第33話「魔王の依頼」
城の会議室。
俺達は客間で朝食をとり、体を休めた後シェルダに連れられてやってきた。
長机が向かい合うように並べられ、上座には、一際大きい椅子が置いてある。おそらく魔王の席なのだろう。
デニスは既に席に着いており、机には資料と思しき本や書類が積んである。
こちらに気付いたデニスがひらひらと手を振っている。
「こっちだ」
上座にやや近い席にシェルダが案内し、ノル、リンドと並んで座る。
シェルダは向かい側のデニスの横に座った。
しばらくして、会議室のドアが開くと同時に、シェルダとデニスが立ち上がり、俺達も慌ててそれに倣う。
ユルディマが室内に入ると、ドアを開いた侍従が下がってドアを閉める。
会議室には、ユルディマ、シェルダ、デニス、それと俺達三人だけだ。
ユルディマが着席し、手で合図するとシェルダとデニスは無言で席に着いた。
「はじめよ」
昨晩と同じ、静かだがよく通る声でユルディマがそう言うと、デニスが説明をし始めた。
「まず、我らがミディガルの問題について、客人にご説明申し上げます」
その後の説明は今朝シェルダから聞かされた内容だった。
ノルは口元に手を当てて考え込み、リンドも真剣な顔で話をじっと聞いている。
黙ってデニスの説明に耳を傾けているユルディマの心情はうかがい知れないが、話が前魔王と第一王子、第二王子の話になると、どこか痛みを堪えているように見えた。
「──以上が現状です。なお、魔族内部によっても、限られた者にしか知られていない情報ですので、ご留意下さい」
と、最後に我々を見て言い、デニスは話を終えた。
「エルフの里の調査では、結界の基礎と思われる部分に『門』の封印と酷似した箇所が見受けられました。エルフの里長と情報を共有し助力を得れば、封印を強化し、解除を更に困難にする術式のかけ直しの手順の省略など、知見が得られると思われます」
シェルダが昨晩と同様の進言をする。
「我々はこの数年、他種族、他地域の併合を是として動いている。エルフの里から協力を得ることはかなうまい」
ユルディマが冷静に反論する。
一瞬の間があって、ノルが細く息をついて静かに手を上げた。
「よろしいでしょうか?」
ユルディマが頷く。
「エルフの里、フェニルドの里長ミエラよりの言伝があります」
ノルの言葉に室内の雰囲気が少し引き締まる。
「申し上げます──封印を守る守り人として、門の開閉に関わる事態であれば、エルフの里は助力は惜しみません……言伝は以上です」
ユルディマの目に驚きの色が見える。
「里長は、魔族領に起こっている問題、他種族併合の動機について、『封印』と『門』が関わるものであれば、この言伝を行うように、わたしに指示をしていました。わたしには意味がわかりませんでしたが……きっと……あるのでしょうね。その『門』と『封印』が……わたし達の里にも」
どこまで察していたのか、ミエラの慧眼に俺も驚いている。
「エルフの里にも、となるとあの門とその中についてのこれまでの考察が変わってくるねぇ。いや、そういえば大昔の碑文からエルフと魔族の祖は同じという説を提唱している論文があったはず……」
デニスがぶつぶつ言いながら、手元の紙に何やら書き込み始める。
「おい、デニス。王の御前だぞ。言葉遣いを……」
咎めるシェルダをユルディマが手を上げて制する。
「シェル……。もう、いいでしょ」
ユルディマが背もたれで伸びをして、大きく息をついた。
「魔族はあたし達3人だけだし、かしこまってたら、頭まで固くなっちゃう」
襟を緩めながら話すユルディマの変化にノルとリンドが唖然とする。
シェルダ達とは、気安い関係なのだろうとは思っていたが、こんなにくだけた人柄とは思わなかった。
「この先は、あの破滅の獣をどうするのかと、スタンピードをどう防ぐのか、アイディアを出さないといけないでしょ?カチコチの話し合いなんてしてたっていい案はでないでしょ」
