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悠々異世界漫遊譚 〜おっさん旅すりゃ、世界がさざめく〜  作者: かたか那由他
第5章

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第50話「宴の後」

 柔らかな陽光が魔王の執務室の窓から差し込んでいる。


 積み重ねられた書類の束を脇によけて、ユルは息を吐いた。


「ねえ、シェル。大丈夫?」


「大丈夫だ」


「二日酔いなんだから、休んでればよかったのに」


 昨晩、封印の掌握を祝う宴が行われた。


 討伐後、疲弊しきっていたドルティ宰相。


 彼の復調を待って行われたそれは、封印を知るものが制限されていることから、小人数ではあったが盛大に行われた。


 静かに杯を重ねるドルティに対して、バルマは酒樽ごと飲み尽くさんばかりに酒を煽り、私はそれにつき合わされた。


「大体ユキオが悪いんだ」


「なんで?」


 酒が飲めないユルは、リンドやノルらと歓談して、さっさと居室に戻ったため、あの騒ぎを知らない。


「バルマ大将が兵達と飲み比べをはじめて、最初はユキオが付き合わされてたんだが、あいつは酔わないからな。飽きたあいつが私を大将にあてがって逃げたんだ」


「でも、飲んだのはシェルでしょ?」


 ユルはお茶を淹れるために席を立った。


「それは……大将が要らぬことを言うからだな」


「なんて?」


「戦場では勇猛な『魔犬』も酒の前では尻尾を巻くらしい、とか、なんとか……」


「魔犬ってイングウェルの家紋だっけ?」


「ああ」


「はぁ、家の事出されるとムキになるの変わんないね」


 呆れながら、ユルはお茶の満たされたカップを渡す。


「いただく」


 口に運ぶと、鼻に抜ける香りがいつもと違う。爽やかな滋味と不思議な香りが胃の不快感と頭痛を和らげてくれる。


「いつもと違うな」


「二日酔いに効く煎じ茶よ。それで、どうなったの?」


「……よく覚えてない。気付いたら宿舎の床で寝ていた」


「あちゃあ」


「うっすらと、宰相とも話した記憶はある」


 記憶を探るのも、この後顔を合わせるのも怖くなってくる。


「……お酒、控えようね」


「……気をつける」


 ユルからの『王命』を拝領して、苦味を増すお茶を再び啜った。


 ◆


「呼び立ててすまかったな」


 宰相の執務室。


 飾りの少ない、実用的な意匠の机には大量の書類と、インク壺に立てられた羽根ペン。


 壁を隙間なく埋める本は部屋の主の博学をしのばせる。


 文官の部屋らしからぬところと言えば、部屋の脇に立てかけられた肉厚の長剣と、トルソーに着せられた使い込まれた鎧くらいか。


「まぁ、かけてくれ」


 部屋の中央のソファを示す。


「失礼します」


 サラリーマン時代に常務の部屋に呼ばれた時の事を思い出す。あの時は体のいい無茶振りだったな……胃のあたりがキュッと締まり、詳細を思い出す前に頭を振った。


「昨晩は上手くかわしてたじゃないか」


 バルマのことだろう。


「いやいや、近くを通ったシェルダが飲みたそうな顔をしてましたので……」


「ふふ、見事な撤退だったな」


 少し遠目の席にいたと思うが、よく見てらっしゃる。


「シェルダにはちょっと悪いことをしました」


「なに、おかげであれの本音が聞けて有難かった」


「お酒ってのはどの世界でも怖いものですね」


 おっと、『どの世界』というのは、言い方が悪かったか?


「なに、適量であれば良いものだ」


 さして気に留めていないので、内心胸をなで下ろす。


「ところで、ユキオ殿。封印のことについて──正確には、封印の『向こう側』について伺いたい」


 ぎくりとする。


「戦いの後……其方は封印の向こうに何かを見た……違うか?」


 本当によく見てらっしゃる。


 ──どう答えたものか。


「……」


「気遣い無用だ。見たのだろう?レヴォルフの本体らしきものを」


 思わず目を見開く。


「我々とて、馬鹿ではない。フェニルドの伝承でも、『半身を討った』とあった。おそらく、こちら側に現れたのはレヴォルフの半身だったのだろう。そう考えると、やつが封印の間から離れようとしなかったことが腑に落ちる」


