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悠々異世界漫遊譚 〜おっさん旅すりゃ、世界がさざめく〜  作者: かたか那由他
第3章

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第30話「ウンディーネとの契約」

 お伽噺だとばかり思っていた。


 この城を建てた賢王ノース。彼が精霊ウンディーネと契約し、この地に豊穣をもたらしたという伝説。


 壊れずの揚水機から、ケルピーの貯水池、そして水道を抜けて、確かにウンディーネはそこにいた。


 精霊とは人の触れ得ぬもの、と言われる。そこに意思や利害はなく、ただ純粋な力そのものとしてあるものと。


 だからこそ、賢王ノースの伝説すら、権威づけのお伽噺だと、私を含め皆そう思っていた。


 どうすれば良いのか。あのユキオですら、逡巡しているように見える。


 その一瞬の静寂の後、ウンディーネはゆっくりと手を我々に向けた。


 その瞬間、水が意思を持つように渦巻いて我々を包む気泡を捕らえる。


 水が質量を更に増して、圧力が気泡に加わる。


 ユキオはおもむろに収納空間へ手を突っ込んだ。


「何をする気だ」


 下手な攻撃は、更に刺激するだけだ。慌てて肩を掴む。


「落ち着けよ。シェルダ。急にお邪魔してるんだ。まずは、挨拶だよ」


 ユキオは彼曰く「ちょうどいい棒」を取り出すと、「アノン!」と、精霊?の名を呼んだ。


 取り出した棒の近く。虚空から光が膨らみ、その姿を変える。球体から雪だるまのような形へ、そして髪を模した葉を茂らせる。


「なんだ」


 大きな眼を開き、ユキオを見る。


「状況は中で見てわかってるだろ?あの精霊をなんとかしたい」


「ああ、水のせいれいだな。おこってるな」


 アノンは、ウンディーネを見てこともなげに言った。


 気泡は今にも弾けそうなほどに、水の圧力を受けている。


「一回攻撃止めるように言ってもらえないか?同じ精霊だろ?」


「アノンは精霊じゃない」


「似たようなものだって言ってたじゃないか」


 ユキオはいつもの調子だ。


「しかたない」


 アノンは音もなく、気泡の外に出て、ウンディーネに近づいた。


 次の瞬間、渦巻いていた水の勢いが緩まり、気泡への圧力が徐々に下がっていく。


「ふぅ」


 ユキオが安堵の息をつく。


「ええと、ウンディーネさんと直接話せないか?」


 ユキオがアノンに問いかける。


「ちょくせつ、できない」


「そっか、じゃあ。アノンが通訳してくれるか?」


「わかった」


 アノンが頭をゆらゆらと揺らす。


「精霊と交渉だなんて……」


 ノルが呟いた。


「ああ、神話とか伝説の話だな……」


 私もノルも頭が回りそうにないのに、ユキオだけは然程普段と変わらない。


「とりあえず、俺達がここに来た目的を伝えてくれ。精霊様にも、魔王様にも危害を加える気はないってね」


「わかった」


 アノンがウンディーネに向き直ると、我々を捕らえていた水が動き出し、気泡ごとウンディーネの目の前へ引き出された。


 こんな間近に精霊を見ることがあろうとは……。デニスに話せば、嫉妬の余り泣き出すかもしれない。


「ここを通してくれないか、聞いてみてくれ」


 ユキオがアノンに伝えると、アノンは小さく頷いた。


「だめだといってる」


「そうか、困ったな」


 ユキオは頭を掻きながら考えている。──なんでこいつはここまでマイペースなんだ。落ち着いてくると、段々ユキオに対して、腹が立ってくる。


「しかし、何でまた急に襲ってきたんだ?縄張りに入ったからか?」


「ちがうらしいぞ」


 アノンは首を振る。


「けいやくについておこってるそうだ」


 契約……。賢王との契約のことか。


「魔族の伝承だが、この城を建てた王がウンディーネと契約を結んだと言う話がある」


 私がそう言うと、アノンが言う。


「せいれいはけいやくはだいじといってる」


 それを受けて、ユキオが口を開いた。


「契約内容を確認させてもらえないか、聞いてみてくれ」


 ユキオは、小さな声で「あんまり、他人が契約内容聞くのはよくないだろうけど」と付け加えた。


 アノンは、ウンディーネの方を向いてふんふんと話を聞いているような素振りを見せる。


「すいしゃでみずをはこぶこと。みずをきれいにすること。みずがたりないときにだすこと。てきをはいじょすること。みかえりにまつること。だ」


 水車で水を運ぶこと……なるほど、魔導鋼に誰が魔力を流し、維持してきたのか。賢王ノースとの契約に従い、ウンディーネがその魔力を担っていたということか。しかし、見返り……祀ること。


