第34話「宰相ドルティ」
「遅れるな!」
後から続くユキオを叱咤しながら、北に向かう街道を駆ける。
ユルディマからの命を受けて、近衛師団の詰所へ走り、応援部隊の編成を命じた。突然の団長の帰還、出撃に、色めきたつ詰所を背に厩舎から2頭の駿馬を出して乗り込んだ。
これから行くジェール村は街道が複数集まる宿場町。道が整備されているのが幸いだ。
馬に慣れていないユキオでも、どうにか着いてこれている。
草地の緩やかな丘陵を駆けながら先を見れば遠くに黒い雲が薄くたなびくのが見える。
なんとか日が落ちる前に着きたい。
ジェール村の西方に流れる川岸に、数日前の土砂崩れで洞窟の入口が露呈した。
村長の命を受けた村の若者数人が調査に向かった際にモンスターと遭遇。北方統治官との協議の帰途にあった宰相閣下とその麾下部隊が臨時の対応を行い、洞窟内部への進入した。
──生真面目な宰相閣下らしい行動だと思う。
進入した部隊は、瘴気溜まりと特殊個体の出現を確認、同時に湧き出したモンスターを抑えている。
それが伝令からの報告だ。
宰相閣下の麾下部隊は、歴戦の兵が多く練兵も丹念に行われている。すぐに崩れることはないだろうが、頭数は多くないだけに苦戦は免れないだろう。
ユキオの強さを見せる機会──それ以上に、苦戦する仲間を早く救いたい。
「こっちだ!」
川が見えた。街道をそれて、緩やかな斜面へ馬首を向ける。
横目で後ろを見ると、ユキオはややもたつきながらも着いて来ている。
「ここからは川岸を行く!私の通った後を来い!」
ユキオに向かって叫ぶ。ユキオに応じる余裕はなさそうだ。
河川敷、細かい礫を飛ばしながら、馬は駆ける。
川が大きく曲がった先、兵達に混じって長髪の白髪を後ろに流した大柄な後ろ姿が見えた。肩章の付いた詰襟にズボン、しっかりと磨き上げられたブーツは高級士官の威厳を充分に知らしめている。腰に佩いた長剣は見るからに肉厚で儀礼用のそれとは一線を画している。
接近する私に周囲の兵達が素早く反応する。
「宰相閣下! 馬上にて失礼! 伝令より報告を受けて、援軍の先駆けで参りました!」
馬首を上げながら、急停止する。
数瞬遅れて、ユキオが馬をなだめながら止める。馬以上に疲れているように見える。
「シェルダ第一近衛師団長か。誰の命で来た」
ドルティ・ウェグナ宰相。前々王から魔王に仕え、数々のモンスター討伐でもその腕を奮った歴戦の勇士だ。その佇まいは、年老いてなお衰えを感じさせず、眼光と蓄えた髭がその厳格さと経験を覗かせる。
「魔王の下命です。第一近衛師団を後詰めとして手配しておりますが──先駆けとして、この者を連れて参りました」
馬から降りて、手短に報告する。ドルティ宰相の視線が馬からもたつきながら降りるユキオに注がれる。
「その御仁は」
「は、彼は冒険者のユキオ。貴部隊の援軍として王より依頼を受けています」
「……お主には、聞かねばならぬこともあるが、それは後だ。援軍には感謝するが、人間一人の助太刀があったところで──」
そう言って、ドルティ宰相は洞窟の入口に目をやる。
兵達が出入りしつつ、何とか戦線を維持しているらしい。河原には傷の治療を受けている兵達の姿も多い。ユキオはどこを見ているのか、空を見つめている。
「常人ではありません。洞窟内部への進入をお許し願います」
「いや、しかし──」
ドルティ宰相が首を横に振る。
「お話し中悪いが、お客さんだ。伏せた方がいいぞ」
ユキオが話に割り込むようにそう言うと、突如影が地面を覆った。
上を見ると、茶褐色の鱗を身に纏ったドラゴンがその羽根を広げて、太陽を背にこちらに降下してきていた。
