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悠々異世界漫遊譚 〜おっさん旅すりゃ、世界がさざめく〜  作者: かたか那由他
第4章

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第39話「デニスかく語れり」

 燐光の魔法。


 リンドくんによれば、『育ての親』の魔法を真似たものだそうだが、これまでの魔法体系のいずれにも属しない──というより、体系のない魔法であると推察される。また、その魔力の発現方法は我々の知る方法とはかなり異なるようだ。


「──ぇ」


 シェルやノル嬢の話では、諸国を転々として旅の中で育ち、死期を悟った『育ての親』がケンジくんにその後を託したとのことだが──。まぁ、深く聞くのはよそう。


 それよりも、この特異な魔法について、目の前の問題に対応できるのかが問題だ。


 結界とは、魔力により術式を構築し、術者の魔力を消費して効果を得る。聞けばエルフの里の結界は森と里を含む広域のものであり、その魔力の源は封印であったようだ。仮に個人の魔力で行えば、ほんの数瞬しか保たないだろう。


「──ってば!」


 同じく、レヴォルフの攻撃を防ぐほどの結界となれば、術式を組んだとしても、個人の魔力では維持することは難しいだろう。だからこそ、結界を張るのであれば、封印の守り人となったユルでなくてはならない。それが先ほど出した結論だ。


 古代の文献の中では時折、複数の術士が力を撚り合わせ、結び合わせて、ひとつの術を完成させる描写がある。しかし、様々な術式で試しても、あくまで個の魔法は他の魔法とは合わさらなかった。


 そこに、もたらされた情報。アノンくんは、燐光の魔法を、最近見ていなかった『素直な』魔法と評したという。


「──るの?」


 先ほど計測した燐光の魔法は普通の魔法とは全く違った。本人が魔力の粒のようなもの、と言っているが、その通りと言えるだろう。


 どうやって、体外に魔力を放出、維持し、操作しているのか、これまでの常識と思われていたことを覆す事態だ。その調査と再現性の確認はさておき魔力『そのもの』であるならば──。


「こら、デニス!」


 ユルがいつの間にか隣に立って、僕の肩を叩いた。


「ん?どうしたんだい?」


「どうしたじゃないわよ。『いけるかもしれない』って言ったっきり考えこんで……。説明して」


 見回せば、ノル嬢も、リンドくんも怪訝そうにこちらを見ている。


「ああ、失礼。ちょっと考え事をね」


 悪い癖が出たらしい。


「結論から言うと、リンドくんの燐光の魔法を媒介とすれば、シェルダの作った結界の術式とユルが張り直した封印を繋げられる可能性が高い。今簡易的に確認したところ、リンドくんの魔法は魔力そのものを体外に放出していると思われる。これは驚くべきことなのだけど──まぁ、それは置いておいて、特筆すべきはその性質なんだ。魔力自体は指向性がないが、結界の術式として組んだ瞬間、ある種の指向性をもつことになる。これが他者の魔法と合わせられない理由だ。その術者の色がつくと言い換えても良いかもしれないね」


 ユルがふんふんと相槌を打つ。


「だけど、リンドくんの魔法には、普通の魔法の指向性がない、言い換えると『透明』なんだ」


「透明……」


 リンドくんが小さく呟く。


「そう。透明だからこそ、色の違う二つの術式の間に立って魔力の通り道になることができる、と思われる」


 勿論、もう少し確認しないといけないこともあるが、おそらく可能だろう。


「それなら、リンドちゃんが同行してくれれば、シェルダの結界を使えるのね……だけど……」


「あまりに危険過ぎます」


 ノルが真剣な目で言った。


「そうよね……」


 ユルもその意見に賛成らしい。


 執務室に沈黙が広がる。


「わたし……お役に立てるなら……やりたいです」


 リンドくんが真っすぐユルの方を向いて言った。


「気持ちはありがたいけど、身を隠す魔法の段取りも決まってないし、確実なわけでもないのに、あなたを巻き込めないわ……」


 ユルが困った表情をする。


「身を隠す魔法の情報はケンジさんの収納空間の中、リンドさんの魔法の可能性も確実ではない……」


 ノル嬢が現在の状況を整理しながら呟いた。


「アノンさんがここにいたらな……」


 そう口にした瞬間、テーブルの真ん中に突然仄かに光る球が現れ、人型になる。


「よんだか?」


 アノンくんが姿を現し、ノル嬢に向けて手を挙げた。


「え?アノンさん?なんで?」


 ノル嬢が驚きの声を上げる。


「ノル、よんだろ?」


「ええ、まぁ……。でも、ケンジさんとジェール村に行ったはずじゃ……」


「ひまだったから」


「やぁ、アノンくん。またあえて嬉しいよ。また色々話をさせてくれるかな?」


「おまえ、しつもんばっかり、いやだ」


「そんなつれないこと言わないでおくれよ」


 この間、勢いで色々話し続けたせいで少し嫌われているのかもしれない。


「離れてても、出てこれるんですね……」


「つないでいるからな、えんだな。えん」


 えん……縁のことだろう。我々の常識では計れない存在であるアノンくんのことだ。何らかの方法で、ケンジくんの同行者であるノル嬢やリンドくんと、繋がる手段を持っていると思われる。


