第46話「封印の花弁」
耳をつんざく雄叫びが広場に響き渡る。
「くっ!」
思わず耳を塞ぐ。
──ユルは!?
横に立つユルディマは微動だにせず、虚空を見つめている。
青白く光る封印の筋は、ユルディマの体の表面に幾何学模様を描きながら走り、封印に合わせて明滅を繰り返している。
ノルが隠匿の魔法を発動した。私の集中が切れても大丈夫なようにだろう。
(アノンさんに、通信を頼みました!)
ノルの声が頭に響く。
(リンドさん、無事ですね)
(はい!)
(シェルダ、ユルディマさんの様子は事前に里長から聞いていた通りです!封印がユルディマさんに伝え終わるまで、守りましょう!)
情けない事に、ユルの異変に動揺したらしい。
(わかった! だが、封印から離しても大丈夫なのか?)
(里長は離れすぎなければ大丈夫だと)
(よし)
ユルディマの体を抱え、レヴォルフの反対側へと移動する。
明滅する封印へと、近づこうとするレヴォルフをユキオが行かせまいとその初動に合わせて、攻撃する。
レヴォルフとの接触の度に、ユキオの体が白く淡く光る。
一秒一秒があまりに長い。
「下だ! 全員かわせ!」
ユキオが短く叫ぶ。
足元に瘴気。先ほどのユキオの報告が脳裏に蘇る。
ユルディマを抱えたまま跳べるか?リンドはどうする?
「走って!」
リンドの声と共に、私達の前に空中に向かって燐光が道を作る。踏み出した足を光がしっかりと受け止める。
ユルディマを抱え、全員でそれを駆け上がる。
高さが背丈を越したあたりで、瘴気から湧き出た牙が封印の周辺を一面の棘へと変えていた。
牙が消えたのを確認して降りる。今ので私達の居場所がヤツにバレたはずだ。
すぐに走って移動する。
扉側に移動する私達と逆方向へと、リンドは燐光で空中に道を作る。
「無事か!?」
焦りのためか、ユキオが大声で確認する。
(全員無事です!今4時の方向外周へ向かってます)
ノルが声を出さずに応える。
(じゃあ、あれは囮か! ──なら)
ユキオがレヴォルフとの位置取りを変え、燐光の道の前に立つ。
それを察したレヴォルフは、回り込んで燐光の道の先を狙う。
ユキオは、それを幾度か阻み、態勢を崩してみせた。
レヴォルフは態勢を崩したユキオには目もくれず、燐光へと牙を突き立てるが、無論そこには誰もいない。
(よし、かなり外周までこれたな)
ユキオは、すぐさまそれを追って、レヴォルフとの戦いの場を私達から離れた場所へと移すことに成功した。
抱えたユルディマは未だ戻らない。虚空を見つめたまま、瞳が細かく震えている。
──まだなのか、ユル。
明滅する体を持つ手に力が入った。
◆
あたしは、封印の中にいた。
いや、あたしの意識が封印そのものになっていたというべきかもしれない。
封印が体の中に入ってきて、全身に達した瞬間、あたしの意識は体から離れ、封印からあたしの体を抱くシェル達を見ていた。
ただ、時間の経過は驚くほど遅い。あたしの外はゆっくりと、時間が流れている。
速すぎて見えなかったユキオの腕の振りすら、目で追える。
──このあとはどうすればいいの?
そう思った瞬間、声が響いた。お父様に似てる?いや、でも男性とも女性ともつかない声。
『汝、守り人ゼグルドの娘、相違なきや』
──ええ、あたしは間違いなくゼグルドの娘、ユルディマ・ノクティスよ。
『古の術と契約に従い、汝、門の守り人たるや』
──勿論。そのために来たわ。
『承認する』
その瞬間、周囲から無数の承認の声が響く。そして、最後に聞こえた声。
お父様とお兄様達。懐かしい声に周囲を見回すが、声の主はない。
外では、地中からゆっくりと飛び出す牙をシェル達がリンドの作った燐光の道を駆け上がって避けようとしている。
──早くしないと。
思いがけずに聞こえたお父様達の声。お父様達には悪いけど、それを気にする暇はない。
『名乗れ。己、守り人なりと』
拳を握り締め胸に当てる。
──あたしが……このユルディマ・ノクティスが、新たな封印の守り人よ。
宣言した瞬間、ゆっくりと、封印は光を放ち、私の意識も照らし始める。
そして光に包まれる──。
「わかった」
目の焦点が合い、あたしの顔を覗き込むシェルの顔が見えた。
心配そうな顔しちゃって。
「行けるよ。シェル」
シェルの手を借りて立ちあがる。ここからは速度勝負だ。もう頭でやりとりしていられない。
リスクを承知で口を開く。
「すぐに封印のかけ直しに入るわ。結界を接続する箇所を作ったから、シェルは結界の構築して接続、リンドは中継をお願いね」
封印は先ほどまでと姿を変えて、幾何学模様の筋が花弁のように門を囲んで開いている。
接続箇所を光らせる。
「接続する箇所はそこよ。隠匿魔法は継続。構築次第結界は発動可能よ。急いで!」
一瞬だけ呆気にとられたシェルがいつもの表情に変わる。──いつもの冷静で優秀なシェルなら、大丈夫。頼りにしてるんだから。
「リンドも、練習通りにしたら大丈夫。あなたならできる」
封印の中から見ていた。貴女はあたし達の恩人。終わったらもう一回抱きしめさせてね。
「ノルは周辺を警戒しつつ、二人の補助を!」
「はい」
いずれ、彼女も守り人になるのだろう。先輩としていいとこ見せてやろうじゃない。
「封印をかけ直すわ」
意識を集中させる。
まるで、ずっと前から知っていたように、体の一部を動かすように封印の仕組みがわかる。
──ここだ。
両手を前へ、掌の先に青白い術式が浮かぶ。
手を捻り、術式を起動させる。
幾何学模様で出来た花弁が回転しながら閉じて、そして、層を増やしながら再度花開く。
封印の間を照らして、次元の裂け目を囲み、大輪の花のような封印が姿を現した。
──さぁ、仇を討つよ。そこで見ていてね。
あたしは封印を見上げた。




