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悠々異世界漫遊譚 〜おっさん旅すりゃ、世界がさざめく〜  作者: かたか那由他
第4章

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第49話「見えた向こう側に」

 引き伸ばされた認識。


 スローモーションで見る景色と裏腹に、脳内を最悪の想像が駆け巡る。


 地面を覆った瘴気は、あと数瞬でこの場にいる者全てを鋭利な牙で貫くだろう。


 俺は跳べる。封印の結界内部はどうなってる? リンドだけでも抱えられないか? ノルは? シェルダは? 宰相やバルマ、兵達はどうだ?


 まとまらない考えが並行して錯綜する最中、瘴気に重なるように、幾何学模様の術式が広がっていくのに気付く。


 これは? いつの間に? 誰が?


 そして、ノルの唇がゆっくりと動く。


「散って!」


 その瞬間、地面に走った術式が光を放ち、地面に満ちていた瘴気が霧散した。


「今のは一体……」


 兵が誰ともなく言う。


「……救われたな」


 宰相が、封印の中で大きく息をついたノルを見ながら言った。


 どれだけ強くなろうが、ヒトは何かを失うことからは逃れられない──本当に、怖かった。


 俺は脳裏を支配していた最悪の風景を振り払うように頭を振った。


 起死回生の一手を阻まれ、レヴォルフが怒りとも焦りとも知れない雄叫びをあげる。


 もう何もさせない。


 全力で踏み込み、体勢を立て直そうと踏みしめたレヴォルフの脚を棒で打つ。


 衝撃が広場を揺らし、前肢を失ったレヴォルフが地面に転がる。


 収納空間に手を伸ばす。


 取り出すのは、エルフの髪綱。


 編み込まれた魔導鋼線が、俺の魔力を受けて光を帯び、長さを増しながら、蛇が獲物を捕らえるようにレヴォルフの動きを止める。


 地に伏せて必死で頭を振りながら、瘴気を口から撒き散らすレヴォルフの眼前に、男が立った。


 後ろに流した長い白髪は、戦いに乱れ、鎧は土汚れに彩られている。


 肉厚の長剣を頭上に構えるその背中は体躯以上に大きく見える。


 その時を迎え、どのような表情をしているのか、俺には見えない。


 だが、雄々しく構える剣とは裏腹に、その背中には喪った者達への哀悼が滲んでいるように見える。


 静寂の中、まるで祈りを捧げているような宰相の背を封印の光が照らす。


 周囲の兵達は息をするのも忘れて宰相の姿をじっと見つめている。


 静かな呼吸音が静寂に溶ける。


 宰相の体の内で魔力が一気に高まったように見えた次の瞬間、剣は仇敵へと振り降ろされた。


 短く発されたかけ声と共に放たれた一閃が、レヴォルフを討った。


 ──


 レヴォルフを構成していた瘴気が空気に散っていく。


 それを見届けると、積年の役目を果たした宰相は、振り下ろした剣を納めることもできず力を失い──倒れることはなかった。


 シェルダとユルディマの二人が宰相の背をがっちりと支えていた。


 前王に仕えながらその王を失い、その娘を新たな王として戴いて、ようやく責を果たした宰相。


 そして、魔王の責務を果たすに至ったユルディマとそれを支えたシェルダ。


 歓喜の声を上げる兵達を見ながら、安堵感とともに、部外者である自分にはうかがい知れない、これまでの辛苦を想った。


 ……


 改めて、封印の元へ向かう。


 花弁の中の次元の裂け目の向こう側はこちらと変わらぬ景色が見える。


 そして、景色の端を黒い尻尾がゆらりと通り過ぎた。


 ──!


 目を疑う。


「どうしました?」


 ノルがリンドと一緒に封印を見つめる俺に声をかける。


「いや、今裂け目の向こう側に……」


 裂け目の向こうの景色を指さす。


 ノルが首を傾げる。


「あの裂け目ですか?真っ黒で何も見えないですけど……」


 見え方が違うのか?俺には確かにこちらと変わらない景色が見える。リンドも俺の言葉に不思議そうに裂け目を見つめている。


「俺には裂け目の向こう側に普通の景色が見える」


 これまでの、レベルアップで得てきたスキルを頭で総ざらいするが、思い当たるものは見当たらない。


「どういうことでしょうね……」


 ノルが言う。否定せずにいてくれるのがありがたいが、きっと答えは出ない。


「ごめん。──多分、俺がおかしいんだと思う」


 話を変えよう。ため息をつきながらそう言う。すると、


「そんなこと言っちゃダメです」


 リンドが俺を見上げてそう言った。真剣な目だ。


「ヒトは同じものを見ても、同じように見えているのかはわかりません」


 ……


「同じ色を見ても同じように見えてるわけじゃないのかもしれない。わたしはそれを知って、とても怖くなりました」


 リンドが言葉を継ぐ。


「……その時に母様が言ったんです。それはおかしなことじゃないって、ヒトはそれぞれ違うから見え方も感じ方も違うことがあるけど、それが多数と違うからって、おかしいことじゃない。それは特性なんだって」


 リンドは胸の前で手を握り、涙を目に溜めている。


「だから……おかしくないです。悪くないんです」


 自分と他人は違う。


 でも違うことを知ってそれを認め合うことが、ヒトにはできる。


 あまりに特異な状況で育ったリンドにとっては、龍のその教えは大事な支えであり、希望なのだろう。


 現代人の俺でもおざなりにしてしまっているその心の置き方に驚きと切なさが混じる。


「そうだな。撤回するよ」


 リンドの頭に手を置く。


「何でかは今はわからないけど、わかる時がくるかもしれない」


「まあ、わからなくても、それはそれ。今は皆でやり切れた事を喜んどこう」


「そうですね。それに……まぁ、ユキオさん自体が特性だらけですし」


 いつになくノルが軽口を言う。


「言うねぇ」


「大分慣れましたから、ね」


 リンドに向かって軽くウインクしながらノルは言う。


「よし、じゃあ行こうか。魔族の祝勝会も楽しみだ」


 封印に背を向け、兵達と喜びを分かち合うシェルダ達の元へ向かう。


 俺達の後ろでは、大輪の花が淡い光を放ちながら、大きく咲き誇っている。

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