思ったのも束の間、徐々に密度を増すモンスターの行進はドラゴンの死体を避けるように広がり、そして再度合流しつつ迫る。
甲虫型のモンスターが地を這ってくるのをシェルダの炎が焼き払い、その死体を踏みしだきながら大型の二体のロックリザードが現れた。
バルマと手分けして対応に当たるが、硬い分手数がかかる。
「ちっ!」
──思わず舌打ちが出る。
前線を抜けるモンスターの数が増し、後方での戦闘も激化してきている。
ロックリザードを仕留めたバルマが赤熱した大剣を振りながら呟く。
「連中め、足並みが揃ってきおったな」
足の速さで、自然にバラけていたモンスターの進行が徐々に重なり合い、大きな波と化して圧力を増していく。
高まる圧力に負けて戦線が崩れれば、逃げ場のない隘路で逃げるキトニアの民がどうなるか──想像もしたくない。
「ユキオ。バルマ大将。大型はそちらに任せる。前に出てくれ。抜けたやつらは私がまとめて焼く」
シェルダの指示を受けて、バルマと更に前に出る。
獅子と山羊の頭を有したキマイラが口から炎を漏らしながら、俺を狙う。
「大将! そっちは?」
尾の蛇の毒液をかわしつつ、声をかける。
「ヒュドラだ。再生持ちは、手がかかるわ!」
多数の蛇頭を掻い潜りながら、胴体への攻撃を必要とするヒュドラ。
俺の相手のキマイラも、山羊頭が魔力を鋭敏に感知するため、攻撃を当てるのに工夫がいる厄介な敵だ。
後方に任せるモンスターの数が徐々に多くなっていくに従い、後方から聞こえる声に苦悶が混じる。
──堪えられるのか?
不安が頭によぎるが、眼前のキマイラが、振り返ることを許さない。
隘路に満ちるモンスターの数が更に圧力を増す中、最悪の事態の想像に拍車がかかる。
焦りが徐々に考えを支配していく中、後方から咆哮が響いた。
「何事だ!」
バルマの問いにシェルダの声が重なる。
「キトニアの援軍? あれは……ハグスか!」
距離をとって、咆哮の先を見る。
赤い獅子髭の大柄なティグ族を先頭に陣から躍り出たティグ族の一団が鋒矢となって中央のモンスターの塊を突き崩している。
「おおおおぉおっ!」
ハグスが大斧を振るって切り崩し、俊敏なティグ族の兵が散ったモンスターを刈り取る。
しなやかで素早い動きにより、集団がまるで戦場を跋扈する一匹の巨大な獣のように、モンスターを次々に仕留めていく。
「ふん、『赤獅子ハグス』か!」
バルマの声に喜色が混じる。
思わぬ援軍に、少し安堵してキマイラに視線を戻す。
よし──。
棒で転がっていた石を打って、獅子頭へ礫をとばし、棒から魔力を完全に収めつつ距離を詰める。
獅子頭への目眩まし。合わせて魔力を抑えることで山羊頭の感知が遅れる。
その隙に飛びこみつつ、山羊頭を棒で殴りつける。魔力を含まない純粋な膂力の打撃。
山羊の角が折れ、長方形の瞳孔から光が消える。
着地して、距離を取る。
舌を出して項垂れる山羊頭とは対照的に、獅子頭が怒りを露わにしながら唸り声を上げる。
キマイラの獅子頭が下がる。
──後肢が動く一瞬前、機先を制して、地を蹴り、一気に間合いを詰める。
タイミングをずらされたキマイラの一瞬の躊躇い。それで充分。
振り降ろされた前肢を、難なく踏み込みながらかわし大剣と化した魔力で斬り上げた。
キマイラが二、三歩たたらを踏んで土煙を上げて倒れる。
バルマのほうを見ると、バルマは赤熱した剣の連撃で迫りくる蛇頭を捌いている。
一つ、また一つと蛇頭が飛ぶが、切り口をバルマの剣で焼かれ、再生が遅れている。
半分ほどに蛇頭を減らされたヒュドラが、態勢を立て直そうと、跳び下がる瞬間、それに合わせてバルマが雄叫びを上げつつ飛び込み、ヒュドラの胴体を袈裟懸けに斬り倒した。
──流石だ。
ティグ族の加勢で、場にやや落ち着きが取り戻される。後方ではオルドスの指揮が飛び、負傷した兵達が下げられている。
「ユキオ」
シェルダが残っていたゴブリンを切り捨てながら、駆け寄ってくる。
「どうした」
シェルダの鎧には、モンスターの返り血が飛沫となって付着し、褐色の肌には汗が滲んでいる。
「ここから先は私達で食い止める。その間にお前はスタンピードの元凶──瘴気溜まりを叩いてこい」
確かに野戦で、スタンピードが終わるまで耐え続けるのは現実的ではない。
だが、スタンピードの波はまた更に大きくなるだろう──。
俺の逡巡を遮るように、シェルダが俺の胸に拳を軽くぶつける。
「ここにいる中で、お前が一番足が速い。お前が言ったんだぞ。『いざとなれば馬より自分で走った方が速い』ってな」
「だが──」
俺が詰まりながら言葉を返すより早く、バルマのダミ声が飛んでくる。
「貴様は魔族を──我が軍を舐めとるのか! 儂が鍛え上げた我が兵達はこの程度では崩れはせん!」
大斧を担いだハグスも近づいてくる。
怖い顔をしている。
「ユキオ殿には、ホーンボア狩りにも付き合ってもらい、実力は見せたつもりだが……ティグ族の戦士が頼りにならんと言うのか?」
「いや、そういうわけでは……」
「戦場でティグ族の戦士に心配など──侮辱に他ならん!」
ハグスの圧力に思わず後ずさる。
「──そういうわけだ。さっさと行ってこい」
シェルダが土煙の先を剣で示す。
「美味しいところは譲ってやる。ごちゃごちゃ言わんと行かんか」
バルマが払いのけるようにシッ、シッと手を振る。
「わかったよ! わかったけど、なんか、もうちょっと言い方ってもんがあるだろ!」
文句を言いながら踵を返す。
「すぐに戻る──!」
俺は、土煙の先、今も細く瘴気が立ちのぼる森に向かい、大地を蹴った。




