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悠々異世界漫遊譚 〜おっさん旅すりゃ、世界がさざめく〜  作者: かたか那由他
第4章

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第47話「扉の向こうへ」

 レヴォルフと対峙する。


 視界の端で捉えていた封印の明滅が終わり、光が満ちる。


 瞬間、レヴォルフが封印へと飛びかかるのに回り込んで、棒を頭部に叩き込む。


 よっぽど封印がかけ直されるのが嫌らしい。


 なおも封印へ向かおうとするのを、食い止める。


 魔力を込めた棒で丸太のような形状を作り、レヴォルフの口へとあてがう。


 馬のハミか? いや、イヌ科だから噛み棒か?


 牙が触れて衣服を裂き、体中に傷がつく。そして傷ついたそばから自動回復が発動する。


 すぐに治っても痛いものは痛い。痛みに耐えつつ両手でレヴォルフの動きに合わせ続ける。


 レヴォルフが棒を嫌って首を横に振る。


 それにタイミングを合わせて押し込みながら、全身でひねり倒す。


 地面に横倒しとなった首元に棒を押し込んで圧して、もがくレヴォルフを抑えつける。


 チラリと、封印に目をやると余りの美しさにしばし、目を奪われる。


「おお……」


 思わず声が漏れる。


 抑えつけているレヴォルフがぴくりと反応した。そして、唸り声を上げながら、全身を跳ね上げ、俺の制圧を跳ね除けた。


 アノンを通じてユルディマの声が頭に響く。


「封印のかけ直し、完了したわ!」


「結界の構築は?」


「今やってる」


 その言葉が終わるや否や、花から葉が生じるように、新たな幾何学模様が形成される。


「シェルダ、リンド、さすがね。ありがとう!」


 ユルディマの弾んだ声が聞こえる。


「これで、封印の周辺は守られる。待たせたな」


 シェルダの声が聞こえる。


「とは言え、どれほど耐えられるかは分からない、ぐずぐずはできないぞ」


「ああ、これで心置きなくやれる」


 棒を構え、対峙する。


 封印が変わった事を察したのか、レヴォルフの意識が完全にこちらを向いた。


 レヴォルフは横に一度跳び、切り返しながら、前肢の爪で薙いでくる。


 それを棒で弾き、浮き上がった前肢の下を潜るように態勢を下げて踏み込む。


 そして、抜けながら、棒から魔力を刃状に形成しつつ抜き払う。


 レヴォルフは、身を捩って一回転してかわす。


 俺の刃は、毛皮の表面をなぞっただけだ。


「いやに、しっかりかわすじゃないか」


 棒を構え直す。先刻までとは、動きの質が違う。


 エルフの伝承では、初代里長が封印をかけた後、半身を倒したんだったか。なるほど──


「倒せない相手じゃなくなったみたいだな」


 レヴォルフが唸り声をあげる。


 先程までと違い、敵意のような意思を感じる。


 瘴気が地面に伸び、牙が生えてくる。


 それを横に跳んで避ける。


 俺の踏み込みを距離を取りながら避けつつ、更に瘴気を地面に放つ。


 あと一跳びで間合いに入るところで、レヴォルフの足下から瘴気が伸びる。


 ──いける。


 地面の瘴気を飛び越え、棒を振りかぶる。


 瞬間、レヴォルフの瘴気が弾けるようにその口から放たれる。


 瘴気を含んだ咆哮が衝撃を伴って俺の全身を打ち、地面に弾き飛ばされる。


 全身が麻痺したかのように手足の感覚が遠く、視界がぐらぐらと歪む。


 自動回復──内部ダメージの修復に時間がかかっているのか、まだ動きを取り戻せない。


 歪む視界に、レヴォルフの牙が迫る──。


「おらぁ!」


「ぬぅっ!」


 大剣がレヴォルフの胴体に振り下ろされ、長剣が横っ面を突く。


 そこにいたのは、老人というにはあまりにも逞しい白髪の武人と、見るからに豪傑の風貌のむさ苦しい顔。


