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悠々異世界漫遊譚 〜おっさん旅すりゃ、世界がさざめく〜  作者: かたか那由他
第4章

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第45話「見える恐怖、見えぬ恐怖」

 黒い巨体が宙に舞い、加速しながら突進してくる。


 棒に魔力を込めて、振り払うように、迫ってきた爪を打つ。


 空気が震えるほどの衝撃と共に激しい金属音が広場に響き渡った。


 残響の中、距離を取って着地したレヴォルフが、俺を値踏みするように睨めつける。


 一撃目を防いだ俺を警戒しているのか、探るように鼻を鳴らす。


 後方、扉の奥から光る蛇のような照明魔法がドーム状の壁に走った。


 後方部隊からの支援。薄暗い闇にぼやけていたレヴォルフの輪郭が露わになる。


 巨大な狼のようなフォルムだが、前肢の手は狼のそれよりも大きく、太く、長い爪を備えている。


 真っ黒な毛皮に覆われた身体からは湯気のように瘴気が立ち上り、耳まで裂けた口からは鋭利な牙が覗いている。


 レヴォルフは、明るくなった天井に目をやり、大きく息を吸った。


 次の瞬間、遠吠えのような鳴き声を出す。空気がビリビリと震える。


 ──ここで悠長にしてるわけにもいかない。


 俺は、レヴォルフに対して距離を取りながら、回り込む。


 理想は扉の反対側、壁の側で釘付けにすることだが、巨体に似合わない素早さ。


 そう簡単にはいかないだろう。


「アノン」


「なんだ」


「ノルさんに繋いでくれ」


「おう」


 姿は見せず、会話のみをアノンと行う。


 その間もレヴォルフは動きを止めて、横目でこちらを窺っている。


 その眼には、意志の光は感じられない。


「ノルさん!」


『ユキオさん、どうしました?』


「定期連絡だ。まだ来ちゃだめだ」


『わかりました』


 刹那。足元に瘴気が集まるのが見えた。


 ──これはマズいやつだ!


