第29話「王宮への道」
第29話「王宮への道」
夕闇の中、川面に揺れている半月の脇を小舟が音もなく川面を滑るように移動する。
船首にシェルダ。中央にリンドと俺。船尾でノルが水面に手を当てている。
ノルが触れている水面からは波紋が広がり続けている。ノルの魔法だ。水に働きかけて舟が受ける流れを操作しているらしい。
繊細に操作された小舟は、目的の川べりまで難なく俺達を運ぶことに成功した。
岩場に舟を寄せて、巨大な揚水機を見上げる。
「すごい装置だな……」
「ああ、全て魔導鋼で作られていて、修繕が行なわれた記録もないそうだ」
「修繕なし?可能なのか?そんなこと」
昨日聞いた話では城が構えられた時から稼働していたはずだ。
「魔導鋼だからな、魔力が供給されている限り、劣化しない」
「一体誰がそれだけの魔力を?」
ノルも会話に加わる。
「わからん」
シェルダが腕を組んだまま答える。
「……魔族も結構適当なんだな」
「失礼な。……ただ、この揚水機から、貯水池、そこから城内までの水路に関しては、近づいてはならないと、過去の王の厳命があっている」
「わからないけど、故障もしないから調べるわけにもいかない、って事か」
「まぁ、そういう事だ。デニスも嘆いていた」
川の流れを羽根で捉えて回転する水車の低い音が川の両岸に響き、巨大な鉄製の容器が水音を立てながら、川の水をここからは見えない崖上まで運び上げている。
闇の中、月にその姿を朧に映して淡々と動き続ける様は、どこか巨大な生き物のように見える。
「さて、ここからあの容器に飛び込むけど……ホントに収納空間に入ってなくていい?」
事前の作戦会議でも断られたことだが、再度確認しておく。
「却下だ!」
「いやです!」
シェルダとノルが同時に断る。
「出されるまで、自分が止まっていたことすら分からないんだぞ。思い出すだけで薄ら寒くなる」
「慣れだと思うんだけどなー」
「お前は入ったことないだろ!」
「そうですよ!」
この件に関しては、ふたりの意見は完全に一致しているらしい。
諦めて、皆で容器に入る方法を取る。
これから、水中でも行動できるように、丈夫な気泡を身にまとう魔法をかけてもらうのだが、問題が一つ。魔法を個別にかけることが出来ないらしい。
──正確には、それぞれにかけても、お互いが接触すると、一つにまとまってしまうんです。
話し合いの時のノルの説明だ。はぐれないように行動する以上、別々にかけても直ぐに意味を為さなくなってしまう。
「よし、じゃあやるか」
俺がそう言うと、ノルは全員に向けて、小さく呪文を唱えた。
身体から薄い膜が浮き出る。次第に大きく膨らみ、ちょうど頭の先から、爪先までを囲む透明な球体に包まれた。同時に近くにいたリンドの気泡と接し、直ぐに一つの気泡に。シェルダとノルの気泡とも合わさり四人があっという間に一つの気泡の中に収まった。
「段取り通りに行こう」
「気は進まんが、あれに入るよりマシだ」
俺は屈んで、リンドを背負う。
「しっかり捕まってるんだぞ」
「はい」
念の為、ノルがリンドと俺を縄で固定する。
「よし」
右手をシェルダの腰に回して、小脇に抱える。
「いいか、手の位置に気をつけろよ」
シェルダが釘を刺してくる。
「触らないよ」
続けてノルを左の肩で担ぐ。
同時に運ぼうとすると、こうせざるを得ない。まるで山賊が村娘を強奪しているようだが、仕方ない。
「もう少しなんとかならないんですか?」
肩の上でノルが不満を漏らす。
「だから、収納空間に入らないかって……」
「もういいです」
諦めたノルが口を尖らせた。
「よし、行くぞ」
服を掴むリンドの手に力が入る。
タイミングを見計らう。容器が水を掬い、水中から水面上に引き上げる瞬間を狙う。
──今だ。
小舟を蹴り、容器に飛び込む。着水の衝撃で容器は揺れながらそれでも上昇していく。
揺れが収まるのを待って、二人を下ろす。
「成功だな」
服の乱れを直しながらシェルダが一息ついた。
「リンドはしばらくそこで我慢してくださいね。貯水池に流れこむ瞬間が大事ですから」
リンドの背中に手を当てながらノルが声をかけた。
巨大な鎖を軋ませながら、揚水機は何事もないように俺達を運び上げていく。
高度が上がり、岩肌は石積の壁に変わる。
