第38話「リンドの気付き」
魔族領ミディガル。
始めて訪れた魔族領。街で、街道で出会った人達は、わたし達エルフが想像していたものとは違っていた。違わないということを想像したくなかったのかもしれない。
街道を行き交う荷馬車の老人は、わたし達に帽子を上げて穏やかに笑みを向け、街で遊ぶ子ども達は屈託の無い笑顔を振り撒きながら、道を駆けていく。
井戸端では、女衆が荷物を抱えてお喋りに花を咲かせ、仕事帰りの男性が妻の姿を見つけて、足早に歩いていって声をかける。
二人並んで歩く後ろ姿に、私の中で作り上げていた魔族の姿はない。
なにかが、綺麗さっぱり壊されてしまった、そう思うとどこか清々しくもある。
そんな、魔族領を体験して、魔王であるユルディマとの出会い。
魔王としての姿は見目に似合わず威厳に満ち、ユルディマ本人の姿を知った後は、その威厳を得るためにしてきた努力と苦労を考えずにはいられない。
ルジュアルスを追って、古城へ赴いてから木の葉が特大の嵐に巻き込まれるようにここまで来てしまった。
そして、里長の言葉。いずれ封印について伝え、触れさせるつもりだった──。これは、私を次の里長候補に、あるいは里長代行を任せるつもりだという、意思表示だと思う。
突然の申し出に、実感が湧かないということもあるのかもしれないけど、重圧は不思議と感じない。
言葉の最後に付け加えられた、『突然でごめんね。ノル』その言葉に、子供の頃、姉と慕った従姉妹の懐かしい笑顔を見たからかもしれない。
ゆっくりと、息を吸う。森とは違う石の香りと、その奥に先ほどの香気が残る。
デニスが声を上げた。
「よし!じゃあ、その『破滅の獣』又の名を『レヴォルフ』をどうするのか考えよう。歴史は学び、活かすためにある。今我々はエルフの偉大なる里長ミエラ様により、歴史を学んだ。次は活かす番だね」
「そうね。あれをどうするか考えないと」
ユルディマは顎に手を当てて、考え込んでいる。
「さっきの話だけど、幼いエルフが目を盗みってあったけど、あのバケモノがそんなに油断するものかしら?あたしの知る限り、封印の間に入った瞬間どこにいても反応してたわ。それこそ、足を踏み入れた瞬間ね」
デニスが装置に向かって言う。
「里長さま、その幼子というのは、初代の里長になるのでしょう?何か初代の里長に関するお話はなかったですかね?」
『そうですね……ちょっと思い当たりません』
考えながら里長は残念そうに答える。
目を盗み……隠れる……。何か頭の中で引っかかる。
あ。
「かくれんぼが得意なシャルトネ……」
不意に口から出たのは、里長がまだ、わたしの『おねえちゃん』だった頃、祖母から聞いたお話だと聞かせてくれたお伽噺だった。
『ああ……!』
里長も気付いたようだ。デニスが興味深げにわたしを見る。
「えと、お伽噺なんですが、いたずらものの少年シャルトネが大きくなって里長になると言う話なんです」
「ふむふむ」
デニスは羊皮紙を引き寄せる。
「シャルトネはかくれんぼが得意で、いたずらを繰り返します。目の前で気付かれないように葡萄酒を泥水と入れ替えたり、門番の槍を門にくくりつけたり、目の前にいるのに相手は気付かないくらいかくれんぼが得意で……最後は改心して里長になるんですけど、お話の中でかくれんぼのコツを聞かれたシャルトネが言うんです。自然とひとつになって、空気や風と同じになってたら、どんな怖い獣にだって気付かれないんだって」
「なるほど、興味深い。ノルさんは、そのシャルトネ少年の物語が初代里長のことなのではないか、と考えるわけですね」
「いえ、確信はないです。幼い子どもと、目を盗んでっていうので連想しただけで……」
「いやいや、物語というのはえてして真実の姿を変えたものだったりするのです。ウンディーネだってそうだったでしょ?」
デニスがそう言うと、
「そうね。あたしもまさかお伽噺のウンディーネがホントにいるなんて思いもしなかったわ」
と、ユルディマもうんうんと頷く。
『わたしも、何か関係があると思います。わたしが祖母からその話を聞いたときに、獣の事を大きく残忍で怖い、と強調していたのをよく覚えています』
それを聞いて、デニスがペンをくるりと回す。
「では、エルフの魔法でシャルトネ少年が言う、自然と一体となるような、そういう魔法はありますか?」