兵達が剣先、槍の穂先を上に向けた次の瞬間。
ドルティ宰相の目の前に、首と胴の離れたドラゴンが、二つの音を立てて落ちてきた。
不測の事態に呆然とした空気が流れる。
「よっ、と」
その空気をまるで気にせず、ユキオがドラゴンの前に着地する。
棒を一振りして、収納空間にしまう。そして、代わりに何かを取り出そうとする。
「ユキオ。解体は遠慮してくれ」
行動を読まれたユキオは、バツが悪そうに収納空間から手を引っ込めた。
「ご覧の通りです」
呆気にとられて、目を見開くドルティ宰相に向けて言う。
「なんと……。いや、まさか……」
流石の歴戦の勇士も、この規格外の前では形無しだ。誇らしいより、一人の魔族としてなんだか腹立たしい。
「……わかった。助力を受け入れよう」
なんとか、体面を取り戻したドルティ宰相が言う。
私はユキオの顔を見て頷いた。
ユキオが頷き返し、洞窟へと向き直る。
すると、兵士が転がるように洞窟から出てくる。一人、そして、また一人。
洞窟の中から響く声が徐々に大きくなる。
そして、兵が駆け出し叫んだ。
「伝令! 特殊個体が活動を開始! 前線が押し込まれています!」
その叫びの最中にも、岩がぶつかる音と叫び声が交互に近づいてくる。
数人の兵が洞窟から外へと弾き出される。
外の兵士が入口を囲むように武器を構える中、岩でできた手が探るように洞窟の入口を掴む。
暗闇から出てきたのはまず顔。岩を雑に彫り込んだような眼窩に鼻を模した突起。口と思しき箇所では、兵から打ち込まれたのであろう槍の穂先をみしみしと、噛み砕いている。
「あれが特殊個体……」
私の呟きに、ドルティ宰相が反応する。
「そうだ。瘴気を存分に喰らったゴーレムだ。力は並のゴーレムの比ではない。奴め、日が陰って動きだしたか……」
複数の火が走り、ゴーレムの体を撃つが動きを止めるには至らない。
なおも、火炎が八方から撃ち込まれる。
その軌跡の中を、ユキオが悠然とゴーレムに向かって歩いていた。
「魔法止めさせてくれる?」
こちらに向けて、そう言うや否や一瞬でゴーレムの前に立ち、組み付いた。
大人と子ども、それ以上の質量差に正気を疑う。
すると、ユキオの体に魔力が満ち、ゴーレムの歩みが次第に止まっていき、大岩で形成された足元に土煙が上がる。
「な……! 撃ち方を止めよ!」
ドルティ宰相が指示を出す。
攻撃が止み、ゴーレムの体からは岩が擦れ軋む音が漏れるが、その足は前へ踏み出せない。
対するユキオの足は礫を砕きながら、地面にめり込んでいる。
「おーい。とりあえず抑えてるから、中の人出してやってよ」
ゴーレムを抑えているとは思えないほどの調子で、ユキオが言う。その言葉を受けて周りに控えていた兵達が我に返ったように洞窟の中へ駆けていく。
しばしの膠着。その間も、みしみしと響く音が迫る夕闇と岩々に溶けていく。
肩を支えられた兵が一人、また一人と洞窟から運び出される。
「これで最後です!」
兵が叫ぶ。
「よし」
ユキオがそう言うと、ゴーレムから響いていた岩の軋む音が大きくなる。
ああ、これは……。
「……!」
ユキオの力む息遣いの後、ゴーレムの巨大な体が地摺りの轟音を響かせながら、徐々に洞窟の闇へと消えて行った。
洞窟からは岩のぶつかる音と、ゴーレムの巨体に轢かれたのであろうモンスターの叫びが響いてくる。
「何なのだ……あれは……」
自分の目を疑ってるのであろう、立ちすくむドルティ宰相の呟きが夕闇の川辺に静かに響いた。
もはや、慣れてきている自分が嫌だと今更ながら思う。




