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悠々異世界漫遊譚 〜おっさん旅すりゃ、世界がさざめく〜  作者: かたか那由他
第4章

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第44話「破滅との邂逅」

 破滅の獣。


 前王の第二子セウィド様が、魔導技術院一等研究員ヤラガ・ノールドと共謀して封印の解除を試みた際に、封印の間に出現した。


 後にレヴォルフと呼称することとなったそいつは、セウィド王子と、ヤラガ研究員をはじめとしたその場の全員を噛み殺し、封印の間に居座った。


 あたかも、封印の解除を邪魔させぬように。


 その後、前王ゼグルド様と、第1子ファルダ様により、辛くも封印解除は止められたが、我々は王と未来を奪われた。将であり、王の盾であるべき自分は瀕死の王と、ファルダ王子を抱えて背を向けるしかなかった──。


 諸侯会議の折、バルマから『腑抜け』と罵られた。かつての自分であったら、すぐさまに剣を抜き放って、闘技場に駆け出していただろう。


 そうできなくなったのは、かつての教え子を王と戴いた重みか、王を救えなかった己を自らそう思っているからか。


 おそらくその両方だろう。


 封印の間に続く前室。ここを過ぎれば、閂のかけられた扉がある。宰相になってから、二月と開けずに扉の前まで行く。一つは状況の確認のため、もう一つは、あの日の怒りと悔恨を忘れないためだ。


 居並ぶ兵達を見回す。大将バルマをはじめ軍から選抜した精鋭だ。将軍と、中将以下は不測の事態に備え、王都及び周辺の警戒を任せている。


 封印及び、破滅の獣のことは、上層部を除き秘匿しているため、彼らはつい数日前に秘密を知ったばかりの者も多い。今だ半信半疑で目の奥に不安が覗く彼らに混じり、幾人かは血のたぎりを抑えるように唇を引き絞っている。


 過去の作戦の生き残りだ。かの獣に戦友を奪われた。その償いをさせる──その強い意志が目に宿る。


 その筆頭がバルマだろう。作戦に納得したと言え、かの獣に一太刀くわえようと、四肢には力が満ちている。


 ノル嬢がリンド嬢を伴って、前室に現れた。準備の間、城で見かけた折は不安を忍ばせた目をしていたが、見違えるように、今の彼女の目には、若い力と決意がこもっている。


 リンド嬢は動きやすい格好に着替え、細かい刺繍の入ったマントを羽織っている。防御の魔法が込められたマント。国宝級の代物だが、それでも気休めにしかならないかもしれない。


