第3話「おっさんとエルフと魔族」
しばらく、木々を縫うように走る。
間もなくキャンプ予定地の広場、そこを拠点にしてユキオさんを捜索する。
感覚を張り巡らせながら、徐々に範囲を広げていけば、見つける事は可能なはず……。
視界が開け、広場に着いた。
「あ、いた」
声と共に目に入ったのは、体を縄でぐるぐる巻きにされた黒衣の人物と、その人物の顔の前にしゃがみ込むユキオさんだった。
「は?……な……んで、ここに?」
「いや、コイツがいきなり襲いかかってきて逃げようとしてたから、これは説教モンだなって思ってさ」
「追いかけて、とっ捕まえたから、ノルさんが来そうなところで待ってたんだ」
「ええぇ……?」
思考が纏まらない。怒っていいのか、呆れていいのか……。
「捕まえる時に気絶しちゃってさ、まだ何も話せてないんだよね」
「あの……ここ、惑いの森なんですけど……?迷ったりしなかったんですか……?」
わけがわからない。
「ああ」
そう言うと、ユキオさんは立ち上がり、手に持っていた棒を見せる。
「これを……こうしてさ」
棒を立てると指で弾く。
「ノルさんの場所教えて」
棒はくるくると回り、軽く跳ねた後、わたしの方へ倒れた。
「……?」
「棒が倒れた方に進んできたんだ」
「……は?ていうか、今変な倒れ方しませんでした?」
「この棒手に入れてから、このやり方で道に迷ったことないんだよなー」
そんなバカなこと……。呆れて言葉も出ない。
「あー。心配かけた?なんか、ごめんね」
軽い……軽いよ……。全身から力が抜ける。
「なんなんですか……この棒は一体……」
倒れた棒を再度見る。一瞬何か葉っぱのようなものが棒に引っ込むのが見えた。
ん?
今何か見えたような?
倒れた棒を手にとろうと触れた瞬間、小さな手のような物体と葉っぱが見えて、わたしの指をはたいた。
「痛っ」
咄嗟に手を引っ込めて、もう一度見たが、何もない、ただの棒だ。さっきのは一体……?
「ああ、ごめんね。なんかこいつ他の人が触るのは嫌みたいなんだよね。不思議だけど」
棒を拾い上げながらユキオさんは言うが、不思議とかそれどころじゃないのでは?
わたしが唖然としていると、黒衣の人物がうめき声を上げた。
「う……むぅ……」
「あ、起きた起きた」
ユキオさんは、棒をしまうと、再び顔の前にかがみ込んだ。
「……貴様、一体何者だ」
女性の声だった。
ユキオさんがフードを持ち上げ顔をあらわにする。魔族だ。
浅黒い肌に黒みがかった濃紺の長髪がはらりと落ちる。エルフほどの長さはないが尖った耳。髪の合間から捻れた角が見えている。
「それはこっちの台詞です。エルフの森で魔族が何をしていたというのですか」
「おまけに急に襲ってくるなんて、失礼だぞ、おい」
ユキオさん、違う。そうじゃない。
「……」
魔族は黙して語らない。だが、見当はつく。
「惑いの術式……」
森にかけられた認識阻害の術式だ。ただでさえ鬱蒼とした大樹と根でまっすぐ進むのも難しいこの森にエルフが結界により更に迷いの術をかけている。この森が惑いの森と呼ばれる理由だ。
この魔族は惑いの術式を解除或いは無効化するため、森に忍び込んでいたのだろう。
まさかここまで魔族の手が及んでいるとは……。
「ふん。森にいながら、気配も読めていない間抜けなエルフをからかいがてら締め上げてやろうと思っただけだ」
挑発するようにそう言ったところで、ユキオさんが爪先で魔族の額を弾いた。
べちん!という音が響く。
「つっ……」
「へいへい、自分の置かれた状況わかってるのかー?」
「大体、突然襲うにしても直前に殺気出しちゃダメだろ。それに逃げてる時も後ろばっかり気にして、逃げるって決めたら脇目も振らずに真剣に逃げないと」
ユキオさんの言葉に魔族が声を荒げる。
「ふざけるな!一体、何なんだ貴様は!あの速さ、それに私の短剣を……」
「ああ、これか」
ユキオさんは収納空間から刃が綺麗に折り畳まれた短剣を取り出した。……何をどうしたらああなるの?
「そのへんに捨てとくわけにもいかないから持ってきたけど、返そうか?」
ぶらぶらと目の前で短剣を揺らしている。
「……くそっ」
魔族の目が恐怖とも困惑ともとれる様子で揺れている。
「人間なのか……?」
わたしもそう思う。魔族の言葉にうなずきかけた。
「シイバ・ユキオ。人間だよ。呼ぶときは『ユキオ』でいいよ。こっちは名字ってあんまないんでしょ?」
ユキオさんは、チラリとこちらを見る。え、わたしも名乗るの?
