第42話「準備四景」
石畳の緩やかな坂道を歩きながら、俺は大きな欠伸をした。
商店が立ち並ぶ通りを抜けて、王宮へ向かうにつれて民家は減り、塀に囲まれた邸宅が増えてくる。
麻袋の中で先ほど買った飲み物の瓶がカチャカチャと音を立てる。
収納魔法でしまっても良いのだが、何となく手に持って歩きたくなった。これも風情というものだ。
王宮の跳ね橋を渡ると、若い門番がいる。手を上げて挨拶すると門番は俺の顔を見て、通用門を開けてくれる。
「ありがとう」
礼を言いながら、通用門を通り城内へ。兵や役人が忙しなく働く中を通り過ぎ、扉の前に立つ。
ノックをすると、ノルの声で返事があった。
「調子はどう?」
中に入って、尋ねる。
「なかなか難しいな。エルフの魔法が元になっているせいか、ノルの方が精度が高い」
シェルダがリンドの訳した文書を見ながら返事をする。
「かなり、感覚的な部分がありますからね」
「結界の構築もあるからな、期限までには仕上げるさ」
文書から顔を上げずにシェルダが言う。
「これでも飲んで、息抜きしてくれ」
麻袋から、瓶を2本出してテーブルに置く。
「酒か?」
「いや、流石にここで酒というわけにもいかないだろうからな。果汁の瓶詰めだ。店のおやじさんのおすすめだそうだ」
「いただきますね」
ノルが瓶を手に取り、カップを取りに立った。
「少し休憩にするか」
シェルダも瓶を取って封を切る。
「そうそう。適度に休みながらな」
俺がそう言うと、シェルダは直接瓶に口をつけて、中身を一口飲んだ。
「お前はどうしてる?」
「特にやることがないからな。ひとまずは街を見せてもらいながら、英気を養ってるよ」
カップを持ってきたノルも椅子に腰掛ける。
「例の移住先探しか、どうだ? ミディガルは」
「古都って言うのかな、悪くない。石造りが多いのに圧迫感がないのがいいな」
「お前がここに住んだら宰相閣下が喜ぶな」
シェルダが冗談とも本音とも取れないことを言う。
「勘弁してくれ。茶飲み友達にするには圧が強すぎる」
シェルダはそれを聞いて、笑いを噛み殺した。
ノルも、笑ってやり取りを聞いている。
「そう言えば、ノルはあんまり苦労してないみたいだな?」
話を変える。
「そうですね……。こちらの魔法体系での覚え方は始めてでしたが、割とすんなり覚えられた印象ですね」
「じゃあ、どんどんシェルダにその魔法をかけてあげないとな」
「え?」
ノルが不思議そうな顔をする。
「きっと、感覚的なものもあるんだろうから、頭だけで理解しようとしないで、実際その魔法を受けてみて体感するのが早いんじゃないかと思ったんだけど」
「ふむ……まぁ、そういう考えかたもありかもな……」
シェルダが瓶を持って何か考えている。
「まぁ、俺は素人だし、適当言ってるからな。気にしないでくれ」
「いえ、参考にしてみます」
ノルとシェルダが再開し始めたところで、俺は外へ出る。
扉を閉める前に部屋を見ると、ノルとシェルダが顔を突き合わせて相談し始めている。
しばらく前の出会いから、随分とお互い気心が知れたように見える。二人の努力が実ることを念じて扉を閉めた。
◆
今日はどこへ行こうかと考えながら歩いていると、先の廊下の扉が開き、デニスと宰相が出てきた。
「やはり、問題はあの聞かん坊か」
「根回しは逆効果でしょうね」
「その他はどうだ?」
「特に問題はありません」
宰相が俺を見て、手を上げる。
「おお、ユキオ殿」
今日も長い白髪を後ろに流し、整えられた髭がシブい。こういう年の取り方がしたいものだ。
「お忙しそうですね」
「まぁ、しっかりお膳立てしないことには、戦いの始まりようもないからな」
今の話を聞く限り、次の課題である諸侯会議の準備らしい。
「諸侯会議のこと?」
デニスにむけて聴いてみた。
「ええ、参加者は魔王の血脈を持ち、各地を自治している領主様と将軍達です。魔族全体の問題である以上、諸侯会議は外せない過程ですからねぇ」
デニスが肩をすくめる。
「侯爵様たちの相手は大変そうだね」
「まぁ、そちらは問題ない。それほどに魔王の責務は重いからな。それより──」
宰相はそこまで話して、ふと何かに気付いたように言葉を止めた。
「時にユキオ殿は、モンスター相手だけでなく、対人戦はどうだ?」
「どうと言われても、経験がないわけではないですよ」
冒険者稼業だ。山賊や盗賊の根城の壊滅や、不良騎士へのお仕置きなど、依頼は様々。
流石に殺すのは、現代人の倫理感が邪魔をするため、生死を問わずの案件ばかりだったが──
「強いて言えば、手加減が面倒なくらいかな……」
