第35話「その実力は」
長く戦いの場にあって、数え切れないほどのものを見てきた。
先々代魔王の時代の東方からの侵略、先代魔王の即位に伴う王弟の謀反鎮圧。日々のモンスター討伐。前王と王子達を屠った破滅の獣。
若い時分に想像もできなかった年月を重ね、大概のことには動じぬようになったと思っていた。
だがどうだ。
シェルダが連れてきた男は、襲い来るドラゴンを一瞬で仕留め、およそ人の敵うはずのない、巨大なゴーレムをその身一つで、押し返したのだ。
都合の良い夢を見ているのではないかと頬を叩きたくなる。
「閣下、洞窟内へ参りましょう」
側にいたシェルダが抜き放った剣で洞窟の入口を指す。
「うむ」
まだ、整理がつかない頭を必死に回転させる。
「松明を用意。怪我をした者は入口より距離をとって治療に専念せよ。無事な者は私に続け」
剣を抜き、進みながら隊列を組む。
松明を構えた兵を前方と後方に配置し、道を照らす。照明の魔法を使える者もいるが、魔力は節約するに越したことはない。
進入した部下の報告で、洞窟は一本道で内部に広い空洞があることは確認していたが、妙に歩きやすい。
地面に転がり、足をとるはずの岩々がなく、あるはずの段差は地ならしでもされたように平坦な起伏になっている。
松明の灯りを受けた地面に目をやると、幾筋もの荒々しく引かれた線が洞窟の奥に向かっている。
奥からは岩のぶつかりあう音と腹の底に響く衝突音が壁や天井に反響して木霊する。
「とんでもないな……」
「一体どうしたら、こんな事が……」
進むにつれ、周囲の兵達からも困惑した言葉が漏れる。時折、洞窟の壁に張り付くように、モンスターの死骸や虫の息のモンスターが見つかる。
生きているモンスターには、素早く止めを刺すが、既にかなりの数になった。
徐々に衝突音は大きくなり、広い空間を前にして、耳をつんざくほどの轟音となった。
松明を掲げた兵が固まる。
その肩を押し退けるように、内部を見ると、数多の押し潰されたモンスターの死骸と、暗闇の中、ゴーレムと対峙してその攻撃をかわしつつ、細い棒で巨体を殴りつける男の姿があった。
「お、ちょうどよかった」
こちらを視認したユキオが声を上げる。
「洞窟を出ようとするやつがいたら、頼む」
「もう、ほとんど残ってないだろうが……」
後ろにいるシェルダが呆れたように呟く。
ユキオは、横薙ぎにしようとするゴーレムの腕をかわしつつ、棒を振る。いや、振ったと思われる。
動きはよく見えない。ゴーレムが大地を踏む音よりも、更に大きな衝突音と、弾けるように削れるゴーレムの体が、それを知らせている。
「あと、灯りないか?」
軽い調子を崩さない。気負いも、力みも感じさせない。
「魔法兵!照明魔法だ、全体を照らせ!」
その指令を受けた数名の兵が、魔法を発動する。
壁と天井に、蛇が這うように光の筋が複数走り、空洞が照らされる。
奥には、瘴気の塊が禍々しくとぐろを巻きながら沈殿している。
中央でゴーレムと対峙しているユキオ。明かりの元で見ると、その体格差がはっきりとわかる。
「助かる!」
ユキオは振り下ろされた巨大な岩の拳をやすやすとかわしながら、こちらを見ずに棒を振る。
不意にシェルダから肩を掴まれる。
「これ以上は近づかない方がよろしいかと」
これまで目にしたことのない戦いに、気づかぬうちに前のめりになっていたことに気付く。
「……うむ。皆聞け!我々は出口の防衛だ。出ようとするモンスターを仕留めるぞ。盾を持つものは前へ、魔法兵は照明の維持。後方への警戒も怠るな!」
空洞の出口付近を塞ぐように展開する。
最後の指示は我が身に向けたものかもしれない。それほどに目を離せない自分がいる。
中央では真っ黒な瘴気をその身から漏れさせながら、ゴーレムがその拳を薙ぎ、振り下ろし、突く。そのどれもが命に届き得る衝撃を秘めているのが遠目に見ても分かる。
ユキオはそれを棒で弾き、かわし、翻弄する。
攻撃を加えるのも忘れない。すれ違う刹那に。身を翻したその時に。腕を振るたびに、ゴーレムの体から削れた岩が舞う。
剣を握る手に自然と力が入る。長らく忘れていた血炎の猛りが腹の奥で沸き上がるのを感じる。
老骨ですらそうなのだ。まだ若い兵達は今にも飛び出さんばかりになっている。
年長者らしくしなければならないか──、自らの猛りを息を吐いて鎮める。
瘴気溜まりから新たに生まれたモンスターが複数、ユキオとゴーレムの激闘を避けてこちらに向かってきている。
「盾兵前へ!引きつけつつ扇状に展開して、迎え討て!先へ進ませるな!奥へ逃がすな!ここで仕留めるぞ!」
檄を受けて、兵達の声が上がり、猛る。
シェルダが左手に炎を宿して、一歩前に出る。普段は冷静だが内に秘めた炎は誰よりも熱い。炎に照らされた横顔に懐かしい面影が浮かぶ。
「イングウェル家に抜け駆けは許さんからな」
シェルダに釘を刺す。自然と笑みが溢れる。
「失礼。『戦の名誉は先んじる者が得る』、家訓につき、ご容赦を」
シェルダはにやりと笑ってそう言うと、モンスターに向かって踏み出した。
それに触発されるように盾兵達も間合いを詰めた。
