第52話「行く先の話」
朝日を浴びながら里へ戻るノルの背を見送った後、宿舎の部屋に戻る。
リンドは朝食をとりに先に食堂へ向かった。
少し遅れて俺も行こうかとしたところで、シェルダに呼び止められた。
「どうかしたか?」
シェルダはゆっくりと姿勢良く歩いて近づいてくる。
「大したことじゃないんだが、宰相からの報酬はどっちにしたのか聞きたくてな」
「家のことか?」
「ああ」
「それなら、王都にした。城下に一軒良い物件があるらしいから、それを買い上げてくれるってさ」
「ふむ……なんというか、意外だな」
シェルダは腕組みしながら俺を見た。
「なにが?」
「お前のことだから、あまり騒がれたりせず、国の目から遠い所を選ぶかと思っていたが」
シェルダのその言葉は的を射てると思う。
「まぁ、『俺なら』そうだろうな」
俺が望むのんびりとした生活を思えば、やはり人の多いところより、少ないところがいい、とは思う。
「……リンドか」
「共有名義にしてもらった。何かにつけ、寄る辺ってのは必要だからな」
これは実体験だ。現代社会ほどではないにせよ、この世界でも住まいなど身を示すものがないと、生活は難しい。
「なるほどな……わかった。私も気にかけておこう」
「助かるよ」
俺が礼を言うと、シェルダはそっぽを向いた。
「まぁ、私も龍の依頼に立ち会った身だ。お前だけには任せてはおけんしな」
シェルダのその言葉に苦笑せざるを得ない。
この世界でも、とっくにいい大人のはずだが、こちらの世界の事はよくわからないまま、三年の時を過ごしてしまったのは間違いない。
シェルダと食堂に向かいながら、これまでの事を考える。
この世界に来て、ひたすらレベリングに終始した。
結果、強さを得たが、ノルとの出会いに始まったこの旅で自分がこの世界の事を何も知らないということを知った。
あるいは、レベリングに没頭することで、この世界を知ることから逃げていたのかもしれない。
──だが、それももういいだろう。
「なぁ、シェルダ」
「なんだ」
「リンドがどうしたいかは聞いてみないとわからないけど……俺はまた旅に出ようと思う」
「そうか」
シェルダは特に動じる様子もない。
「そうだな。お前はもう少し常識とか、真面目さをよそで学んでこい」
失礼なことを平然と言い放つ。
「ひどい言い草だな。常識はともかく、いつも真面目にやってるつもりなんだけどな」
「どうだかな」
シェルダはからかうように笑いながら歩く。
俺は隣を歩きながら、また取っ捕まえてデコピンしてやろうかと、真剣に考えていた。
◆
穏やかな陽光が、石畳を白く染めている。
リンドと街を歩く。
お目当てはデニスが紹介してくれた書店だ。
「魔法の方はどうなんだ?」
隣を歩くリンドに尋ねる。
「わたしの魔法の調査のことですか?」
「ああ」
「それなら、デニスさんが仮説ができそうだって言われてました。確か……魔力の指向性を定めずに、大気中の魔力と結合させる性質だけを付与することで、魔力そのものの放出、操作を可能にしているのではないかって」
デニスの興奮した早口が聞こえてくるようだ。
「難しいことはわからないけど、一段落つきそうな感じか?」
「はい。そうらしいです」
「そうか……。なら、ちょうど良かった。考えておいて欲しいことがあるんだ」
リンドが小さく息を飲んだのを感じる。
「なんでしょう……?」
「これからどうするか──」
一瞬の沈黙が流れる。
「俺は──また旅に出ようと思う」
リンドは黙って下を向いて歩く。
「リンドはこのままミデイガルで過ごしても大丈夫だ。家は確保できたし、ここにはシェルダやデニス、ユルディマもいるし、困ることはない、と思う」
──だけど、と続ける。
「もし、リンドが望むなら、俺とまた旅に出てもいい」
まだ独り立ちには早いリンドに決めさせること、大人としては、ずるいと思う。
龍に託された子どもだ。
考え方によっては、もう数年、大人になるまで保護者の役割を担ってやるのが正しいやり方なのかもしれない。
だけど──リンドには、自分の事を自分で決められる強さを持って欲しいと思う。
俺の強さは、関わった人を無制限に、無責任に幸せにできるような、そんな強さじゃない。
せいぜい過酷なこの世界で手の届く範囲を守れる、その程度でしかないと思っている。
だからこそ、俺は無責任にリンドの行く先を決められない。
「わかりました。よく……考えてみます」
リンドは真っすぐに前を見ながら返事をした。
前を見据える目には光が宿る。
本当に利口で、強く、眩しい。
「やっぱり、リンドは龍の子だな」
「え、なんですか?」
リンドがこちらを見上げる。
「育ての親がいいと、こうも立派に育つのかってことさ」
「もう! からかわないでください」
リンドは少し口を尖らせる。
旅の始めと比べると色々な表情を見せてくれるようになったと思う。
「いや、ホントにさ。俺がリンドくらいの頃とは大違いだ」
「ユキオさんがわたしくらいの頃って想像できないです……。どんな子どもだったんですか?」
本屋までの道すがら、元の世界の事をぼかすのに苦労しながらも、会話は続く。
穏やかな風が吹く石畳の道に、二人分の足音がゆっくりと響いていた。




