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悠々異世界漫遊譚 〜おっさん旅すりゃ、世界がさざめく〜  作者: かたか那由他
第4章

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第37話「ノルとミエラ」

 ほのかにお茶の香りが残る室内にノックの音が響いた。


 続けて侍従の人が静かに扉を開けると、デニスさんが室内へ足を踏み入れた。


「魔導技術院主任研究員デニストロ・ノスウェル。命に従い参上いたしました」


 真面目振ってそう言うと、侍従の人に見えないように、わたしに目配せをする。


「うむ。座れ」


 魔王さまも、威厳たっぷりに言うのだけど、さっきのやりとりを知ってるわたしには、まるで二人がごっこ遊びをしているように見える。


 デニスさんが椅子に座り、侍従の人が頭を下げて、扉を閉める。


 一瞬の間があって、デニスさんがいそいそと、魔王さまの前に置かれた小袋に向かう。


「いやぁ。里長さんは大したお方だねぇ。一体どこまで想定してらしたのか……」


 そう言いながら、里長の髪を装置に入れて、何やら調整をしている。


「これでよし、と。ノルさん、合図をしたら通話開始です。里長への繋ぎをお願いしますね」


 突然話を振られたノルさんが、胸に手を当てて息を吐いた。少し緊張しているように見える。


「……はい、どうぞ」


「えーと、ミエラさま?ミーファの子、ノルです。応答願えますか?」


 少しの間があって、装置から穏やかで心地のよい、女性の声が響く。


『ノル。ご苦労さま。万事上手く行っているようで何よりです』


「はい。里長が考えておられたとおり、魔族の方は門の封印を管理しておいでです」


『そう……。側に魔王様はおられるのですか?』


「はい。おられます」


 ノルさんが、そう返事をすると、魔王さまが口を開いた。


「魔族領ミディガル第13代魔王ユルディマ・ノクティスである。この度は、特使派遣及び封印に関する情報提供の申し出に配慮いただき感謝する」


『エルフの里フェニルドの里長ミエラです。お目にかかれて──というと変ですね、知己を得られて光栄です』


 穏やかな声が涼やかに装置から聞こえてくる。


「こちらも光栄だ。だが──、この会話については、宰相その他の合意を得ていないため、非公式とさせていただきたい。あくまで個人的な客人であるノル嬢の報告の際に、私的な会話が弾んだということでお願いしたい」


『ええ、構いません』


「感謝する。では、私的な場ということで内容その他、他言無用に願う──」


 しゃんと背筋を伸ばして座っていた魔王さまの雰囲気が緩む。


「とりあえず、封印のことは、お互い公的に知らせてない、長の業務ってことですし、ある意味仕事の先輩ってことで、色々教えてください」


 厳粛な雰囲気はあっという間に消え失せる。何回見てもこの変わり身はすごいと思う。


『ふふ、こちらこそよろしくお願いしますね』


 里長さまは動じる様子もない。


「それじゃ、さっそく。ミエラさま、そっちの封印も門を封じてるんですよね?」


『ええ』


「結界も同じなのかしら?」


『おそらくは。ただ、こちらの封印には、付随して里や森への結界など、色々な機能を歴代の里長によりつけられています。それを基礎が同じものだと睨んだシェルダさんは、すごい方です』


「えへへ、そうでしょう?」


 魔王さまは自分が褒められているように喜んでいる。


『魔族の封印には、付随した結界はあるのですか?』


 里長さまの問いに、魔王さまは少し目を伏せた。


「あたしには、わからないんです……。封印に認められる前に封印の間に入れなくなったから」


『そうでしたか……』


 里長さまは、まだ前の魔王さまのことなどは聞いていないはずたけど、魔王さまの声音で何かを察したようだった。


『ちょうど良い機会です。ノル。あなたにも話しておきましょう』


「え、……はい」


 不意を突かれてノルさんが姿勢を正す。


『封印の管理者……、封印に認められるか否かは血で決まります。管理者の血脈が封印に触れると、封印の扱い方がわかるようになる。いえ、身に刻み込まれると言っても良いかもしれません』


「それは、あたし達兄妹もお父さまから聞いてました。『特別なことは要らない。触れれば最低限のことはわかる』と」


 魔王さまは確認するように頷く。


『封印がどう判断しているかはわかりません。ですが、その血脈の者であれば、触れるだけで封印を知る事ができるのです』


「そうだったんですか……」


 ノルさんが、少し考えながら返事をした。


『ええ、つまりあなたも、里の封印に触れれば、封印の守り手になれるということです』


 魔王さまや、デニスさんが、勿論わたしも、びっくりしてノルさんを見た。


『ノルと私は、祖父を同じくしています。充分にその資格があるのです』


「封印の存在も知りませんでしたし、実感が湧きません……」


 ノルさんは目を伏せて首を振った。


『無理もありません。もう少ししたら、伝えて、触れてもらおうと思っていました。──突然でごめんね。ノル』


 一際優しい声。ノルさんはその声をどこか懐かしげな顔で聞いている。


『……そして、そちらの封印は今守り人がいないことになっているのですね』


「はい」


 魔王さまは、悔しさを目に滲ませている。


『理由は想像がつきます。出たのですね?獣が』


 空気が変わる。


「どこからそれを?」


 デニスさんが、訝しげに尋ねる。


『私達の里には、里長になった者にのみ伝えられる話があります。曰く、かつて封印の守り人は奢り、門を開けようとした。その時、レヴォルフは門の内より出でて守り人を噛み殺した。封印が完全に開くまさにその時、一人の幼子がレヴォルフの目を盗み封印に触れ、再び封印は閉じられた。しかし、レヴォルフの半身が残り、エルフの里を襲った。エルフ達は幼子を守り、ほとんどの民を犠牲にしてレヴォルフの半身を討った。幼子は生き残った者たちと森を作り、里長となった──という話です』


「レヴォルフ……」


 魔王さまが呟く。


 封印から出てくる獣。魔王さまたちが『破滅の獣』と呼んでいるものと、同じなのだろう。


「いや、実に興味深いんですが、そのような、里長のみに伝えられる口伝を我々にまで聞かせてしまって良かったんですか?」


 そう言いながら、デニスさんのペンを持つ手は先ほどから、羊皮紙の上を走り回っている。


『必要に迫られて、里長候補に先もって口伝したところ、偶然その場にご友人がいた、ということでしょう。こちらからは、様子は見えませんからね』


 少し悪戯っぽい響きが声に含まれている気がする。


『それに──シェルダさんと、話していて思ったのですよ。エルフはあまりに残さなすぎると。今のままでは、残す間もなく滅びる──先のガルフェルドの時にそうなっていても、おかしくなかったのです』


 里長さまの話を聞いて、ノルさんの目に真剣な光が宿る。


 もし、ユキオさんとシェルダさんがいなければ、エルフの里は壊滅していたかも知れない、とノルさんは言っていた。


 ユキオさんは、「できることをやっただけだ」って、言ってたけれど、その『できること』がすごかったんだと思う。


「封印の獣……レヴォルフ……」


 魔王さまが再び噛み締めるように、名前を呟く。


 ここが物語の中ならば、わたしの役回りはなんなのだろう。シェルダさんや、魔王さま、デニスさん、宿や街で出会った魔族の人達。


 この旅で出会った人の顔が浮かぶ。


 わたしの『できること』は何だろう。大きくなくても、すごくなくても、今のわたしがその人達のために『できること』……。


 わたしは、自然とスカートを握り締めていた。

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