第36話「物語の中で」
前に母様から買ってもらった物語を思い出している。
少年が仲間とともに知恵を絞りながら、巨大な敵や悪の大臣を懲らしめる冒険譚。そこには、緊迫した話し合いに、含みのあるやりとり、少年たちと対峙するモンスターとの戦いもあった。
読みながら、時間を忘れて没頭した。
今まるで、自分もそんなお話の中にいるみたいだ。
会議の後、ユキオさんとシェルダさんはジェールという村へ。出る前に魔王さまと少しお話をしてたようだ。
デニスさんは、沢山の本や資料を抱えて技術院に戻っていった。
わたし達は、兵士の人達が慌ただしく行き来する城内を移動して魔王さまの執務室へ。
仕事机にかけた魔王さまは、首を二、三度振って、私たちにも座るよう促した。
「ふぅ。後はひとまずユキオとシェルダに任せましょ」
魔王さまはそう言うと、そうだ、と呟いた。
「この間、良い茶葉をもらったから飲みましよ」
立ち上がり、部屋の隅へ。陶器の擦れる音がして、慌ててノルさんが立ち上がる。
「いや、あの、わたしがやります」
まさか魔王さまが淹れてくれるなんて思ってなかったんだろう。確かに物語でも王さまはそんな時は侍従を呼んでやらせていた。
「いいの。この部屋ではお茶は自分で入れる、って決めてるのよ。お茶の度に侍従を呼んでたら、肩が凝っちゃう」
あたふたするノルさんを尻目に手際よく準備を整えた魔王さまがティーポットとカップを乗せたトレイを持ってきた。
「あたし、お茶にはうるさいのよ。シェルはこだわりがなくて適当に入れるし、デニスは待つのが苦手で、抽出が足りないか、考え事してて抽出しすぎるかのどっちか」
魔王さまは、お湯を満たしたティーポットからお湯を捨てて茶葉を手慣れた様子でポットに入れる。
「だから、いつも私が淹れてあげてたんだけど、最近は皆忙しくてお茶の時間もとれなくてね」
火の魔石で沸騰させていたお湯をポットに注いで、蓋をすると、魔王さまはちらりと時計を見た。
「少し待ってね」
ティーカップにもお湯を注ぎながら、魔王さまは、そういえば──と言葉を続ける。
「ユキオのあれなんだったの?『水の祭りを毎年盛大にやってね』って。最近確かに簡素化してたけど……」
ノルさんが、ウンディーネとの契約について説明する。
「シェルダが後で説明する、って言ってたのがそれね」
納得した様子で、カップからお湯をボウルへ捨てる。
「疑ったりしないんですか?」
つい、尋ねてしまった。
普通の人なら、ウンディーネが城にいるとか、お伽噺と思ってたことが本当だった、なんて知らされたら、もっと驚いたり、疑ったりしそうな気がする。
「うーん。嘘をついてるようには思えないし、美味しいお茶が飲めるのも、そのウンディーネ様のおかげって言われると、そうかもって思えるのよね……」
ポットから、ティーカップへ綺麗な琥珀色のお茶が湯気とともに注がれる。
「ここの水。不思議な程綺麗なの。普通川から汲み上げた水なんて飲み水にしないでしょ。だから何処かで浄化の魔法をつかってるはずだって思ってたけど、特有の無機質な感じがしないし……。はいどうぞ」
ノルさんと、わたしの前にカップを置いて、魔王さまも席につく。
「いい香り……」
お茶の香りが緊張感を溶かしていくみたいだ。
ノルさんが一口飲んで、ほうと息を吐いた。
わたしもカップに口をつける。顔に当たる湯気に先ほどより強い香気を感じる。
口に入れると温かさと香りが胸をゆっくりと降りていくようだった。
「美味しいです」
わたしがそう言うと、魔王さまはカップを両手で持ってにっこりと微笑んだ。
つられてわたしも笑ってしまった。
しばらく、お茶を楽しんだあと、魔王さまは切り替えるように、伸びをした。
「じゃあ、話をしましょうか」
魔王さまは、机の上にあった飾りのついた小箱を開けて、何か操作をした。
「あー、あー、デニス?聞こえる?」
箱に向かって、そこにいないデニスさんを呼んだ。
ノルさんと顔を見合わせる。
すると、箱から男性の声が聞こえた。これはデニスさんの声?
『はいはい。こちらデニス。ユル……じゃなかった、魔王閣下、ご機嫌麗しゅう』
「はいはい、麗しいわよ。ノルさんと話し合いするんだけど、そのまま参加できる?」
デニスさんの軽口を相手にせず、魔王さまは箱に向かって話す。
『ああ、大丈夫だよ』
返事を返した箱を見つめるわたし達に気付いた、魔王さまが、説明してくれた。
「これはデニスの発明でね。めんどうな通信魔法を簡略化して起動させる装置なの。試作品だけどね」
それを聞いた、デニスさんの早口が始まった。
『そもそも通信魔法は相手の体の一部──といっても髪や爪を使うかな、それと合わせて術者が術式を継続しなくてはならないから、一般的には第三者の魔術士を介して行うよね。これは、その人員を削減するために術式と特殊な魔石を装置に組み込んで──』
「もういいから」
止まりそうにないデニスさんの解説を魔王さまが黙らせる。
「早いとこ、エルフの里との情報共有を進めましょ」
「えと……いいんですか?あの、宰相様の許可を得たりした方がいいのでは?」
ノルさんが、少し心配そうに言った。
「まぁ、大丈夫でしょ。シェルダがきっと上手く説得してくれるわよ」
軽い調子だけど、魔王さまはどこか確信しているように見える。
『そうそう。なんだかんだ、ドルティ様はシェルに甘いからね』
デニスさんも、軽い調子で同意する。わたしやノルさんにはわからない信頼関係がそこにあるのだと思うと、なんだか胸が温かくなる。
「それよりエルフの里への連絡手段よ。エルフの里にも門があるとわかった以上、封印について聞きたいことが沢山あるもの」
魔王様は、お父様達には聞けなかったから──と声を落とした。
それを聞いていたノルさんが、胸元から小さな袋を取り出した。
「先ほどの話でありましたけれど、その箱──」
そう言って、デニスさんの発明した箱を指差した。
「一般的な通信魔法と同じ術式なのですね?」
『ああ、基本的な構造はそうだね』
「でしたら、こちらが使えると思います」
ノルさんが、取り出した小袋を差し出した。
「これは?」
魔王さまが袋を手に取り口を開く。
「里長ヒエラ様の髪です。きっと必要になるから──と」
中身を取り出した魔王さまの手で、幾筋かの長い髪を丸めて、飾り紐で結んだ金色の髪が、太陽の光を浴びてきらりと光った。
「困ったものね。エルフの里の里長様は」
魔王さまは、驚きながら微笑んでいる。
「ここまで、お膳立てされて主導権を握られてしまったら、外交上はボロ負けよ?」
そう言いながらも、とても楽しそうだ。
『間違いないね。年の功かな?』
「こら。淑女の年齢を探るなんて、無礼よ」
2人のやりとりに、つい笑ってしまう。
「なんにしても、方法は見つかったから……デニス。急いでこちらに来て。貴方が来たら、エルフの里長様と緊急会談よ」
魔王さまはそう言うと、返事を待たず箱を閉じた。
「これ、まだ一つしかないの。デニスが来るまで少しあるから、もう一杯いかが?」
目まぐるしく動いていく出来事、物事を解決に導いていく王や重臣達。
やっぱり、わたしは今、物語の中にいるのかもしれない。再び部屋に漂うお茶の香りに包まれながらわたしはそう思った。