「横槍は無粋だが、いささか待ちかねてな」


 宰相が俺を起こしながらそう言った。


 まだ、視界は揺れている。


 完璧なタイミングの助太刀。ソロじゃないって素晴らしい……。


 ◆


 封印の間の前室。


 控える兵達の鎧の当たる音が時折聞こえる。


 兵達には、いつでも動けるよう体を動かしておくよう言ってある。


 封印の間から、聞こえる金属音とレヴォルフの咆哮。無惨に敗走したあの日とあの禍々しい黒狼の姿が蘇る。


 瞑目し待つ。


 どれほどの時間が経ったか。隣に立つバルマは歯噛みしながら、ぶつぶつと呟いている。


 ──突入のタイミングは任せる。


 先行前、ユキオが儂とユルディマに言った。


 ユルディマ達は行ったはずだ。姿を消してからしばらく経ってから、封印の間から漏れる光の明滅を見張りの兵が確認している。


 ──いつだ?


 機を窺う。


 ──いつまで?


 バルマが堪えきれないように、大剣を地面に突き立てたところで、見張りの兵が前室に駆け込んでくる。


「封印が変化しました!」


 ──封印がかけ直されれば、レヴォルフの討伐が可能になるはずだ。しかし、迂闊に飛び込めば兵を死地に誘うことになる。ユキオが消耗させてからの突入が現実的だ。


 ──だが。


「突入する!」


 開いた目の先には、広間に続く通路。先の状況は見えない。


 あの獣を討つ──その猛りが抑えきれぬ。


 バルマが雄叫びを上げながら、剣を抱えて飛び出す。


 己の身体も弾けるように動き出していた。


 通路を抜け、悔恨と怒りをぶつけ続けた扉を越して、広間へ。途中腹へ響く、レヴォルフの咆哮が呼び水となり、更に血炎が体を巡る。


 止まることなく、レヴォルフの黒い体を目がけて走る。一歩一歩踏みしめる足に力が入る。


 レヴォルフは吹き飛ばしたユキオに向かい、その忌々しい口を開き、迫る。


 ユキオは身動きがとれずにいる。


 両手に剣を握り直し、腰を落とす。


 この日をずっと待ちわびていたのだ。思い知れ──。


 走る勢いをそのまま乗せてレヴォルフの顔面を突く。硬い獣毛の感触と、更に硬い肉の感触、貫くには至らない。


 だが、かつて敗走した時のそれとは違う。切っ先を通して手応えを得た。


 バルマの叩き付けるような斬撃にも明らかに衝撃を受けた反応がある。


 確かな手応えに胴震いがする。


「横槍は無粋だが、いささか待ちかねてな」


 今だ焦点の定まらぬユキオに手を伸ばす。


 常人では、即死か瀕死の攻撃だろうが、謎の白い光を放つこの男はまだ終わるまい。


 助け起こしている最中でありながら、徐々に目は光を取り戻し、支える身体にも力が満ちる。


 封印の側から、シェルダが叫ぶ。


「封印周辺の結界に加え、広間に加護の結界布設完了!」


 守りの結界だ。身体に薄く加護の光が見える。


「認識阻害の結界も完了です!」


 ノルも続けて叫ぶ。広場内の兵達がレヴォルフに見えづらくなるはずだ。


「全兵、広場に展開! 大盾が前衛! 魔法兵は拘束を試みろ! 狙うのは足だ!」


 指示を受けて兵達が声を上げつつ、配置につく。


 生半可な攻撃は不要。


 ユキオを除く攻撃役は儂とバルマだ。若い者には悪いがここだけは譲れん。


「最高のタイミングだったよ」


 どういう仕組みか、元気を取り戻したユキオが棒を構えながら言う。


「年の功というやつだな」


 答えながら左手で刀身に魔力を流す。凍気で空気が凍結する音がする。久々に聞く音だ。


 かつて戦場にあって常に近くにあった音。


 冷える刃と裏腹に滾る心を踊らせ、バルマを圧倒し始めている、あの獣の元へと駆け出した。

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