第43話「闘技場の空」
「どうしてこんなことに……」
円形の闘技場で俺は呟いた。
硬く突き固められた土の上に薄く砂が撒かれ、刷き清められている。
目の前には、鎧を纏った豪傑が一人。黒髪の一部に白髪のラインが一筋、眉間に谷のような深い皺を刻んで俺を睨みつけながら、顎の無精髭を手で擦っている。さっきから憮然とした表情を崩さない。
人間でいうと、40代〜50代位の年齢に見える。
浅黒い肌は日に焼けて、その頑強さを彩り、横にも前後にも分厚いその体を覆う鎧は、鈍く光を反射している。肩に抱えているのは、身の丈ほどはあろうかという大剣だ。
魔法による身体強化が得意なのだろう。取り回しに重さを全く感じさせない。
「得物はどうした」
低く、ドスの効いた声。
仕方なく収納空間から、棒を出す。
一瞬の間があって豪傑は、わなわなと震えながら、大剣を肩から降ろす。
「後悔しても知らんぞ」
切っ先をこちらに向けて、怒りの表情を見せる。
なんだったら、今ちょっと後悔してる。
なんでこんなことになったのか──。
◆
諸侯会議。
豪華な室内、円卓には明らかに偉そうな魔族の重鎮が座り、その中で一人明らかに場違いな俺。
正面にユルディマが魔王然として堂々と座り、その横には宰相ドルティが座っている。
俺をこんな場に引き出した筈の二人は、素知らぬ顔でこちらをチラリとも見ない。
今朝方、侍従達に着せられた詰襟が場の息苦しさを倍増させる。ああ、居心地が悪い。
間もなく始まるかと思ったところで、扉が開き、最後の参加者が現れた。
「大将バルマ・ローンベルグ様、ご到着です」
ズカズカと歩いて席へと行き、席をつく。不満を全く隠さない。
「遅いぞ」
隣に座っている将軍が釘を刺すが、意に介する様子もない。
「それでは、定刻となりましたので会議を始めます」
その後、粛々と会議が進み、本題に入る。
作戦の概要が宰相により、読み上げられる。全ての作戦が読み上げられたその時、低い声が室内に響き渡った。
「異議あり」
声の主は──案の定、遅れてきたバルマ大将だった。
場が静まる。その静寂を壊すように、バルマが椅子を慣らして立ちあがった。
「封印の再設定、大いに結構。先代の仇を討たんとする魔王様のご覚悟、このバルマ感服した」
ユルディマは表情を変えない。
「──だが、この作戦は認めるわけにはいきませんな」
バルマが円卓を見回し、俺を指さした。
「なぜ、あの憎き破滅の獣を叩く役目をむざむざ、人間なんぞに任せねばならんのです!彼奴めは……我らが同胞の命を数多奪った彼奴めは、我らの手で討たねばならんのです!」
「バルマ。お主の言うことはわかる。だが──」
「ドルティ殿!腑抜けられたか!」
言葉を遮られた宰相の眉がピクリと反応する。
「バルマ殿。口を慎め」
年嵩の侯爵が諌めるが、バルマは止まらない。
「かつて将として我らを率いた宰相殿が、我等の強さに、己が鍛え上げた兵に信を置けぬと、そう言っておられるのだ! 決める腹も持たぬなら、それは腑抜けと呼ぶほかあるまい!」
バルマの語気は上がっていく。
つられるように、宰相の熱も高まっているように見える。
腑抜け呼ばわりされたのだ。武人肌の宰相からしたら、これ以上ない侮辱だろう。
宰相が立ち上がる。そして、放った言葉は意外なものだった。
「立ち会え」
その言葉の意味をはかりかねて、円卓が静まりかえる。
「バルマ。お主の言いたい事はわかった。後はお主の言葉、武辺の者として……その力で諸侯に示してみせよ。お主も剣を振るう方が、下手な演説をぶつよりやりやすかろう」
挑発を受けて、バルマの顔が紅潮する。今にも飛びかかりそうな雰囲気で宰相を睨めつけている。
「望むところですな!」
その言葉を聞いて、宰相がにやりと笑った気がした。
「では、バルマ。貴様が見事ユキオ殿を打ち倒したなら作戦の変更を検討しようではないか」
──は?
「その言葉、お忘れ召されるな」
おいおい。
「心配するな。そこまで耄碌しておらん。強者を見る目もな」
「ほぉ!まぁ、皆が納得する言い訳をよくよく考えておかれることですな」
ああ、こないだの『対人戦の経験は?』ってそういう……。
「ふん、まだ口で戦う気か? さぁ、表へ出ろ」
いや、表に出るの俺なんでしょ?