中央の戦いに目をやると、ユキオは攻撃をかわしつつ背面へと回ろうと攻撃を仕掛けているが、ゴーレムは意外に俊敏な反応でそれを許さない。
その様子を見ながら、ふと違和感を感じる。
ゴーレムの周辺にあるはずの岩やモンスターの死骸が見当たらない。
そして、遠目に見ていたからこそわかる。ゴーレムとユキオの体格差が大きくなっている。
まさか……普通のゴーレムではあり得ない。
ユキオの避けた先、モンスターの死骸が転がっている。追い打ちの掌底がユキオに迫り、それをかわす。
ゴーレムが手を引いた時、そこにあったはずの死骸は跡形もなく消えていた。
注意深くゴーレムの体を見る。
動いているため、判別しにくいが、体が徐々にその質量を増していた。
離れているからこそ気付いたが、近距離であの巨体を見上げるユキオは気付いているのか。
「ユキオ殿!そやつは、周辺の岩や死骸を取り込み大きくなっているぞ!」
その言葉に、ユキオが一瞬ゴーレムと距離をとり、周りとゴーレムに目を走らせる。
こちらを見ずに軽く手を上げた。意図は正しく伝わったようだが──どうするのか。
ゴーレムは、コアと呼ばれる魔石を砕かなければ倒せない。あのゴーレムも例外ではないだろう。
だが、周囲の岩を取り込み続け、肥大化し続ければ、コアの発見は困難になっていくばかり。
何か手はないか。
考えあぐねるこちらを尻目にユキオは攻撃を誘いながら、場所を変え、壁際へと近づいていく。
馬鹿な。岸壁はやつの材料だ。
こちらの心配は的中し、砕いた岸壁がゴーレムに取り込まれる。
その様子を視認したであろうユキオは更にモンスターの死骸の元へ。
それを繰り返し、ゴーレムは益々その体躯を巨大なものにする。
最早頭は洞窟の天井に触れて、ガリガリと天井を削っている。
一体どうするつもりか。
息を飲んだ刹那。ユキオの口が動いたように見えた。
「ここだ」
ゴーレムが振り上げた拳が天井の岩を砕き、同時にその身に取り込む。更に肥大化した頭部が天井につかえる。
刹那、ユキオはゴーレムの脚の間を抜けて背後に回る。
それまで、背後を取らせないように動いていたゴーレムだが、つかえた頭部によりその動きは妨げられた。
その一瞬の隙がユキオには必要だったらしい。
遠目に見てわかるほどの凄まじい魔力が手に持つ棒に込められた。
と、同時に岩を削る音が空洞に響き渡る。思わず後方の魔法兵が耳を塞ぐほどの轟音。
ユキオは、ゴーレムの背中でバランスを取りながら、棒を目では捉えられぬほどのスピードで振り続けている。岩に鉄が含まれているのか、火花を上げながら、ゴーレムの背中を穿ちつづける。
そして、瘴気が一気に溢れ出した。
コアだ。どうやって、正確にコアを探り当てられたのかわからないが、露出させることに成功した。
しかし、溢れ出す瘴気の量がそのコアの頑強さを物語る。
魔力を込めて槍状となった棒を突き立てるが、破壊には至らないようだ。ゴーレムは岩で出来た関節をガリガリと軋ませながらその身を捩らせる。
突き立てた棒を残し、ユキオが地面に降り立つ。
そして、振り返ろうと足掻くゴーレムの脚を目掛けて、蹴りを放つ。とてつもない量の魔力がその蹴り足には込められている。
脚を後から蹴り飛ばされた格好になったゴーレムが、背中をつくように倒れる。
──これが狙いだったか!
ユキオは素早く再度背中に取り付き、棒にさらに魔力を込める。
ゆっくりと倒れ込むゴーレムの肥大化した自重を、突き立てられた棒が受け止める。
洞窟内を揺るがす振動と土煙、そして轟音が静まった後、ゴーレムの身体から瘴気が空中に溶けるように抜けて、その身体はただの岩に戻り、音を立てて崩れた。
残るのは、大小様々な岩の山。
兵達が固唾を呑んで見守っている。
──静寂。
そして、岩山から小石が一つ転がった。
次の瞬間。棒を手にしたユキオが岩を押し退けて、這い出てきた。
「口に土入っちゃったよ……ぺっ」
瞬時に兵隊から歓声が上がる。
同時に、奥で渦巻いていた瘴気溜まりがその渦を小さくしていき、そして虚空に消えた。
瘴気溜まりの消滅を確認し、剣を鞘にしまう。
岩山から降りるユキオに兵達が駆け寄っていく。
気づけば隣にシェルダが立っていた。
「ユルディマ様は……あの男に破滅の獣の抑えを依頼しました。破滅の獣の恐ろしさを間近で見て、一番知ってらっしゃる閣下に伺いたい。あの男の強さ……破滅の獣に届き得るでしょうか」
シェルダが兵に囲まれて、戸惑うユキオを見ながら言う。
「シェルダ……お前には、エルフの里への調査の独断専行、第一近衛師団任務の放棄など、言わねばならんことが山程ある。しかし──あれを連れてきたという一事でそれらを相殺せねばならんようだ」
ため息をつく。
「では……!」
「まったく……、いくつになってもお前らは儂を驚かすことばかり考えよる……。困ったものだ」
自然と笑いが、こみあげる。
シェルダが呆気に取られたようにこちらを見た後、頭を下げる。
「ありがとうございます……。先生」
まだ明かりの残る洞窟の天井に、悪ガキ共3人を叱りつけた懐かしい日々が蘇る。
「さぁ、これから忙しくなる。内向きの仕事もたっぷりやってもらうからな!」
そう言うと、シェルダは笑みを浮かべて頷いた。