考えてみるけど、思い当たらない。里長も同じようだ。沈黙が周囲に広がったところで、リンドさんがおずおずと手を挙げた。
「あの……以前読んだ魔導書に書いてあったことを思い出して……」
デニスが続けるように促す。
「その魔導書には、かつてエルフから学んだと書かれていました。風や森とひとつとなり妖精の目すら欺く、と。わたしは使えないんですけど」
「その本はどこに?」
「ユキオさんの収納空間に入れてあります」
デニスが口惜しそうに顔を手で覆ったまま言った。
「ユキオさんが戻られたら、すぐに出してもらいましょう……」
「じゃあ、次だけど。シェルダはエルフの里の結界について、使えないか考えてたみたいなの。例えば、里を守ってた障壁とか」
ユルディマが言っているのは、里を覆う障壁のことだろう。
あの時は、ガルフェルドに破られたが、よく考えるとあのガルフェルドの攻撃をしばらく食い止めたのだから、大したものだと思う。
『シェルダさんは大変優秀な方です。ガルフェルド対応の時に結界の構成を見てますから、あれ以上の結界が組めると思いますよ』
「でしょ?だったら、あの結界を張っていれば、封印に認められる間は大丈夫なんじゃない?」
ユルディマの言葉にデニスが考え込む。
「残念だけど、そうはいかないかな」
「何でよ」
「シェルから聞いた話だとその結界は封印から力を得て発動するもののようだった」
「つまり?」
「封印に触れて、操作ができるようになってからでないと使えない」
がっくりと、ユルディマが肩を落とす。
「それと、エルフの里の結界は里長様がやってらっしゃるのでしょう?」
『ええ』
「シェルがいくら結界を構築しても、ユルの封印につなげるのは無理じゃないかな?」
デニスが残念そうに言う。
「どうして?」
「シェルが構築した結界の術式を、ユルが封印の書け直しをしながら、同時並行で処理して、封印に繋げなきゃならない。できる?」
「……シェルが構築して、繋ぐことはできないの?」
「ダメだろうね。あくまで封印の管理者、守り人はユルなんだ。魔力は人それぞれに違いがある。色が違うって言ったらわかりやすいかな。ユルの色のついた封印にシェルの結界をつなげようとしても……繋げられないと思う」
デニスが両手の人さし指を顔の前でくっつけて、離した。
「何か良い手はないかしら」
ユルディマが腕を組む。
「古代の文献では、複数の魔道士が協力して結界を繋いだと思われる描写があるんだ。古い魔法体系に他者の魔力を繋ぐ術式があるのか、そもそもの魔法の使い方が違うのか」
「古い魔法……」
最近、そのようなことを聞いた気がする。
そう、アノンが言っていた。『さいきんはみてない。すなおなまほう』あれは、リンドの燐光の魔法を見せてもらったときだった。
「リンドさん」
リンドも何か気付いたようだ。両手を胸の前で合わせる。光を捕らえたように、淡い光が指の隙間から漏れる。そして、捕らえた蝶を放すように合わせた手を開くと燐光がゆらゆらと揺れながら、テーブルの上を舞った。
「これは……」
デニスが眼鏡をかけ直しながら、身を乗り出す。
「ケルピーを引き付けるために使ったという光の魔法……だね?どのような魔法なのかと思っていたけど、なるほどこれは……」
「わたしが唯一使える魔法なんですけど……これを見たアノンさんが、この魔法を最近見ない魔法だと言われてました」
「さきほど、古い魔法体系のお話をされていましたので、何か参考になるかな、と」
そこから、デニスさんの質問攻めがはじまった。リンドはあたふたしながら、答える。
ユルディマはわたしを見て、肩をすくめた。
「えーと、里長様。こちらの研究員がすこーし考え事を始めたので、ひとまず通話を止めますね。申し訳ありません」
ユルディマが装置に向かって言う。
『ふふ。構いませんよ。対応が決まったらまた連絡してくださいね。わたし達にとっても、他人事ではないのですから』
里長の返事にユルディマは微笑みながら頷いた。
その間もデニスは、羊皮紙に何事かを書き留めたり、眼鏡のような機械を持ち出して燐光を見たりと、忙しい給仕のように動き回っている。
そして、腕を組んだまま執務室をぐるぐると歩き回ったかと思うと、不意に立ち止まり、ようやく言葉を発した。
「少し院に戻って確認しないといけないけど……いけるかもしれない」
それを聞いたリンドの目に決意の火が灯ったような、そんな気がした。