「まぁ、この前も離れたところでケンジさんと話できるようにしてくれましたし……そういうことかな……?」


 ノル嬢は混乱しつつも受け入れているようだ。


「えーと……、はじめまして、アノン。ユルディマよ。ユルって呼んでね」


 ユルが平静を装って自己紹介する。


「わかった。ユル」


 アノンくんは、ユルの方を向いて、手をあげた。


「えと、アノンさん。ケンジさんの収納空間から、わたしの本を出してもらうことはできますか?」


 リンドくんが言う。


「できる。ほん、おもしろい。たまによんでる。ありがとう」


「え、そうなんですか?」


「よむ、ということじたいがしんせんだ」


 アノンくんは、うんうんと頷いている。


「それで、どのほんがほしい?」


「青い背表紙で、金箔の南部文字で『デオニクス魔導書』と書いてある本をお願いします」


 リンドくんがすらすらと先ほど言っていた本を伝える。並の記憶力とは思えない。


「わかった、まってろ」


「はい。あ、あと、ケンジさんとシェルダさんは今どうしてますか?」


「ケンジは、でかいゴーレムととっくみあいしてるぞ。シェルダはそれをみてる」


「とんでもない状況みたいね」


 ユルが驚いた顔をしている。


「じゃあ、とってくる」


 アノンくんはそういうと、姿を消した。


「ふぅ。シェルに聞いてはいたけど、いざ会ってみるとびっくりね……」


 ユルの言葉にノル嬢が苦笑しながら頷いた。


 再度、テーブルの上に光の球が浮かび、本を抱えたアノンくんが現れた。


「これだろ」


 リンドくんに本を手渡す。


「これです! ありがとうございます」


 リンドくんは、受け取った本をめくり始める。


 アノンくんが、何かに気付いたように、頭をゆらす。


「どうかしましたか?」


 ノル嬢が尋ねる。


「ケンジが、ゴーレムのコアはどこか、きいてる」


「行かなくて大丈夫ですか?」


「だいじょうぶ。もうおしえた」


 冒険者等級『黒』だけでも、規格外なのに、更にこんな有能な精霊?の加護があるのだ。


 おそらくは宰相もその強さを認めざるを得ないだろう。


「アノンくん。ひとつ聞きたいんだが……、我々は今シェルダの作る結界の術式とユルがこれから受け継ぐ封印を繋げたいと思ってる。その時に媒体として、リンドくんの燐光の魔法を使いたいと思ってるんだけど、どうかな? 可能だろうか?」


 アノンくんは、頭を揺らしながら僕の話を聞いている。嫌われているようだが、答えてはくれそうだ。


「ふういん、ここのしたにあるやつか?」


 ずばり言い当てられる。


「ああ、そうだね」


「できる。リンドのまほうは、すなおだから」


 アノンくんは事もなげに断言した。


「ありました!」


 リンドくんがページをめくる手を止めて声を上げる。該当の箇所を見せてもらう。


 見慣れぬ文字で、読むことはできないが、図案を見ると、術式自体は理解できないことはない。


「なるほど。シェルダならおそらく使えるだろうね。リンドくん、このページを訳すことはできるかい?」


「はい。やってみます」


「助かるよ」


 ユルが立ち上がった。


「じゃあ、これで必要な材料は集まったわね」


「ああ、そうだね」


 ユルとシェルダ、リンドくんが、レヴォルフの目を盗んで封印に触れる。封印のかけ直しをしている間、シェルダの結界で皆を守る。そして、封印をかけ直した後は──。


「具体的な作戦を二人が帰ってくる迄に詰めましょう。デニス。お願いね」


「かしこまりました」


 手を胸に当てて頭を下げる。


 大仰な身振りにユルが苦笑しながら、ため息をついた。


「おわったぞ」


 アノンくんが、ケンジくんの戦いの終わりを告げる。


 結果は聞くまでもないだろう。


 あのカチコチの宰相閣下の石頭を見事に打ち砕いていることを願うばかりだ。


 新しい紙を広げ、大きく息を吸って、吐く。


 インクにペン先を浸す。


 この後、シェルが宰相閣下とケンジを連れ帰ってくる。


 そうしたら、後は残りのカチコチ頭の上層部を理屈と可能性、そして国益で叩きのめさなければならない。


 まず僕ができることはそこからだ。


 手のかかる妹達を持つ兄の気持ちとはこのようなものなのだろう。


 長い苦悩の中、やっと希望を見出だしたユルのために、精々できることで役にたってやろう、そう思いながら、羽根ペンを走らせた。

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