 なんとしても、彼女を死なせるわけにはいかない。


 作戦に参加する兵達もそうだ。


 我が子と言っても良い年の若者たち。彼らが死ぬ場所はここではない。作戦の成否を問わず彼らを生きて帰らせねばならない。


 彼らの本当の役目は先にある。


 この作戦で命を落とす者があるとすれば、それは儂だけだ。そこだけは絶対に譲れぬ。


 居並ぶ面々を改めて見ながら、ここまでこれたことに感謝する。


 魔王様がシェルダ、ユキオを連れて前室に足を踏み入れる。魔王様は、動きやすく設計された黒い甲冑を纏い、兵達の間を颯爽と進む。


 魔王様が通り過ぎた後、兵達の気力が静かに、溶岩のうねりのように熱く高まっていくのを感じる。


 シェルダも甲冑を身にまとい、腰には剣を差している。戦場で幾度も見た、彼女の父の鞘だ。


 戦友の顔が浮かぶ。不器用だが、子煩悩な男だった。今も見守っていよう。


 ユキオにも、甲冑を半ば無理やりつけさせた。魔族の色である黒を基調とした鎧。部外者の助っ人ではなく、共に戦う一員なのだと示したい。ただの老人のわがままだ。


 魔王が兵の前に立ち、裾を翻して振り返る。


 ──いよいよか。


 これまでは、この前室を進み扉を前にして、いずれは──と拳を握り締め、奥にいるであろう獣を睨み、帰路についていた。


 だが、今日は違う。剣の柄を握る手に力が入り、腹の奥から、熱が上がってくる。


 我が王よ──その無念、雪ぎに参りましたぞ。


 ◆


 封印の間への通路。石畳の床に私とユルディマの足音が響く。


 火の差さない通路に点々と灯りが灯され奥へと続いている。


 無言で歩くユルディマの後ろについて歩く。


「ねぇ、シェル」


 ユルディマが立ち止まった。


「どうした?」


「……」


 ユルディマは前を向いたまま黙っている。


 ふと、立ち止まったユルディマの手を見ると、微かに震えている。


 私はユルディマの隣に立ち、その手をそっと握った。


 ユルディマにはわかるだろうか。私の手も先ほどから、ずっと、震えているのだ。


「いよいよね」


 ユルディマが口を開く。


「ああ、いよいよだ」


 薄暗い通路に声が響く。


「仇討ち……できるかな?」


「できる」


「うん」


「私たちが……お前を王にする」


 ──手の震えがおさまった。


「さぁ、行こう。多分この先で、ユキオが待ってる」


「そうね。ドルティがユキオに自分の昔の甲冑を着せるって息巻いてたから、皆に合流する前に見とかないと」


「ああ、多分似合ってないだろうからな」


 二人で顔を見合わせて笑った。


 そして、ユキオと合流する直前まで、手を繋いで歩いた。幼い頃に並んで歩いていた、あの時のように。


 ◆


 封印の間の前室。


 かつては、王が封印の間へ赴く際に、付き従った兵達が待機した場所なのだそうだ。


 今は、宰相の率いる精悍な兵達が並んでいる。後方には、何やら観測用と思われる装置の側にデニスと研究員達も控えている。


 そして、彼らは正面に立ったユルディマの言葉を待っている。


 しばしの静寂。


「かつて父王ゼグルドが私に言った」


 ユルディマの声が室内に響く。


「真の王たるは、臣とあって臣を思い、民とあって民を思う。そして、その全霊を以て臣民に報い、共に生きること、と。──そして、今ここにあって、その言葉を私は心から感じている」


 ユルディマが少し目を伏せる。


「今、私がここにあり、仇敵を討ち、悲願を成就すべく剣を握れるのは、ここにいる皆、そして私を王ならしめる臣民のおかげであると」


 兵達がユルディマを見つめる目に力がこもる。


 ユルディマが顔を上げた。その目には力強い光が灯っている。


「戦の前だ。長くは語らぬ! 皆で勝利を! 生きて帰るぞ!」


 こらえきれないように兵達が声を上げる。


 バルマのおっさんなどは、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。


 兵達の鬨の声を受けて、ユルディマが通路へと向き直る。


 ──さて、俺の出番だ。


 通路に向かって進む。


 バルマのおっさんがぐしゃぐしゃの顔のまま、俺の背中をバンバンと叩く。宰相も近づいてきた。


「武運を。頼むぞ」


 俺の肩に手を置く。


「この鎧。着心地良いよ。終わったらもらっていいかな?」


「ふっ、儂のお古で悪いがな」


 ユルディマたち、俺の次に入る面々が揃っている。


「入って来るタイミングは任せる」


 シェルダに向かって言う。


「ああ、手筈通りに頼む」


「お気をつけて」


 ノルとリンドが手を握る。


「大げさだな。危ないのはそっちも同じなんだ。気をつけるんだぞ」


 リンドに向かって言う。今日は動きやすいように、髪を後ろにまとめている。


「はい。大丈夫です」


 頷く顔に迷いや不安の色は見えない。


「わたし達が着いてますから」


 ノルがにっこりと笑いながら言った。薄暗い室内に爽やかな風が吹いたような錯覚を覚える。


 じゃあ行くか。


 シェルダに合図し、先頭に立つユルディマの肩を軽く叩いてから、通路を進んだ。通路はゆるやかな下りになっており、少し進んだ所で、前室の灯りは見えなくなった。


 扉がある。


 前もって聞いていた通りの鋼鉄製の重厚な扉だ。


 扉には閂がかけられ、不穏な空気を醸し出している。


 閂に手をかけ、ゆっくりと横へずらす。


 鉄の擦れる耳障りな音が通路に響いた。


 扉に手をかける。自分の身長以上の大きさ。両手で押しながら、一歩、また一歩と足を進める。


 扉が低い音を立てる。


 最後に力を込めて、大きく押し開ける。


 封印の間は、広い空洞になっている。


 以前見た見取り図の通りだ。中央に向かって高くなる天井。岩肌だが人工的な印象を受ける。


 そして、広場の中央、青く光る立体的な幾何学模様が浮かんでいる。


 そして、その横に巨大な黒い狼がいた。風もないのに、長い背の体毛はゆらゆらと揺れ、身体からは瘴気の煙が細くたなびきながら立ち上っている。


 その狼が、目を覚ましたかのように、尻尾をゆっくり上げた。


 そして、首をもたげてこちらに目を向ける。


 黒い闇を赤い稲妻がきり裂いたように、大きな目がじっ、とこちらを見る。


 破滅の獣レヴォルフ。


 これは──。


「強敵だな」


 俺が棒を取り出すと同時に、レヴォルフが赤い眼光の軌跡を宙に描きながら、一気に飛びかかってきた。

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