それを聞いて、宰相は顎髭をいじりながらふんふんと嬉しそうに頷いている。
「なるほど、なるほど……いや実に参考になった。いずれまたゆっくりと話を聞かせてもらおう」
そう言うと、少しいたずらっ子の気配をにじませた宰相がデニスを伴って、歩いていった。
──ああ、いやな予感がする。
◆
屋外ではしとしとと雨が石畳を濡らしている。
間もなく昼食の時間だ。俺達は、食事は宮中の勤め人の食堂で毎度ご相伴に預かっている。
ここ何日かの昼食のメニューを思い出しながら、立ちあがり廊下に出た。
食堂に向かう途中でリンドを見つけた。少し肩を落としているようにも見える。
「リンド」
「あ、ユキオさん」
「昼メシ食べに行くんだろう?一緒に行こう」
「はい」
決行が決まってから、リンドはデニスら魔導技術院の研究員と、燐光の魔法による結界の接続について、試験を重ねている。
時に遅くなることもあるようで、旅とは違った疲れが溜まっているようだ。
食堂に入り、キッチンに声をかける。
「おっちゃん、今日のメニューは?」
コック服を着た年配の魔族が振り返った。
「来たか! ただ飯食らいめ!」
「おいおい、王の客人にその言い方はないだろ?」
「はっ、その嬢ちゃんはともかく、城をぷらぷらしてるだけのお前ぇは、ただ飯食らいだろうが?」
おっちゃんは口が悪いが、言い方がさっぱりしてて、腹も立たない。
「メニュー改善には役立ってるだろ?」
「忙しいってのに、思いつきで、色々させやがって」
「中々勉強になったんじゃないか?」
俺達のやりとりを見て、リンドが唖然とした後、笑い出した。
「もう、ユキオさん、何したんですか」
リンドはくすくす笑いつづけている。
「いや、色々とおいしく食べるためのアイディアを提供しただけだよ」
「まったく、口出しだけじゃなく、厨房まで入ってきやがって……」
俺は料理が嫌いではない。どうせ食べるなら美味しく、それが俺のモットーだ。
「ほれ、今日はお前の言ってきたメニューだ。ちょうどよく肉の切れ端が多く出たからな」
そういいながら、おっちゃんはソースをかけた丸い塊を乗せた皿を俺達の前に出した。付け合わせには、蒸したポテトと玉ねぎ。
ハンバーグだ。
「ちゃんと『つなぎ』は入れたか?」
「たまたま硬くなりすぎたパンがあったから、な」
「よしよし、完璧なハンバークじゃないか」
香ばしい肉の匂いに混じる香辛料の香りに、胃が刺激される。
「ハン……バーグ?」
リンドが聞き慣れない料理名に首を傾げる。
「お肉なんですか?」
「ああ、肉を細かく刻んで、パンの粉とミルクのつなぎを入れて、こねて焼いてる」
「手が込んでますね……」
皿をトレイに乗せながら、じっと見ている。
「俺の住んでたところの料理なんだ」
「癪なことに、美味いから、嬢ちゃん、しっかり味わってくれよ」
「なんだよ、癪なことにってのは……」
軽口を交わして、パンとスープも受け取り、二人で席につく。
「柔らかくて、美味しい……」
ハンバーグを一口食べたリンドが驚いた表情をする。
俺もハンバーグを頬張る。香辛料を入れたひき肉のジューシーさと、肉汁で作ったグレービーソース(もどき)が良い味を出している。流石は、城のお抱えコック、癪だがいい腕をしている。
先に食べ終わった俺はリンドが幸せそうに食べるのを見ていた。
「ふぅ、美味しかった……」
食べ終わったリンドが大きく息をついた。
「少し落ち着いたか?」
「えへへ……。はい」
お腹が膨れて、廊下での落ち込んだ雰囲気は少しマシになったようだ。
「研究所は大変か?」
「はい。結界同士を繋げることはできたんですけど、わたしの魔法そのものの研究も始まって……」
これまで龍とのんびり二人暮らしだったのに、旅に始まり、今では見知らぬ人達に囲まれて、と目まぐるしく移り変わる現状に疲れない方がおかしいだろう。
「何か困ることとか、嫌なことがあったら、すぐに言ってくれ」
一応、デニスには母親の事はのっぴきならない事情があるから、聞いてくれるな、と言ってあるし、シェルダも気にしてくれているから、大きな問題はないだろうが念のためだ。
「いえ、皆さんとてもよくしてくれています」
「なら、いいんだ」
リンドは少し目を伏せた。
「それよりも──」
「うん?」
「作戦の日が近づくにつれて、少しずつ、なんだか胸の当たりが締め付けられるように感じる時があるんです」
リンドがゆっくりと話す。
「研究所の人が褒めてくれたり、ノルさんやシェルダさんが来てくれた後とかに、少しきゅってなります」
「そうか」
「そうすると、なんだかそわそわして落ち着かなくなるんです」