 ──思い当たる節はある。


「アノン、見返りの祀ること、とは毎年の水の祭りのことか聞いてみてくれないか?」


「わかった」


「水の祭り?」


 ユキオがこちらに顔を向けた。


「毎年、城と王都で、水の恵みに感謝をする祭りがある。盛大に行われていたが、ここ数年は……事情があって、縮小されていたはずだ」


「あ〜、それかな」


 ユキオが緩く答える。


「それ、だそうだ」


 アノンが手をぱたぱたさせながら答えた。


 ユキオが、「なるほど」と呟いた。そして──、


「アノン。これから俺が言うことは一言一句正確に伝えてくれ。頼む」


「わかった」


「俺達は貴女の契約にある、魔王の『敵』ではない。契約を結んだ魔王の子孫に会いに来ただけだから、通していただきたい」


 アノンはウンディーネの方を向いて、少し頭を揺らしたあと振り向いた。


「いやだそうだ」


「魔王との契約がちゃんと履行されていないためか?」


「そうだといってる」


 ユキオが「まぁ、そうだろうな」と、呟いた。


「じゃあ、俺と契約を結んでくれないか聞いてみてくれ」


「一体何を言い出すんだ!」


 ユキオを肘で小突く。


「そうですよ!精霊との契約をそんな簡単に……」


 ノルも慌てている。当然だ。


「いいそうだ」


「よし」


 開いた口が塞がらない。


「じゃあ、俺からのお願いとしては、俺達全員を無傷で通らせてほしいと言うこと。見返りは、今後の水の祭りをちゃんと開催するように魔王に伝えることだ」


 アノンが伝えると、水が揺らめき渦を巻く。


「おい、怒らせたんじゃないだろうな!」


「シェルダ、落ち着けよ。なんとなくだけど、そんな話の分からないタイプじゃないと思うぞ?」


 何なんだその根拠のない自信は。


 渦巻いた水が徐々に収まり、元の静かな水面になった。


 ウンディーネは静かにこちらに近付いてくると、気泡を越えて、ユキオに手を差し伸べた。


「にぎれ。けいやくせいりつといってる」


 アノンがそう言うと、ユキオは躊躇なくウンディーネの手を握った。


「じゃあそういう事で」


 ユキオがにこやかに笑ってそう言うと、ウンディーネを形作っていた水は音もなく水面へと戻り、部屋には静寂が訪れた。


 大きく息を吐いて、ノルがへなへなと、しゃがみ込む。


「精霊との契約のことは、母様から聞いたことはありましたけど……随分あっさりなんですね……」


 と、リンドはユキオの背中で何故か感心している。


 まぁ、この子も神話の存在との関わりが深い。何とも肝が据わっているものだ。


「さ、気が変わったりしないうちにさっさと行こう。ほら、ノルも立って」


「わたしが、おぶってもらいたいくらいです」


 ノルが力なく立ち上がり、部屋から続く水路へと向かう。


 部屋の奥の水中に先へ続く水路がある。ため息をつきながら、ノルが気泡を操作して、再度水中へと潜った。


 そして、進んだ水路の先、突き当たりを真上へ向かう。人一人が通れるほどのその水路の先に水面の揺らめきが見える。


 顔を出した先は想定通り、城の上層部。水場だった。人がいないことを確認して、水路から這い出す。


「侵入成功だな」


 リンドを下ろしながら、ユキオが言う。


「しかし、精霊と契約なんて大丈夫なのか?」


 気になってユキオに問う。


「精霊は契約を履行しない者に容赦をしないと言われてますよ」


 ノルも心配気にユキオを見る。


「大丈夫さ。契約の文言、ちゃんと覚えてるか?」


 ──確か、『見返りは、今後の水の祭りをちゃんと開催するように魔王に伝えること』と言っていた。


「俺が約束したのは『魔王に伝える』までだからな。祭りの開催は元の契約に従って魔王様がすることさ」


 ユキオは事もなげにそう言った。


「まったく……冷静というか、調子がいいというか……」


 呆れてしまう。


「アノンにも、一言一句正確に伝えてもらったし、な?アノン」


「ああ、せいかくにつたえた」


 姿を現していたアノンが返事をする。


「ま、何はともあれ、ここまで来たんだ。先へ進もう」


 話題を打ち切り、ユキオが先を促す。


「ああ、ここからなら、魔王様の居室はそう遠くない……」


 色々あったが、ようやくここまで来た。ユルの顔が脳裏に浮かぶ。


「行こう」


 城の各所へ水を送る水場。桶や樽が壁際に整然と並べられた部屋を窓から差し込む月明かりが照らしている。

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