第31話「おっさん、魔王と謁見する」
耳鳴りがするほどの静寂。
石造りの無機質な壁の所々にランプが掲げられ、絨毯の敷き詰められた廊下を照らしている。
「妙だな……」
廊下の角、身を隠しながらシェルダが呟いた。
「何がだ?」
必然問いかける俺も小声になる。
「巡回の兵の気配がない。通常であれば、王の居室に繋がるこの通路には兵が巡回しているはずなんだ」
「交代の時間とか申し送り中とか?」
「その時間ではないはずだ……」
シェルダは予想外の事態に少し戸惑っているように見える。
「まぁ、いないに越したことはないんだ。行けるうちに行ってしまおう」
「む……、そうだな」
俺の提案にシェルダが頷いた。
足を忍ばせ、気配を探りながら廊下を進む。
時折風の窓を打つ音の他は、物音一つない。
「……ここだ」
二つ並んだ扉のうち、やや小さく、シンプルな扉を指した。
「ここが王付きの側用人の詰所だ」
「直接王の所にいかないのか?」
俺の素朴な疑問にシェルダは首を振る。
「今は王も就寝中のはずだ。側用人を通さなければ、不敬で話すどころではない。流石にな……」
シェルダはそう言って、ゆっくりとドアの金具を持ち、静かにノックした。
しばし、静寂が広がる。
扉の向こうで人が動く気配がし、扉がゆっくりと開いた。
手燭に照らされた顔を見て、シェルダが絶句した。魔族らしい浅黒い肌。漆黒の髪は濡れているかのごとく艶めいている。髪の合間から覗く捻れた角は先が少し赤い。その角の色に似た赤い瞳はじっとシェルダを見つめていた。
「魔王……様」
我に返ったように、シェルダが膝を着き、俺達も無言でシェルダに倣う。魔王が直々に?側用人とやらは?疑問だらけだ。
「よい。入りなさい」
魔王は踵を返して、部屋の中へ向かい、俺達はシェルダを先頭にそれに続く。
真っ暗な側用人の控室を抜けて、奥の部屋へ。
手燭の光だけでは、部屋の様子は伺い知れない。
魔王が口にそっと手を添え、ふっと息を吐くと、部屋の灯りが一斉に灯った。
部屋の中央には、馬蹄型のテーブルに飾りのついた椅子が並べられ、上座にあたる場所に執務机と、一際大きな椅子が置いてある。
執務机の背後に書棚があり、金刺繍の背表紙が整然と並んでいる。
魔王が執務机に悠然と腰掛ける。
就寝中のはずとシェルダは言っていた。しかし、服装を見ると、襟章の付いた詰襟のジャケットに裾に細かい刺繍がされたマントを羽織っており、魔族の服装には詳しくない俺には、正装の類にしか見えない。
「ユルディマ・ノクティスである」
静かに、しかしはっきりとした声が部屋に響く。
「エルフの里フェニルドより参りました。ミーファの子ノルと申します。こちらは護衛の冒険者ユキオ・シイバ。そして、その縁者、リンドです」
ノルは胸に手を添え、眼を伏せながら自己紹介する。このあたり、流石はエルフの里の使いを任されるだけはある。堂々としたものだ。
「遠路ご苦労であった。まぁ掛けてくれ」
ユルディマが椅子をしめし、俺達は対面の椅子に座った。
シェルダはそれに合わせて移動し、ユルディマの前に直立する。
「シェルダ師団長。調査の報告を」
「はっ」
ユルディマの言葉を受けて、シェルダはエルフの里での出来事を報告する。
ユルディマはシェルダの言葉を黙って聞いていた。
「──その後、エルフの里長より特使としてノル嬢の派遣の申し出があり、お連れした次第です」
一瞬の沈黙の後、ユルディマが口を開く。
「特使について、ドルティや私に事前に裁可を得なかった理由は何だ」
「ノル嬢の派遣につきましては、その場での諾否を私に決定する権限はないもの、と理解していましたが、この申し出を受諾することにより、エルフの結界についての情報をこちらに開示する旨の内諾を得ました」
どうやらシェルダと里長はしっかり話し合えてたようだ。
「詳細は省きますが、エルフの結界の基礎は……我々の管理する封印と同種の物と思われます」
ユルディマがぴくりと反応する。
「また、瘴気の発生を抑える術式についても、現在の状況を改善するために有用であると判断いたしました。今回の特使派遣を機に情報の共有が図られれば……我々の問題の解決に繋がるものと考えております」
