第41話「会議と決意」
こういう張り詰めた雰囲気はあまり好きじゃない。
会社員時代、上司に押し付けられて駆り出された重役会議を思い出す。
ユルディマの執務室。
馬蹄状の机には、シェルダ、デニスの馴染みの面子の他、複数の魔族男性が座っている。
事前に彼らが大臣だと言うことは聞いていたが、改めてその佇まいに役職以上の威厳を感じる。
俺の隣にはノルとリンド。2人も慣れない雰囲気に緊張しているようだ。
しばらくその雰囲気に耐えていると、奥の扉が開き、ユルディマと宰相が室内へと入って来る。
すかさず立ちあがる。前回で学んでいるのでそこは抜け目ない。
ユルディマが正面の席につき、座るように促した。
「諸大臣、参集いただき感謝する。本日集まってもらった用件は、先の通知の通り……」
宰相ドルティが重々しくもよく通る声で述べる。
「封印についてだ」
真っすぐに正面を見据えるその目は鋭い。
ジェール村からの帰途で大分慣れた気がしていたが、こういう場での表情に、やはり重役なのだなと実感する。
「早速、現在の方針を説明する。デニス研究主任」
「はい」
デニスが立ち上がり、中央に置かれたテーブルに図面を広げた。
円の真ん中に、扉のマーク。下部には通路がつながっており、書き込みがされている。
「こちらは、封印の間の見取り図です。ご覧のとおり、円形の広場中央に『門』とその封印。南側に進入路です。広場には、例の事件から『破滅の獣』が広場を占拠しております」
デニスは見取り図の広場を示す。
「今回、シェルダ第一近衛師団長がお連れしたエルフの里フェニルドの特使よりもたらされた情報により、エルフの里にも『門』があり、封印を里長が管理していること。破滅の獣と呼ぶ個体については、レヴォルフと名付けられていたことが判明しました。今後は先例に従い『レヴォルフ』と呼称いたします」
そこで、デニスは一旦言葉を切って反応を待つが、誰も言葉を発さない。
「続けよ」
ユルディマが肘掛けに手を置いたまま、先を促した。
「初代エルフの里長の時代、封印が解除された際、隠匿の魔法でもってレヴォルフの目を盗み封印をかけた後、レヴォルフの撃退に成功したとの伝承を得ることができました。今回の作戦はそれに倣い、封印の奪取を目指します」
大臣の一人が手を上げた。穏やかそうな、知的な雰囲気をしている。文官なのだろう。
「破滅の獣──レヴォルフと呼びますが、彼奴が封印の間を占拠してから、三度、奪還を目指しましたな。直近では6年前。その時は100人の兵のおよそ6割を失った……。先ほどエルフの里の例に倣い彼奴の目を盗む、と説明されましたが、それが可能と判断した理由をお聞かせ願いたい」
「はい。文献──そこにおわす客人、リンド嬢所蔵の『デオニクス魔導書』から、初代里長が使用していた魔法と同種の隠匿魔法が判明しました。これをシェルダ師団長に習得していただき、封印の守り手たる我らが王をレヴォルフから隠します」
「ふむ。その魔法の実効性は確認できているのですか?」
「我々の魔法理論と照らし合わせた結果、理論上可能、と技術院は判断しております」
別の大臣も口を開く。
「だが、封印が反応すれば、いくら隠匿の魔法で隠れていたとしても、御身を危険に晒すことになるのではないか?過去の奪還作戦においては、広範囲の攻撃を使って多数の兵士が死傷していたはずだ」
「それについては、シェルダ師団長がエルフの里にて、習得してきた結界を封印に繋げ、防御することを考えております」
「とはいえ、結界のみで防げるわけではないだろう」
そこで、デニスが俺のほうを向く。
「はい。結界での防御を最小限に留めるために、冒険者ユキオ殿にご助力いただき、レヴォルフを引き付ける役目を担ってもらいます」
重役達が、気色ばむ。
「冒険者等級『黒』とのことだが信用できるのか……?」
「囮のつもりが餌にしかならなかったということになっては……御身にも危険が……」
口々に不安が語られる。魔族の問題に、俺のような海のものとも山のものともわからない輩が出てくるのが気に食わないし、ユルディマの身が心配なのだろう。
もっとも俺はこの世界のものですらないのだが。
「儂は──」
宰相が口を開き、場が一瞬で静まる。
「この御仁の戦いぶりをこの目で見てきた。ユキオ殿の強さは彼奴めにも届き得ると──儂は見た」
大臣たちが息を飲む。
「老いぼれたとは言え、強者を見る目は衰えておらぬと思っている。それでも、異のあるものがいれば……、よろしい、ユキオ殿に今一度その実力を見せていただく機会をいただけるよう、儂から依頼しよう」
宰相の言葉に重役達は黙り込む。
歴戦の武人という事をシェルダから聞いたが、なるほどその功績は推して知るべしと言ったところか。
その後も議論は続き、出てくる懸念や疑問をデニスは気持ち良いほどにすらすらと答えていく。
議論が煮詰まったかというところで、最も年配の大臣が口を開いた。
「しかし、今の作戦全てにおけることだが……彼奴に本当に通じるものなのか……?」
その言葉に執務室が沈黙する。
確かにやってみなければわからない。不確定情報による綱渡りにしか見えないだろう。
……
その沈黙を打ち消すように、ユルディマが立ち上がり、両手を机についた。
「その答えは──封印の間にしかない」
言い放ったユルディマに大臣たちの視線が集中する。
「責務を投げ出したままの王が、このまま座して民を不安に晒し続けていいのか?私はそうは思わん」
机に置いた手が拳を握る。
「それに数を頼みにして……勇者の屍を積み重ねて責務を果たすよりも、たとえ不確かであっても可能な限り死者の少ない道を私は選ぶ」
これまで犠牲となった兵士の事を考えているのか、大臣たちも沈痛な表情を見せる。
「この作戦の先には民の安寧がある。そうである以上、私は王の責務を果たさねばならない。それに対して──私自身の危険は省みぬ」
ユルディマの言葉には決意が満ちている。
懸念を示した年配の大臣が息をつく。
「作戦を支持いたします」
他の大臣も口々に支持を表明する。
全員が支持を表明したところで宰相が口を開いた。
「決は要らぬな。では、諸侯会議を5日後に開催し、決行は10日後とする。各々、準備にかかるように」
大臣らが頷き席を立った。
「いよいよだな」
大臣らを見送った宰相が呟く。
徐々に熱を帯びていく城内の空気を感じているのか、その表情が生き生きしているように見える。
「お主を補佐する討伐部隊は儂が指揮するからな」
「えぇ……?」
「魔族の無念が晴らされる瞬間だ。最前線の特等席で拝ませてもらうぞ」
背中を叩く宰相の掌の熱を感じて、俺は呆れながらも悪い気はしなかった。