リンドの言葉を聞きながら、窓の外に目をやる。
雨はまだ降り続いている。
「リンドは、失敗したらどうしようって考えてるのか?」
「そう──かもしれません」
「そして、自分のせいでシェルダやノル、ユルディマに何かあったら、と思ってるか?」
「それを考えないように──してるかもしれません」
リンドは俯いたまま答える。
「正しいよ」
俺がそういうと、リンドは顔をあげた。
「人は、誰かのために何かをする時って、自分のせいでダメになったらどうしようって、自然に考えちゃうんだよな」
「……はい」
「俺も自分のためだけに動く方が楽だって思う。失敗しても、損するのも怪我するのも自分だから、よっぽど気が楽だよ」
「……」
「でもさ。自分のためだけに動くより、不安を抱えながら、人のために動いた時の方が……多分俺はいい働きできるんだよね」
「そうなんですか?」
「うん。上手くできるか不安になって、そわそわして、開き直って、また不安になって……。それを繰り返して、あとはやるだけだってなってさ。そしたらなぜか自分で思ってたより上手くいってる」
曇り硝子の水滴がまとまりながら落ちていく。
「ただ、それには条件があってさ」
「条件?」
「しっかりと悔いなく準備すること。不安に駆られながらでも、やれることをやること」
リンドの顔を見る。
「リンドはしっかり準備してるか?」
「……わかりません」
リンドは目を伏せる。
「いや、リンドはしっかりやってるよ。俺が保証する」
リンドがおずおずと目を上げる。その顔を見ながらゆっくりと頷く。
「大丈夫。今は不安でもいい。リンドは今やれることをちゃんとやってるし、周りにはシェルダやノルや俺もいる。安心して不安になってていいぞ」
リンドは目をつぶって胸に手を当てた。ふふ、と小さく笑う。
「……そうですね」
リンドが大きく深呼吸をする。
目を開けた時、リンドの顔は少し明るくなったように見えた。
気付けば、外の雨は止んだようで、窓からは陽光が差し込んできている。
◆
いよいよ諸侯会議を翌日に控えた夜、俺はユルディマに呼ばれて執務室にいた。
今日は俺一人。
既に執務室には、灯りがともり、机の上には書類が所狭しと置かれている。
「おまたせ」
居室から繋がる扉を開けて、ユルディマが部屋に入って来る。手には何やら巻物を持っている。
「ごめんごめん、ちょっと前の話が長引いちゃって。お茶でも飲む?」
「いただくよ」
「じゃ、少し待ってね」
お茶の蘊蓄を聞きながら、ユルディマがお茶を淹れるのを待つ。
ユルディマが、ティーポットから雫が落ちるのを待っている。
「黄金の一滴ってやつだな」
「お、わかってるねー」
ユルディマが最後の一雫を入れ終わり、ティーカップをこちらに渡す。
「美味い……」
お茶の香りに、ふと元の世界で飲んだ紅茶を思い出す。
「ところで、明日は諸侯会議本番だろ?忙しいんじゃないのか?」
「ゆっくりお茶を飲む暇もなかったわ」
ユルディマはため息をついて肩をすくめる。
「俺を呼んでお茶を飲む時間ができた、ってことは、ようやく明日の準備も終わったって事か?」
俺が尋ねるとユルディマは首を振った。
「ううん。あと一仕事」
「そりゃ、大変だ」
「ええ、だから、さっさと終わらせないと」
ユルディマは机に置いていた巻物を広げた。
「魔王ユルディマ・ノクティスの名において、諸侯会議の開催を告げる」
ユルディマが直立して、読み上げる。
「そして、以下の者に列席を命じる。東部イルスト領主ベクルド・サンヴィル。北部ノドル領主ルイナルド・カーリング。西部ウェクイン領主ニッシェ・バンディア。南部サルマ領主アルテミア・ロンデ」
ユルディマは姿勢を崩さぬまま、更に読み上げる。
「総帥ドルグド・ハーディン。大将バルマ・ローンベルグ。中将ナッシェ・グレイン。少将ライカ・ハムディ」
ユルディマはそこまで読み終えて、一度息をついた。
「──さらに特別招聘人、ユキオ・シイバ」
は?
耳を疑う。なんで最後に俺の名前が?
「以上、告示する」
ユルディマが一仕事終えたという清々しい顔で読読み終わった紙を巻き上げる。
「はー、終わった!ようやく休めるわ」
「いやいや、待て待て……」
不服を述べようとする俺の口の前に、ユルディマが人さし指を立てて突きだした。
「明日、期待してるからね」
ウインクを一つ飛ばして、傍若無人の王は、悠々と居室へと戻っていった。
一人執務室に残された俺が呆然と立ち尽くす中、扉が開き、侍従数名が俺を取り囲み、身丈や胴回りなどを巻尺で測り始めた。
一体何をさせられるんだ……? 俺は?