 俺が跳び上がった瞬間、地面の瘴気からレヴォルフの爪に似た無数の棘が突き出した。


「地面に瘴気! デカい棘が出るから、気をつけろ!」


 ユルディマ達に、伝えておかなければならない。


 レヴォルフは、空中の俺をめがけて、飛びかかる。


「くそっ!」


 不十分な態勢。


 爪を両手で支えた棒で受ける。衝撃が身体を貫き、後方へと吹き飛ばされる。壁に背中が激突し、一瞬息が止まる。


 瞬間、俺の体を淡い白光が包む。自動回復。レベル45で得た超々有用スキルだが……。


「発動したのは久しぶりだな」


『大丈夫ですか!?』


「ああ、大丈夫。ケガは──すぐ治る」


 棒を構え直して、追撃に備える。


 壁際に来てくれるなら有難い。


 誘うように、構えながら棒を振りゆっくりと奥へ。


 徐々に距離を詰めながら歩むレヴォルフが足を止め、頭を下げて後肢に力を込める。


 来る──。


 大きく開かれた顎が俺を狙う。


 繰り返される噛み付きをかわしながら、攻撃を加える。岩くらいなら、砕ける威力はあるはずだが、びくともしない。


 普段以上に、全身に魔力を込める。


 繰り出される左右の爪を弾く。


 切り返して放つ俺の棒をかわし、カウンター気味に前肢を振り下ろす。


 ──ここだ。


 一気に踏み込み、懐へ。下から首元を切りつける。棒から放出した魔力の刃が黒い毛皮の奥へと沈み、その肉を切り裂いた。


 しかし、レヴォルフはそれを意にも介さず、身を捩りながら、俺を爪で振り払った。


 首元から漏れる瘴気が徐々に治まっていき、斬撃の痕跡はなくなった。


「こいつは──攻撃してもすぐに回復するらしい。厄介だぞ。とりあえず扉からは距離を離した」


 入ってこい──とは、言わない。


 こいつの眼。知性や意志を感じるものではない。ただ、ガルフェルドのような野生を感じるものでもない。こちらの言葉が理解できないと決めつけるのは早すぎる。


「お互いタフさには自信があるみたいだからな、当分は俺とじゃれてもらうぞ」


 自動回復持ち同士の泥試合だ。俺は魔力を棒に込めなおした。


 ◆


 封印の間へ至る通路。


 ユキオが先行して間もなく響き渡った衝撃音が、肌を打つ。


 通路に響く遠吠えで、先ほどおさまった震えがまた戻ってきたような気がして、拳を握りしめた。


 どこからともなく、アノンの声が聞こえる。


「ユキオとつなぐぞ」


『ノルさん!』


「ユキオさん、どうしました?」


 呼ばれたノルが応える。


『定期連絡だ。まだ来ちゃだめだ』


「わかりました」


 シェルと頷き合う。


 シェルが目を瞑り隠匿魔法の詠唱を始める。ノルはその横で広場の音を聞き逃すまいと集中している。


『地面に瘴気!デカい棘が出るから、気をつけろ!』


『くそっ』


 直後に響く激突音。


「大丈夫ですか!?」


 ノルの声に焦りが見える。


『大丈夫だ。ケガは……すぐ治る』


「どういうこと?」


 思わずシェルに問いかけるが、シェルも首を振る。


「あいつのことだ。また、とんでもない能力でもあるんだろう。──それより」


「ええ」


 戦いの音は徐々に遠くなっている気がする。


 シェルが術を展開するのに合わせて、あたし達は身を寄せる。頭上に広がった幾何学模様の術式があたし達を通過して、足元に抜けた。


 相手の認識を阻害するのではなく、自分達を自然と一体とする隠匿の術。少し周囲の雰囲気が変わったように見える。


 あたし達はお互いの姿が見えるけど、少し離れた位置で立つドルティには姿が消えたように見えているみたいだ。


「ドルティ。見えているか?」


「……! 魔王様? そこにおられるのですか?」


「大丈夫そうね」


 小声でそう言って、シェルの目を見る。


『こいつは──攻撃してもすぐに回復するらしい。厄介だぞ。とりあえず扉からは距離を離した』


 ユキオの声が聞こえる。


「入って良いと言わなかった……、ヤツに聞かれたくなかったのか……?」


 シェルがユキオの言葉の意図を読む。


 大きく深呼吸する。


 ──もう震えはない。


「いきましよう」


 扉へ向かって進む。


 明け放たれた扉の向こう、幾何学模様の封印と、激しく動く黒い影が見える。


 あれが──


 押し殺していた怒りが自然に拳を握らせる。


 その拳を、シェルの掌がそっと包む。


 横を見るとシェルがこちらを見ていた。


 そう。今は違う。


 今すべきことは──


 頷いて、先へ進む。


(喋らずにユキオとなんとかやりとりできないかしら?)


 いまのあたし達の姿はユキオにも見えていないはず。自分達の場所を知らせておいた方がいいのだけど、良い方法が見つからない。


 すると、頭の中にアノンの声が響いた。


(できるぞ。やるか?)


 思わず、皆の顔を見る。リンドが驚いて声を出しそうになったのか、口を押さえている。


(お願いしていい?あと、ユキオとのやりとりはあたしがやるって、みんなに伝えてくれる?)


(わかった)


 シェル達が私を見て頷いた。


(ユキオ、あたし達は今から広場に入る)


(うおっ、なんだこれ?)


(アノンよ)


(驚いた)


 喋ってなくても、どこかゆるいのがユキオらしい。


(居場所がわかるのは、助かるな)


 ゆっくりと、広場へ足を踏み入れる。封印の向こう側、ユキオはレヴォルフと戦っている。


 今はそれを具に見る余裕は無い。


 中央の封印が遥か遠くに感じる。身を寄せ合いながら、激突音が響く広場を進む。今は皆の温もりが有難い。


(今、扉から中に入ったわ)


(わかった。扉が6時の方向だとして、10時方向に誘導する)


 戦っているとは思えない落ち着いた思考。ホントに人間なのか疑わしい。


(了解)


 半分ほどまで、歩を進めた所で、ユキオの声がする。


(すまん、少しそっちに寄りそうだ!3時方向に寄ってくれ!)


 方向を変えて走る。進んでからユキオの方を見ると、肩口から血が流している。レヴォルフの移動を制限しようとして、無茶をしたに違いない。


 リンドは心配の目を向けている。


 次の瞬間、ユキオの体に白い光が浮かび、何事もなかったかのように腕を振る。


(今、4時の方向、封印までは後少し)


(皆無事だな?見えてないのは、怖すぎるぞ)


 封印へと近付く。


 あと少し。自然に足が早まる。


 門の封印。見上げると中央の空間に裂け目があり、内部は真っ黒の闇が満ちている。それを囲むように幾何学模様の光が浮かんでいる。


 これが封印……。


 お父様と、お兄様達の顔が浮かぶ。セウィド兄様が未来を夢見て開こうとし、父様とファルダ兄様が命を賭して半ば閉じた封印。


 やっとここまで来た。


 浮かぶ幾何学模様に手を伸ばす。


 指先が触れた刹那、ひんやりと冷たいが何かがあたしの体の中に入ってきたような感じがした。


 続いて体の表面や内側に、封印の術式が青白い光の筋となって流れ込む。


 そして封印が明滅しはじめた。


 ──広場にレヴォルフの雄叫びが響いた。

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