「……越権行為だな」
「はい。処分は覚悟の上です」
シェルダが真っすぐにユルディマを見ながら言う。
ユルディマが小さく息をついたように見えた。
「わかった。シェルダ師団長、お前への処分は後にする。先ほどのお前の考え、現在の施策を転換するに値するものか、魔導技術院と共同で精査を命じる。それまでは、特使一行は私の個人的な客人として遇する。いいな」
「はっ」
シェルダが拳を胸に当てる。
「聞いてのとおりだ。しばらくは私の客人として扱わせてもらう」
「はい。ご厚情に感謝いたします」
ノルが頭を下げる。
「先ほどの控室を自由に使ってもらって構わない。客人は休んでくれ」
それはありがたい。礼を言って、椅子から立ち上がる。
「シェルダ師団長は少し残れ」
ユルディマは、俺達と部屋を出ようとするシェルダを呼び止めた。
ノルが心配そうな目でシェルダを見る。
「大丈夫だと思うぞ」
ノルにそっと耳打ちして、部屋を出るように促した。
側用人の部屋は簡素なもので、テーブルと椅子の他、ベッドがいくつか並んでいるだけだ。
「先に休ませてもらおう」
扉の向こうからくぐもった話し声が聞こえる中、ノルとリンドに声をかけた。
「シェルダは大丈夫でしょうか?」
ベッドの1つに腰掛けながらノルが心配そうに言う。
「まぁ、心配するようなことじゃないさ」
扉を見る。
「なんせ人払いまでして、寝ずに待ってたんだからさ」
◆
ユキオがノルとリンドをうながして、側用人の控室へと下がっていった。
扉が閉まり、部屋に静寂が訪れる。
「シェル〜、もう、心配したんだからね!」
先ほどまでいたはずの威厳のある魔王はいなくなり、世話のかかる甘ったれの第三王女がそこにいた。
「ユル……もっと、ちゃんとしないと……」
「ちゃんとしてたでしょ。さっきまでが公私の『公』よ」
こちらの小言を遮り、ユルは屁理屈をこねる。
「でも、大冒険だったのね。あなたがエルフの里に調査に行くって言った時は、どうなるかと思ったけど」
「私だってこんなことになるとは思ってなかったさ」
「ユキオっていったね。報告だと、すごく強いみたいだけど……」
ちょっと信じられない。ユルの顔にそう書いてある。
「雰囲気はあんなだが、強さは間違いない」
「まぁ、シェルが言うなら、信じるけどね」
ユルは詰襟を緩めながら言った。
そう、アイツに関わらなければ、今の事態にはなっていなかっただろう。
「さっき言えなかったんだが……もう一つ提案がある」
「なに?」
「彼らに、封印の詳細を開示したい」
ユルが露骨に驚いた顔をする。
「本気?」
「ああ、これは勘だが……エルフの里にも封印と同種の物があるんじゃないかと思う」
「さっき言ってた、結界の基礎ってやつ?」
「そうだ。ガルフェルドへ対処した時に、里長の結界を直に見た。基礎となる封印があり、その枝葉の部分に森と里への結界が乗せられているように見えた」
「じゃあ……」
「ああ、ノルも里長から何か聞かされているかもしれない」
「情報を引き出したければこちらから、か……」
ユルが口に手を当てて呟いた。
「ユキオって人間は?」
「やつには……『破滅の獣』を任せられるんじゃないかと思う」
ユルが身を乗り出す。
「冗談でしょ?いくら強いって言っても、お父様とお兄様が手も足も出なかったアイツを……人間一人がどうにかできると思ってるの?」
「……ルジュアルス……ガルフェルド……、いずれも国を傾けるほどのモンスターのはずだが、それらを倒しても、なお底が知れない……。時々恐ろしくなるほどだ。あの力があれば、倒せずとも、封印を操作できるだけの隙を作ることは──可能だと思う」
私の言葉にしばしの沈黙が流れた。
「まぁ、詳しいことは、明日デニスを呼んで話しましょ。今日のところは、ゆっくり旅の話を聞かせてよ」
ユルが立ち上がり、自室の方へと私をひっぱる。
「こら、お前には立場があるんだから、いい加減にしろ」
「久々なんだから固いこと言わないでよ」
──この困った学友が背負わされている責務を少しでも軽くしてやらなければ。
引きずられながら、私は改めてそう思った。