「ま、魔王様……」
シェルダが俺達とユルディマを交互に見て露骨に慌てる。
その様子に俺の気も緩む。
「そうさせてもらえると助かるな。俺も堅っ苦しい話しあいは久し振りで肩が凝ってきてた」
「ユキオ!」
シェルダがこちらを睨む。
「はは、いいじゃない。大体、ユキオは冒険者でうちの者じゃないし……。それにシェル、あたしは頼む側なんだよ? 綺麗に整えた上っ面で、あんなバケモノの相手を頼むなんて、あたしにはできないよ」
シェルダが口をパクパクしている。
「ユキオ。もしかしたら、シェルから聞いてるのかもしれないけど……改めて私から、お願い。破滅の獣、あいつは父様と兄様達の仇。わたし達の敵討ちを……手伝って欲しい」
口調は軽いが真摯な思いがその眼から伝わってくる。
「わかった」
正直なところ、王様然として命令のように依頼されるよりも、純粋に家族の敵討ちの助力を求められる方が気合も入る。
「任せとけ」
俺の返事を受けて、ユルディマは笑みを浮かべて頷いた。
「水を差すようで悪いんだけどね、ユル」
にペンを走らせながら、デニスが口を開く。
「ユキオくんは、冒険者等級『黒』。紛うことなき実力者だ。通常の評価で決められる白から金までの等級と違って、『黒』はギルドにとって『規格外』。最高位と言われるけど、本来の意味で言えば別格。これ以上ない、強さの証明さ」
走らせていたペンが止まる。
「ただ……あの爺さまが、いくら強いからと言って、得体の知れない単騎の戦力を、破滅の獣に当てることを、承諾すると思うかい?」
爺さま?
シェルダが「宰相閣下と言え……」と、諦め顔で呟いた。
「はぁ〜……、思えないわね……」
ユルディマが頭を抱えた。余程の堅物なのだろう。
「どうしようか……」
皆で考え始めた矢先、廊下から騒がしい物音が聞こえてきた。扉の向こうでやりとりが行われるや、侍従が開いた扉から息を切らせた兵士が部屋に飛び込んできた。
「なにごとか」
ユルディマはもう『魔王モード』に入っている。
「緊急につき、失礼します!」
改めて、室内の面子を見て若い兵が戸惑いを見せる。
「かまわん。言え」
「はっ。王都北部、ジェール村付近の洞窟で高濃度の瘴気溜まりが発生、特殊個体も確認されています」
「対応は」
「偶然、当該地付近を移動中だった宰相閣下と麾下部隊が目下対応中です!」
「正確な位置と場所の詳細をシェルダへ伝えよ。デニストロは、急ぎ院へ戻り観測結果と周辺への影響を調べ、スタンピードへの派生に警戒」
ユルディマは矢継ぎ早に指示を飛ばす。先ほどまでの雰囲気の違いに混乱しそうだ。
「ノル嬢は、我と先程の件を協議させてもらえるか?リンド嬢も一緒で構わん」
そこで、ユルディマは言葉を切ってこちらを向いた。
「ユキオ殿。冒険者等級『黒』の実力を見込んで貴殿に依頼したい。ジェール村付近にて確認された特殊個体の討伐及び、宰相ドルティ・ウェグナの救援任務だ。受けてもらえるか?」
ユルディマは伝令の兵士に背を向けている。
「えーと……」
展開についていけず、呆然とユルディマの顔を見ると、ユルディマは一瞬『ユル』に戻り、俺にウインクを飛ばす。
もはや、苦笑するしかない。
どうも、俺はこの異世界では強かさな女性指導者に踊らされる役目らしい。
「承りました」
「感謝する。シェルダ師団長は詳細を確認後、ユキオ殿とドルティの援護に向かえ」
「はっ」
シェルダも切り替えたのか、胸に拳を当てて返事をする。
「ユキオ殿、その実力……宰相にも見せてやってくれ」
ユルディマが俺を見る。
なるほど、百聞は一見に如かず。宰相を説得する何よりの材料になるだろう。
緊迫しながらも、機会を得てイタズラを企む悪ガキの一員になってしまったような、不思議な高揚を感じながら俺は頷いた。