 隠しても無駄らしい。


「……封印の向こう側で、一瞬ですがレヴォルフと思しき尻尾が見えました。それまで戦っていたのと変わらぬ毛並で同じものと見えました」


「なるほど」


 いやに落ち着いている。


「こう言っては何ですが、このようなことをお伝えして良かったのでしょうか?その……仇討ちみたいなところがあったでしょう」


 俺の言葉に宰相が、首を振る。


「無論ヤツは仇ではある。だが、我々そして前王らの心残りは、封印をかけ直す最中、手放ささざるを得なかったこと。それは、ユルディマ……いや、現魔王もわかっていることだ」


 宰相は何かを思い出すように遠い目をした。


「それにしても、妙なことだ。我々には封印された門の『向こう側』は黒い闇にしか見えなかったが、其方には見えていたのだな……。差し支えなければ聞かせてくれんか?」


 少し逡巡して答える。


「自分には、こちらと同じ風景が見えていました」


「ふむ……、まぁ門の向こう側について、我々が知ることはほとんどない。けして開放してはならぬと王に伝えられるのみだ。瘴気が溢れているのも事実……」


 顎髭をいじりながら、宰相は言葉を続ける。


「まぁ良い。それは技術院の変人が考えることだ」


 意外なひと言につい本音が出る。


「いいんですか? こう言っちゃなんだけど、国の秘密に関わるんでしょ? 国として俺をどうにかしようとするとか……」


「ふはっ。どうにかできるものなら、そう考えんこともないがな」


 宰相は笑いながらそう答えた。


「シェルダも魔王も同じ意見だ。其方は我等の手に余る。誰彼構わず触れ回らぬよう依頼はするが、手綱まで握ろうとは思わんよ」


 何ともおおらかな……。


「それに、其方をこの城に留めると、ジェノンがうるさい」


「ジェノン?」


 はじめて聞く名前だ。


「厨房長だ。あいつとは古い馴染みでな。あいつから其方を厨房で働かせろと顔を合わせる度に言われている」


 厨房のおっちゃんか。


「なんでも、見たこともない料理を見せてくるから、厨房で仕込みたいんだそうだ。あの魚醤を使った衣の薄い鶏のフリットも其方の発案だそうじゃないか」


 どうにも鶏の唐揚げが食べたくて、作らせてもらった物だ。塩とニンニク、流石に醤油はないので、魚醤をほんの少し隠し味に入れた代物だ。


 再現していたのは知ってたけど……。


「文句ばっかりだから、迷惑がられてると思ってましたよ」


「あいつは昔から素直じゃないからな」


 宰相はどこか楽しそうだ。


「しかしまぁ、本当に厨房に置いておくわけにもいかん。体よく断っておく」


「ははは……」


 何とも言えず発した俺の苦笑に宰相が微笑を浮かべた。


 すこし間があって、宰相は咳払いを一つして姿勢を正した。


「そして、もう一つ。其方に聞かねばならぬ」


「何でしょう?」


「今回の褒賞だ。其方は冒険者で、依頼主は魔王だ。出来る限りのことはさせてもらおう」


 ──さて、どうするか……。


 俺も少し姿勢を正す。


「では、一つお願いがあります」


「伺おう」


「封印について、今後何かわかったら、俺にも教えてもらいたいんです」


「ふむ……」


 封印のことは言わば国家機密だ。その調査状況を共有してほしいというのは、国としてリスクもある。


 断られてもやむを得ないと思う。


「わかった。王と協議の上回答しよう」


「お願いします」


「それと今の願いとは別に魔族領の居住権と住処を一軒つけよう。王都と都外どちらを望む?」


 うーん、悩みどころだ。王都は物流が良く、暮らしやすいがやや忙しない。


 少し不便かもしれないが、都外の長閑な雰囲気も捨てがたい。


 石畳をのんびりと歩きながら、鐘の音を聞いて、ふと足を止めると夕焼けの空。茜色に染まる城壁を眩しげに眺めながら、ああ──絵でも描いてみようかしらん──


 はたまた、郊外の一軒家、庭の畑で季節の野菜を育て、天気も良いし、今日はちょっと庭にテーブルを出して外で食べようかな? なんてのも──


 腕を組んで真剣に悩む俺を見かねて、宰相は苦笑しながら、助け舟を出す。


「今すぐでなくて良い。取り急ぎ居住権を認めるようにしておくから、通行証も出来次第届けさせよう」


「ありがとうございます」


「まぁ、ここにいる間にゆっくり考えておいてくれ」


 俺は「はい」と返事しながら、のどかな田舎生活と浪漫溢れる古都の暮らしを天秤にかけていた。

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