ハメられた。
俺はトボトボと闘技場へと出ていったのだった。
◆
怒り心頭のバルマが、一気に距離を詰めてくる。
魔力で高められた筋力は、鎧で包んだ大柄な体を容易に間合いまで運び、常人では持てないほどの重さの大剣をはたきでも振るように叩きつける。
正確に俺の体を狙ってきた攻撃。
──手加減なしか。
軌道を読んで、剣筋から身をかわす。袈裟斬りを上体を捻りながらかわし、続けざまの横薙ぎを棒で受ける。
予想外の衝撃にバルマが一瞬怯むが、なおも斬撃は勢いを増しながら続く。
振り下ろし。そのまま体当たりで距離を離しつつ、横薙ぎ。
後ろに跳んだ俺を追って鋭い突きが放たれる。
対人戦の、しっかりした剣士との立ち合いの難しさがこれだ。間合いと呼吸。
熟練した剣士のそれらは、時にスペック差を埋める。
俺に反撃の間を与えない。
剣閃は徐々に鋭さを増し、回転も上がってきて、こちらも受ける回数が増えてくる。切り上げを下がりつつかわしたときに、バルマの魔力が目に見えて高まる。魔力が剣へと伝わり炎を纏った。
その激情を表すような炎が徐々に収まり、刃に沈むと大剣が赤く溶岩のような色に変化する。
よっぽどの業物だろう。剣の形を保ったままあり得ない熱を放つ。
闘技場で見守る諸侯から低い声が漏れる。
バルマを見ると、口の端がこらえきれないように上がっている。
俺は、棒を持つ右手を前へ、そして右足を踏み込み半身に構える。棒はゆるやかに下段に。
受けてやる。
その意思を汲んだか、バルマが再度距離を詰めた。振るう度に熱風を起こしながら、赤熱化した刃が八方から襲い来る。
それを手首と腕の返しの最小限の動きに魔力を込めて、叩き、払う。それでもバルマの連撃は止まることはなく、闘技場には剣風の吹きすさぶ音と、鉄の音が響く。
俺とバルマの周りは赤と黄色の火花が散り、周囲の地面を焦がす。
俺は剣を受けながらじりじりと歩を進める。バルマは間合いを徐々に潰されている事はわかっている。
しかし、この膠着を止めた瞬間を思えば剣を振って俺の進行を止めるしかない。
一歩、そして、また一歩。
──詰みだ。
「ちぃっ!」
バルマが半歩下がりながら、渾身の力で剣を振り降ろす。
その振り下ろされる刃の根元を下からかち上げる。勢いの乗り切れない大剣を棒の威力が上回る。
浮いた上体に体をぶつけつつ、足をかける。地味だが対人では、もっとも効果的な技。
倒れ込んだバルマの上体に膝をついて動きを制し、棒に魔力を込める。
そして、逆手に持ちかえた棒をバルマの頭部へ──。
激突音が闘技場に響き、周囲から息を呑む音がする。
クレーターのように、ひび割れた地面。
舞い上がった土煙の奥から、下から真っすぐに俺を見据えるバルマの眼光が光る。
顔の真横に突き立てられた棒には目もくれない。
まったく……魔族の武人というのは、とんでもない。
「そこまでだ」
宰相が声を上げた。
俺は立ち上がり、バルマに手を伸ばす。
バルマは一度目を瞑り、大きく息を吐いたあと、俺の手を掴んで立ち上がった。
宰相が近づいてきて、俺の肩に軽く手を置いた。
「バルマ。どうだ?」
立ち上がったバルマは、軽く身体を震わせたあと、笑い始めた。呵々大笑というやつだ。
「負けた負けた! 完敗だ!」
その様子を見て、宰相が小さく息を吐く。
バルマは笑い終えると、俺の方へと向き直った。
「その力、この身を持って味わわせてもらった。奴の抑え、お前に任す」
宰相が頷いた。
「それでは、他に作戦に異論のあられる方はおられるか?」
諸侯らはそれぞれに首を横に振った。
ユルディマを見ると、両手の拳を握り、小さくガッツポーズをこちらに見せた。
バルマは俺に歩み寄り肩を組んできた。
「だがな──、彼奴との戦い。仕上げには、俺も出るぞ! 彼奴めには、せめて一太刀くれてやらんと、泉下の部下どもに合わせる顔がないからな!」
バルマは俺の肩をがっちりと掴んで、そう宣言した。
この国の武人ってやつは、どいつもこいつも……。
俺は抜けるような青空に向けて、大きくため息をついた。




