第51話「見送りの朝」
昼下がりの食堂。
城詰めの兵士の人たちに混じって、列に並ぶ。
厨房の中では、厨房長のおじいさんとユキオさんが、言い争いながら、また何かを作っているみたいだ。
「本当に卵の黄身入れるだけで、酢と油が混ざるってのか?」
「ホントだって!美味しいからさ。頼むよ」
ユキオさんは、時折厨房に入って厨房長さんと料理をする。
「ユキオさんは、相変わらずですね」
ノルさんが、席についたわたしの前に座った。
「この間、ユキオさんの故郷の料理食べさせてもらったけど、すごく美味しかったです」
わたしがそう言って、その後はしばらく二人でユキオさんの考案したメニューの話で盛り上がった。
「ユキオさんは……本当に不思議な人です。誰も知らないような事を知ってるかと思えば、当たり前のことを知らなかったり」
ひとしきり話をしたあと、ユキオさんの方を見ながらノルさんが言った。
それを聞いて、わたしも前から思ってたことがあった。
「そういえば、前に本で読んだんです。来訪者のお話」
「来訪者?」
聞き慣れない言葉にノルさんが首を傾げる。
「はい。昔の石碑に、異世界から来た何者かの姿が描かれていたそうです。その石碑を読み解いた学者さんによると、その何者かは別の世界からやってきて、この世界にない知識を授けてくれた『来訪者』なんじゃないかって書いてありました」
興味深げに聞いていたノルさんが笑みを浮かべる。
「確かにユキオさんなら、別の世界から来ててもおかしくはないかもしれませんね」
「ですよね」
二人で顔を見合わせて笑った。
少し間があいて、ノルさんが改まって言った。
「リンドさん。わたしは、一旦エルフの里に戻ることになりました」
「そう……ですか」
ノルさんは特使としてここに来た。だから、その報告を里にする必要がある。
わかってはいたけど、いざとなると……寂しい。
「明朝には出立の予定です」
「あの……お見送りに、行かせて下さい」
「勿論」
ノルさんは微笑みながら優しく頷いた。
──
翌朝。
早朝の澄み渡った空気に朝靄が残っている。
王宮の門の前、王都へと下る緩やかな坂道には、出発の準備を進める魔族の男女が数名。
ユキオさんはシェルダさんと話しており、ノルさんはそれを見守るように少し離れて立っている。
「ノルさん、おはようございます」
ノルさんの元へと向かう。
「おはようございます」
ノルさんは変わらず穏やかに微笑んでいる。
わたしの顔をじっと見ると、優しく手をわたしの頬に当てる。仄かに温かい。
「よく眠れなかったんですか?」
「……はい」
「色々考えてたんでしょう?」
「……」
「エルフの諺に『考える兎は考えない狼より手強い』というものがあります。あなたが一所懸命に考えて出した答えは、きっとあなたを強くしてくれます」
頬に伝わる温かな感触に目頭が熱くなる。
「考えても答えが出ない時には、迷わずユキオさんやシェルダ、それにわたしにも相談してくださいね。離れててもお話はできます。そうでしょ? アノンさん」
呼びかけられて、アノンさんが他の人達に見えないよう、わたしとノルさんの間にぽんと姿を現す。
「ああ、つながってるからな。よべ」
頭の葉を揺らしながら答える。
「ありがとうございます」
話の済んだらしいユキオさん達がノルさんを呼ぶ。
アノンさんは、わたしの胸元に潜り込んで、顔だけをのぞかせた。
ひんやりとした感触に少し驚いたけど、不思議と心地よい。
ノルさんがわたしに顔を寄せて耳打ちをする。
「ユキオさんのこと、しっかり見ててあげてくださいね。あの人はこっちの世界のことに疎い『来訪者』さんですから」
「ふふ……わかりました」
二人でくすくすと笑う。
その後、ノルさんは外交官の人達と一緒に馬上の人となって出発した。
朝日に照らされるその背中を見送りながら、昨晩ずっと考えていたことを思い出す。
──わたしはこれからどこで、どう生きればいいんだろう。
それを思うと頭の中に不安が押し寄せてきて、ベッドの上でいくら考えても答えは出なかった。
漠然とした不安が胸を締め付け、気付けば朝になっていた。
どうすればいいのか、どうしたいのかはまだわからない。けれど、考えられるうちは考えよう。
迷ったら相談しよう。
ユキオさん達との出会いは、母様がくれた大事な贈り物だから。それに──
「アノンさんも相談に乗ってくれますよね?」
「そうだん? のるぞ。ユキオの『そうだん』に、いつものってやってるからな。なれてる」
「ふふ」
少し気持ちが楽になる。
徐々に遠くなるノルさんの姿を見ながら、次に会える時がまた来ることを信じて、残してくれた頬の温もりに手を添えた。