「リンドは光の操作に集中してくれ。貯水池に下りるタイミングでまずは池の最奥に」
「はい。なるべく注意を惹くように……ですよね」
耳元で返事をするリンドの声に緊張がこもる。
「あまり気負わなくていいから。リラックス、リラックス」
「りらっくす? 呪文ですか?」
「まぁ、そんなところだよ」
苦笑して「りらっくす……」と呟くリンドを抱えなおした。
鎖が噛み合い、水が規則的に流れ落ちる音が聞こえ始める。
「もうすぐだ。はぐれないように」
リンドとノルが身体を寄せて、俺の腕を掴む。こんな時になんだが──役得だ。
容器がぐらりと揺れて、徐々に傾いていく。容器はこのまま角度を変えて中の水を受け口へと流し込む。
「リンド。準備はいいか?」
「はい」
俺の胸の前で重ねられたリンドの華奢な指の隙間から燐光が漏れ出す。何度見ても神秘的な光だ。
傾く容器に合わせて態勢を変える。一際大きく傾き、水の落ちる先に取水口が見えた。
「行くぞ」
両脇のリンドとノルとタイミングを合わせて、取水口へ降りる。
同時にリンドは燐光を先に飛ばした。
取水口から一気に貯水池へ。貯水池の底は長年の使用にも関わらず、泥などの堆積物が少ない。
僅かに残る泥が視界を少し濁らせる。
遠目の水面に燐光がふわふわと踊るように漂い、暗くてよく見えないが大柄な生き物の影が、それに群がり、潜っては水面へ出るのを繰り返している。
あれがケルピーか。
視線でシェルダとノルに合図する。
ケルピー達と距離をとりながら、ゆっくりと貯水池の奥へと進み始める。
小声でリンドへ指示を出す。
「こっちの移動に合わせて、少しずつ取水口側に誘導してくれ」
リンドが無言で頷いた。真剣な目をしている。
障害物はないが、暗い水底を月あかりを頼りに進む。気配探知のスキルを頼りにケルピー達の動きを感じながらの移動。腕を掴むノルの指からも緊張が伝わる。
リンドは、燐光を時に大きく、時に分裂させたりしながら、ケルピー達の注意を惹き続け、俺達とケルピー達との距離を離してくれている。
手で止まるよう合図をする。
一体のケルピーが進行方向にいるのを感じる。
(リンド。前の奴を動かせるか?)
小声で俺が尋ねると、リンドは小さく頷き、集中するように細く息を吐いた。
暗い水中に燐光が走った。上下に動きながら水中を走る燐光を捕まえようとケルピーの影が動く。
徐々に光は遠ざかり、ケルピーの気配もそれにつられて遠くへと行った。
片や水面で光を操りながら、同時に水中でも動かす。ほっとして吐いたリンドの息に安堵と疲労が混じっていた。
その後も普段よりも長く感じる移動を続け、ようやく城の内部へと繋がる水路の入口に辿り着いた。
水路は俺達が立って進めるほどの高さ。奥がどうなっているのか、まったく見えない。
ただ、ここでモタモタしているわけにもいかない。
無言で水路へと進む。少しした所で、リンドに合図する。
「もう大丈夫だ。ありがとう」
リンドが大きく息をついて、力を抜いた。神経を使う役目だっただろう。
「そのままでいいから、少し休みな」
リンドを背負い直して、水路の先へと歩を進める。
月あかりも消え、真っ暗闇の水路を進む。直線なので迷うことはないが、先が見えない不安感が俺達を支配している。
「もう少ししたら、城の水場に出るはずだ」
不安をかき消すように、シェルダがそう言う。
少し進み、広い空間に出た。ノルが気泡を操作して、水面へと近づく。
「ここが水場か?」
シェルダに問う。
「いや……違う」
天井は高く上部には空気がある。一体なんための空間なのか。水上へ出て周囲を見回すと、部屋の中央に妙な気配がある。が、そこには何の姿もない。
不審に思った刹那。仄かな光が気配のした場所に生じ、波紋が広がった。水が渦を巻きながら不自然に盛り上がり、次第にその形を人の形に変えていく。
「うそ……まさか……ウンディーネ……?」
ノルがその姿を見て呟いた。
水で形作られた身体と、髪。表情はわからない。仄かな光で周囲を照らしながら、整った目をこちらに向けている。
「ウンディーネ……伝説にある……上位の精霊です……」
声を震わせながら、ノルが教えてくれた。
「まさか……お伽話じゃなかったのか……」
シェルダが誰に言うでもなく呟く。
一瞬の静寂の後、ウンディーネが、ゆっくりとこちらを手の平を向けた。




