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悠々異世界漫遊譚 〜おっさん旅すりゃ、世界がさざめく〜  作者: かたか那由他
第3章

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第32話「王の責務」

 魔王と夜中の謁見を済ませた翌朝。


 窓から射し込む朝日で目を覚ます。


 簡素だが清潔なシーツにもう一度顔を当てて大きく息をしてから、体を起こす。


 少し離れたベッドでは、リンドがまだ穏やかな寝息を立てている。昨晩も遅かった。できるなら、もう少し眠らせてやりたい。


 ノルもその隣のベッドでまだ休んでいるようだ。


 起こさないように、ゆっくりと移動すると、中央の机にシェルダが突っ伏して眠っていた。


 近くにあった椅子に腰掛け、収納空間から水の入った革袋を取りだす。


 転移してすぐは、この革袋から水を飲むのに慣れなかったが、今は気にならない。


 3年の月日で、かなり異世界に慣れてきたのだと水を飲みながら思う。


「ん……う……」


 こちらの気配に気付いたシェルダが目を覚まし、机から体を起こして、首を回す。


 俺は無言で寝ているリンド達を指差す。


 シェルダは音を立てないように立ちあがると、別室の扉を顎でしめした。


 側用人用の台所のようだ。小さめの竈に蓋のついた水甕。小窓からは僅かに朝日が入らず、部屋の隅にまだ夜の名残を残している。


「侍従長を叩き起こしてお前たちのことを説明しておいた。二人が起きたら、城の客間に移動だ」


 そこまで話して、シェルダが大きく欠伸をした。


「叩き起こされた方はたまったもんじゃないな」


 状況的にさぞ混乱したことだろう。


「ああ、たっぷり説教された」


 城に帰ってきて気安くなっているのだろう。普段よりも表情が柔らかい。


「午後にはデニスが来るから、それから状況の整理だ」


「えーと、ドルティって言ったっけ?宰相様は大丈夫なのか?」


 俺がそう尋ねると、シェルダはほんの少し眉間に皺を寄せた。


「宰相閣下にも同席していただけると良かったのだが、外に出ているそうだ」


「そうか」


「まぁ、方針を決めてから説得するさ」


 そう言うと、シェルダは言葉を切った。


 狭い室内に沈黙が流れる。


「……先にお前に伝えておきたいことがある」


「なんだ?」


「この、ミディガルの、魔王の責務についてだ」


 深刻そうな表情に、俺にも少し緊張が走る。


「魔族でも上層部しか知らないことだ。口を滑らせることがないように……頼む」


「俺はいいけど、ノルやリンドには?」


「……午後の会議で、二人にも伝える事にはなるだろうが、まずお前に話しておきたい」


「わかった」


「……この城の地下には天然の空洞があり、そこにはあるものが封印されている」


 シェルダは腕を組み、言葉を選ぶように話しを続ける。


「封印されているもの……それは『門』と呼ばれている」


「門……」


「その門がどこに続いているのか、詳しいことはわかっていない。ただ、その封印を歴代の魔王が守り続けてきた。門が開けばこの世に破滅がおとずれるという伝承とともにな」


「なんとも物騒な話だな」


「ああ……だが私が始めてその門のある封印の間に足を踏み入れた時……伝承は真実だと……確信した。封印越しに感じたあの禍々しい瘴気……とてもこの世の物とは思えなかった」


 シェルダの伏せた目は、少し泳いでいるようにも見える。


「そして……10年前のことだ。当時の魔導技術院の主任研究員の一人が、その門の中の瘴気に目をつけた。その研究員は非常に優秀で……瘴気の転用の研究を行なっていた」


「転用?」


「瘴気に悩まされる魔族にとっては夢のような話だ。その研究員は瘴気を魔力に変換する機構を開発し……小規模な実験に成功した」


「まさか……」


「ああ、門の中に渦巻く莫大な瘴気。彼にしてみれば、宝の山に見えただろう。彼は第二王子を説得し、先代魔王の静止を無視して、封印の一部解除を試みた」


 これまで、魔族を苦しめてきた瘴気が魔力に変換され、領民を豊かにする。


 その未来に賭けたい為政者と技術者の思いは否定できない──と思う。


「魔王の血脈により、封印は緩められた。しかし、彼らの目論見は崩れた」


 黙ってシェルダの次の言葉を待つ。


「緩んだ封印から、やつが現れたからだ」


「やつ?」


「破滅の獣、今はそう言われている。封印の緩んだ瞬間、門から現れたと思われるそいつは、第二王子と、研究員達を即座に喰い殺し、封印の間を占拠した。このままでは、封印が完全に解除されることが予想された──」


 シェルダが言葉を切る。


「──そして、先王と第一王子の二人が、封印解除の一時停止を成し遂げた。命と引換えにな」


 封印を解いた第二王子、封印解除を停止した先王と第一王子……もしかしなくても、今の魔王、ユルディマの父と兄達だろう。


「その──破滅の獣は?」


「封印の間にいる。多重の結界を張り、外に出さないようにしているんだが……まぁ、やつは封印の間から離れようとはしないがな」


 シェルダは言葉を続ける。


「それから、魔族領では、瘴気溜まりが以前に増して発生するようになった。この間デニスが言っていたスタンピードも何年かおきに発生している」


「封印の解除が原因なのか?」


「おそらくな。そのため現魔王は封印のかけ直しを模索しているが、破滅の獣が居座るせいで、封印に近づけずにいる。……兵もこれ以上死なせられない」


 シェルダの苦悩が表情に出ている。


「宰相閣下は、現在の瘴気溜まり、スタンピードへの対処、破滅の獣への対応の現実策として、周辺種族の併合による戦力の増強を進めている」


 エルフの里でも言われていたことだ。


「だが、魔王様と私を含めた一部の者は、根本的解決を図るべきだと考えている」


 おそらく、破滅の獣を止められない以上、現実的ではないとされているのだろう。宰相の覚えが良くないと自嘲していたのを思い出す。


「……本題だ」


 シェルダが改まってこちらを向き直った。


「破滅の獣……その対応を依頼したい。倒せとは言わない……。魔王様が結界をかけ直すまで、なんとか抑えてもらいたい」


 シェルダが俺の目をじっと見ている。


「できる限りのことはする。頼む」


 これまで以上に真剣な眼差しに、つい視線を外す。


 ……ただ、ことの成り行きはどうあれ、エルフの里で伝えた気持ちに変わりはない。


「乗りかかった船だ。まぁやってみるよ」


 シェルダは息を吐くように、ふっと笑った。


「こっちは、かなり腹を決めて頼んでるんだがな」


 僅かにシェルダの肩が揺れる。


「まぁ、気負ってもしょうがないしな。やれることをやるだけさ」


 俺がそう言うと、シェルダは苦笑まじりの笑みを浮かべる。


「お前がそう言うと、大したことに思えなくなるから不思議だよ。せいぜい、頼りにさせてもらう」


 そう言うと、シェルダは扉へ向かった。


「さ、そろそろ客室へ案内してやろう。王宮の朝食が気になるだろ?」


「ああ、それは気になる。シェルダはちゃんと教えてくれなかったしな」


 軽口を叩きながら、俺達はノルとリンドを起こしに向かう。


 朝日が小窓からも射しこみ、部屋を明るく照らし始めていた。

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