「エルフのノル」
「……」
魔族は言葉を発さない。
「こら」
ユキオさんは、また額を爪先で弾いた。
「相手が名乗ってるんだから、あんたも名乗れ。名乗らないとおでこの感覚なくなるまでデコピンし続けるぞ」
「……シェルダだ」
「シェルダね」
「さて、ノルさん。どうする?」
立ち上がったユキオさんがシェルダを指さした。
「目的は見当がつきますが……ひとまず里に連行します。長に裁可を仰がなければ」
「よし、そしたら今日はここで休んでいこう」
確かに日も落ちかけている。予定通りここで野宿する方が良いだろう。
今のところ、シェルダはおとなしくしているが、念のため釘を刺しておく。
「あなたには追跡の魔法を仕込みます。わたしが設定した鍵が分からなければ解除は不可能です」
シェルダは無言でこちらを睨んでいる。
「夜の森の中、首輪が付いた状態でエルフから逃げられるなんて……思わないですよね?」
「ふん、飛びかかられるまで気付かなかった鈍感エルフがよく言うな」
ユキオさんが憎まれ口を聞きつけて、シェルダの額は真っ赤になった。
◆
里へ向かう道行き。わたしが先導し、その後を後ろ手に縛られたシェルダが続く。
最後にユキオさんがシェルダの腰に繋がれた縄を持って続く。
一体魔族の目的は何なのか、仲間はいるのか、周囲の気配をいつも以上に探りながらの移動──なのだが、集中できない。
「だから、魔族の主食だよ。何を普段食べてるんだ?」
「……小麦でできたパン」
「他には?」
「肉」
「もっと何か言い方あるだろ?焼いた肉でも種類とかさぁ、野菜とかは食べてる?」
「……黙って歩け」
シェルダは困惑しながらも、情報を引き出されることを警戒して、あまり答えようとしない。
「じゃあ、気候はどうよ?暑すぎるとか凍えるほど寒いとかさ」
「夏は暑い、冬は寒い」
「あ、そこははっきりしてる感じ?冬場の燃料とかは薪とかか?暖炉とかある感じ?」
めげないユキオさんにシェルダも気が抜けてきている。
「いいかげんにしろ。何が目的だ」
「異文化交流。あと移住先の調査の目的もあるな」
「は?移住?」
もう、シェルダもユキオさんのペースに巻き込まれてる……。
しばらくして、ユキオさんが用を足しに行った。
「おい。アイツ何なんだ?」
「わたしも知りたい位ですよ」
心からの本心だ。
「一、二合、切りつけただけだが……桁が違う。底がしれん」
「わたしが最初に会った時は大型のレッドドラゴンを瞬殺でしたよ」
「単騎でか?」
「ええ。身体に古傷のある大型の個体で、ブレスは石床を溶かすようなとんでもないのを……」
「……そのレッドドラゴン、左目に傷が無かったか?」
ギルドで取り出された頭部を思い出す。
「ありました」
「……紅蓮の災禍ルジュアルス。魔族領を荒らし回り、特別討伐対象となった個体だ」
「並のドラゴンではないと思ってましたが……」
「魔族の二個師団が共同で戦線を張って壊滅の憂き目に遭いながら何とか追い払ったようなヤツだ……それを瞬殺だと?」
「本当です」
「与太話とは思えんな。あの強さなら……」
そこまで話すと、シェルダは眉をひそめて大きくため息をついた。
「……なのに、アレなのか?」
「……なのにアレなんです」
思わず二人同時にため息をついた。
「強者には強者の振る舞いというのがあるだろう。もっと緊張感というか」
「大体、変なことばっかり興味持つくせに自分のことを話すわけでもないから、こっちは何もわからないままだし」
二人で愚痴の言い合いみたいになってしまう。
「でも、強いからな」
「そうなんですよね……」
二人で再度大きなため息をついたところでユキオさんが戻って来た。
「仲良くやってるみたいだね、よかったよかった」
どこまでも緩い。
シェルダと目を合わせて頭を振った。
そこからの道のりは順調だった。
途中、ユキオさんが、食事を取りにくそうだからと言ってシェルダの手首の拘束を解いたこと以外は。
「逃げたり、抵抗したりするほど、命知らずじゃないさ。なぁ?」
とシェルダを見る。
シェルダはそれには答えず「お前も苦労するな」と、同情のこもった目をわたしに向けた。
そうして間もなく森を抜ける。木々の合間から光が漏れ出してきて、徐々に森はその姿を変えていく。
「着きました。ここがエルフの里、フェニルドです」
満足気な様子のユキオさんの横顔。
…………少し不安になる。
わたし、とんでもない嵐を里に連れてきてしまったのかもしれない。




